君主は皇帝に笑う。
九十一話
門を開く。冷たく、重々しい。
街の門と城の門の中間辺り、懐かしい人物がいる。
「懐かしい顔だナ」
「ベルゼビュート……」
懐かしい名を呼ぶ。身長は門と同じくらいかそれ以上。2mはあるだろう。
「まぁなんダ。立ち話も何だしナ」
そう言うと、身長と同じくらいの大きさの剣を、右手だけで持ち上げ、肩に担ぐ。大太刀と呼ばれる種類の武器で、その重さ故、昔は騎乗した兵士用だったらしい。それを持ち上げる腕力よ。
「俺はナ、お前と色んな所行くのが楽しかったゼ」
ゆっくりと近づいてくる。こちらはガウルの剣を抜く。
「人界の色んな街回ったりトカ、世界を覆う山脈越えようとしたりだトカ。楽しかったナァ」
哀愁を漂わせた笑みを見せる。
「確かにな。間違えて竜人族の領域に入って、怒られたりしたな」
「あったナァ。最初食われそうになったナ」
互いに剣を向け合ったまま、談笑する。懐かしい思い出だ。
「ナァ、ルシ。もうこっちには来ないのカ?」
「……行けない。俺はもう人間側だ。すまないな、ベルゼビュート」
ベルゼビュートは10mほどの位置で止まる。
「じゃあしょうがねぇナ」
大きく息を吐いたと思うと、体が赤黒い鎧に覆われていく。首元、肩、腕、胸、腹、腰、足。全てを覆う。
「始めようカ」
ガシャリと鎧を鳴らし、走り出す。重そうな鎧を着ていることを感じさせない速さだ。
剣に分厚く魔力を纏わせる。そして魔力で体中も覆う。筋力補正マシマシ入りまーす。
大太刀を持ち上げ、ベルゼビュート自身も飛び、着地と同時に振り下ろす。
それを真正面から受け止める。
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「お初にお目にかかりマス。君主の名を冠したベルゼビュートと申します。よろしく頼むゼ」
第一印象は、体に見合わず供っぽい、だった。
★★★★★
「ぐっ……!」
ベルゼビュートの体重だけでない、全身全霊の一撃を受けた衝撃は、小さくはなかった。上から加わり続ける力に、足が地面に沈み込み始める。
柄はそのまま、刃先の方を少しずつ下げていく。そうして大太刀は剣を滑り、ベルゼビュートの一撃は地面へと流れていく。その一瞬を見逃さず、地面から足を抜いて距離を取る。
「も少し耐えると思っていたんだがナァ」
地面から大太刀を抜き取りながら、ベルゼビュートが笑ってそう言う。
攻撃自体は避けられない速さではない。避けて懐に潜り込み、こちらが一撃を加える。問題は、俺の攻撃は鎧を貫通するかどうかだ。
「も一回ダ」
体に見合わぬ速さで走り出す。だが十分に目で追える速さ。
剣を持ち上げ、もう一度飛ぶ。この瞬間は方向転換は出来ない。この隙を逃さず、右に回り込んで剣を引く。魔力で強めた剣で、更に突きを選択する。これで歯が通らなかったなら、どうしようもない。
ズン、と地面を揺らしてベルゼビュートが着地する。
柄を握る手に力を込め、鎧に突き刺す。剣は一瞬の抵抗を感じたものの、鎧を裂き、中に入る。そして皮を切り、肉を裂き、鎧の隙間から血があふれ出した。
★★★★★
「皇帝ってのは重くはないカ?」
精霊収集会議後、楽しそうに笑って声を掛けてくる。
「はちゃめちゃに重いです」
「カカカッ。まぁでもお似合いだと思うゼ」
「褒めてます?」
「褒めてル褒めてル」
「……」
「でも天辺が気張らなきゃ下々はついて行かんからナ」
「てっぺんて……」
「頑張れヨ」
そう言って笑いながら肩を叩いてくれる。
子どもっぽいと言うか、優しさに溢れていると言うか。いい人なのは間違いない。
★★★★★
零れた血が見えた瞬間、後ろから強い衝撃を感じ、世界が俺の周りを何周も回っているのを確認して、初めて吹き飛ばされたという事に気づく。
「ごぁっ……」
地面に寝転び、両の手を強く握る。先ほどまで鎧に刺さっていたガウルの剣は、俺よりももっと遠くに吹き飛ばされていた。
後ろの方からベルゼビュートが走り出す音が聞こえる。
