中将は皇帝に挑む。
九十五話
第二広場から出て、廊下を歩く。街の反対側の景色が見える。勿論だが、人一人見当たらない。
廊下の先の扉を開ける。確かこの先は食堂だったはずだ。
長机も椅子も、全てが横に片付けられ、真ん中に一人の男性が立っている。
「フルレティ……」
俺のその言葉にフルレティは顔を上げる。
「久しぶりルシ」
屈託無く笑うフルレティ。その笑顔に何も言えず、シンとした時間だけが過ぎていく。
「もう戻らないんだよね」
「あぁ」
「もう決めたことなんだよね」
「あぁ」
「……よし」
そう言うと背中の剣を取る。刀身はフルレティの半身ほど。刀身の長さもだが、柄の長さも同じほどあり、異様な形をしている。薙刀と大太刀の中間ほどの形だ。
「まぁ難しい事は俺には分かんねぇし、始めっか」
フルレティは、剣を大きく振りかぶる。背伸びでもしているような体勢だ。
隙だらけのその姿勢に向かって走り出す。途中、剣を抜き、魔力を剣と全身に纏わせる。
「ふっ!」
フルレティが何かを発したと思った瞬間、体が消える。いや、消えたように見えるほど速い動きでこちらに飛んでくる。
思わず剣を横に構え、直上からの攻撃に合わせる。
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「初めまして。俺はフルレティ。それじゃ」
第一印象は、ちょっと怖い青年だった。
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「うぐっ!?」
予想以上の重みに耐えきれず、吹き飛ばされる。
空中で飛行魔法を展開、体制を立て直すも、フルレティは眼前まで迫ってきている。
今度は横凪の体勢。避けるか、受けるか。
左から迫り来る大剣を、剣を縦に合わせる。そのまま受け流そうとするも、流せるような生半可な威力ではない。
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「俺は認めてねぇからな」
「え?」
収集会議後、猪一に俺の元に来て、そう言い出した。
「確かに、他に適任はいないかもしれねぇ」
「……」
「だがこんなひ弱そうな奴が俺の上に立つんじゃねぇよ」
「じゃあ代わる? ていうか代わって欲しいんだけど」
「そういう所がよ……!!」
胸ぐらを掴まれ、持ち上げられる。体躯に見合わず力持ちだ。
「……もういい」
殴るでも、説教でもなく、そのまま降ろされる。
「今度俺と戦え。負ければそのまま殺す」
鋭い目を向け、こちらに言い放つ。本気なのだろうか。
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飛行魔法で右に勢いよく飛ぶ。そして剣先をゆっくり右に傾けていく。フルレティの衝撃を右に受け流しながら、剣でも受け流す。
ギャリギャリ音を立てて大剣が剣の上を流れていく。
俺の角を軽く削りながら、大剣は頭上を通過する。
振り終わり、無防備なフルレティの腹に右足裏を当てる。そして爆発魔法を起こす。いつもより強めに。
互いに吹き飛び壁に衝突する。距離を取る方法としては少し手荒だったかもしれない。
件を地面に突き立てながら起き、前を見る。フルレティも同じく立ち上がり、こちらを見る。
「なんだ。腑抜けたかと思ってたぜ、ルシ」
「馬鹿言え。お前に負けたこと無かったろうが」
軽口を叩き、両者剣を構える。
足裏で爆発魔法を放ち、飛ぶ。フルレティも走っているだけとは思えない速度でこちらに向かってくる。
魔力を纏わせた剣を右腰辺りに下げて、横凪の体勢。
フルレティも自分の右腰に大剣を下げ、横凪の体勢。
いつも皆が座っていた食堂の中心で、剣と大剣がぶつかり、火花を散らす。両者は睨みつつ口角は上がっていた。
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「くそっ……はぁ……はぁ……」
「がっだぁぁああー……」
鉄剣を投げ出し、両手足も投げ出す。頬を伝う汗が、驚くほどの熱量を持っている。
フルレティの体は傷だらけで、蚯蚓脹れを起こしている。俺も疲労困憊。最後は立っているだけでやっとだった。
ギリギリ勝ち。でも勝ちは勝ちだ。
膝に手をついて立ち上がり、少しづつフルレティに近づいていく。
「さて、と」
汗だくの病人のようなフルレティを上から見下ろす。
「……肉なり焼くなり好きにしろ」
フルレティは諦めたように言う。
「じゃあまたやろうよ」
「は?」
「いい運動になるしさ」
フルレティの横に座る。
「それに、ちょっと楽しかったし」
フルレティに目線を向けるが、向こうを向かれてしまう。
殺し合いを楽しいって、サイコパスになるのだろうか。なるわな。
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「「うぉおおお!!!」」
鍔迫り合い。体験の重み、そしてフルレティ自身の力強さが相まって、押し負けそうになる。
両足を踏ん張り、床に亀裂が生まれる。剣に纏わせた魔力が解け、金属同士が放つ異音が耳に入ってくる。
終わりは唐突だった。
ビキッと音がした。
フルレティの大剣にヒビが入ったのだ。そこからは早かった。ヒビは刃のみならず、剣全体に及び、中央から折れてしまった。
鍔迫り合いの威力のまま、フルレティの体に剣が当たる。剣は薄皮を切り、肋骨に届く。
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「今日もやろーぜ!」
「今日はちょっと……」
「えー」
毎日のように戦い、体に疲労感が残ったままだ。正直辛い。
「またやろうよ」
俺のモノマネなのだろう。顔をキリッとさせて言ってくる。
「俺はそんな言い方してないから」
「してたしてた」
大剣を背に担ぐフル。そしてこちらを見て。
「行こうぜ!」
「行かない」
「またやr」
「分かった分かった!」
何日連続になるのだろうか。確かに剣も魔法も上達はした。したが、流石にこれはキツい。
「今日は勝つからな!」
しかしそんな感情も、フルの笑みを見て霧散する。子供のように笑うフルは、本当に楽しそうだった。
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胸に剣を当てたまま、剣を引く。刃はフルの肋骨を滑り、腹をも切る。
そのままもう一度、下から縦切りを行おうとする直前、フルは飛び退く。
「ふぅ……痛ぇ……」
胸をさすりながらそう言う。
折れた剣を手放し、両手を地面に向ける。すると、鉄の塊が生まれ、中から同じような剣が生まれる。
「さて、もう一回だ」
フルはそう言い、ジャンプする。飛んでいると錯覚するほどに、滞空時間の長いジャンプ。ゆっくり弧を描きながらこちらに落ちてくる。
避けて一撃。昔も同じような勝ち方をしたことがあった。
それを知ってか知らずか。フルは遠目でも分かるくらいに笑っていた。
真っ直ぐに。小細工無しの一撃。直上からの攻撃を紙一重で避ける。そしてそのまま剣を振り、うなじに当て、鋭く引く。
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「今日は何だろうな!」
「何だろうね」
「肉だと良いなぁ」
嬉しそうに上を見上げ、微笑むフル。ずいぶんと丸くなったものだ。
「食べ終わったらまたやろうな!」
「もういいよ……」
「いやいやまだ行けるって!」
もう認めてくれたのだろうか。フルと話す内容に、日常会話が増えた気がする。
胸に秘めた本心は分かりはしないが、それでも。表面だけでも、こうやって接してくれるのは嬉しいものだ。
「早く行こうぜ!」
俺の返事を待たずにフルは走り出してしまう。子供を見ているような気分だ。
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大量の血があふれ出し、地面を染めていく。
やはりこの感情にだけは嘘をつけない。今ヒューマンだったとしても、皆と過ごした時間は存在したのだ。だが、時間があっただけだ。それだけだ。
魔力でフルのソレを抜き取り、胸に仕舞う。
だから今は、今だけは。この場で泣いても許されるだろう。
元には戻れない道と。その選択をした自分に。様々な感情が心の中で動いている。そして、胸の内の温かいモノは、俺が涙を流すことを許してくれているようだった。
魔族で二番目に思い入れのあるキャラでした。
もう数話だけ続きます。