痺れる下半身に鞭打ち、立ち上がり、走り出し、剣を握る。刃こぼれ一つなく輝く刀身にもう一度魔力を込め、振り返る。もうすぐそこまで迫ってきてるが、慌てず剣を構える。要領はさっきと同じだ。
ベルゼビュートが飛び、向かって左に回り込む。しかし、大太刀は直上ではなく、左肩に担ぐように構えられている。それがどういう意味か考える間もなく、ベルゼビュートが着地する。剣の構え方に気を取られ、剣を突き出す行為が一瞬遅れる。ベルゼビュートはその隙を見逃さず、剣を振り回す。回転切りを左脇腹に喰らった俺は吹き飛ばされ、また地面に転がる。
目の前がチカチカする。呼吸が浅い。胸から下が熱く脈打っている。
遠くからの地面の揺れで、ベルゼビュートが走り出したことが分かる。しかし体が思うように動かない。息を大きく吸い、止める。目線を後ろに向ける。もうすぐそこまで迫ってきている。一撃を避けよう。そして一撃で仕留めよう。
目の前で巨体が飛ぶ。剣は左肩に担がれている。振り回しだ。
背中に魔力を纏わせ、一瞬だけ爆破させ、体を起こす。陸上のクラウチングスタートのような姿勢で前方に飛ぶ。大太刀が後頭部の髪をいくばくか持っていく。そのまま走り込み、ベルゼビュートが着地する寸前、両足を踏ん張り、剣を左胸めがけ突き刺す。
巨体に剣が沈み込む。走ったことによる加速、突きによる鋭さ、ベルゼビュート自身の体重による沈み込み。それら全てが合わさり、鎧を軽々と突き抜け、胸骨を折る。
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「ナァナァ」
「どした?」
「山脈越えてみようゼ」
「山脈って、世界を覆ってるあの?」
「そうダ」
「越えるってもどうやって……」
「越える気はあるんだナ?」
「いや越えるとはまだ……」
「行こウ! 冒険ダ!」
「待て待て待て待て! ベルゼ! お座り!」
★★★★★
「グブァッ!!」
ベルゼの口と胸から血が噴き出す。刺した俺の足が折れてしまいそうなほどの衝撃が剣を通して心臓に加わっているのだ。死なない方がおかしい。魔法の維持が出来なくなったのか、赤黒い鎧が消えていく。
「おぁああぁァアアアアア!!!」
ベルゼが叫び、何事かと上を見上げる。大太刀を手の上で回し、逆手持ちにし、振り下ろそうとしているのが見えた。心臓を貫かれてもまだ動けるのか。
このままではこちらも心臓を貫かれる。死んでしまっては人界に逆戻りだ。その間にサタもベルゼも復活してしまうだろう。また最初からは、流石に魔力が持たない。
魔力を胸部に集中させる。強固な鎧が完成した瞬間、大太刀が胸部を直撃する。
剣から左手を離し、大太刀の衝撃を右から左に流していく。鎧で固め、衝撃を流したにも関わらず、大太刀は俺の胸を浅く切る。
「くっ……!」
ベルゼの顔が目の前にある。その顔は真剣だった。そしてどこか嬉しそうにも見えた。
「おぉおおおおおおおおお!!」
右手に全力で氷魔法を生み出し、剣に流す。氷魔法は刀身を覆い、剣先から放たれる。
半死半生のベルゼの背中から氷が生まれる。それは俺の氷魔法が貫いた証拠だった。
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「オオ。どこに行くんダ?」
玉座の間を出たところでベルゼに出会う。
「そろそろ飯だよ」
「そうカ!」
「ベルゼって好き嫌いあるの?」
「旨ければ何でも好きダ!」
そう言って笑うベルゼは、やはり子供らしかった。
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「たのし……かった……ナァ……」
氷は溶け出し、ベルゼの体から消えていく。残ったのは50cmほどの穴だけだ。そこから止めどなく血があふれ出している。
俺は何故泣いているのだろうか。仲間だった者を殺したからだろうか。血と共に流れ込んでくる記憶が、頭を支配し始めたからだろうか。それは消えない。消してはならない記憶のはずだった。
涙を拭い、ベルゼに左手を向ける。これから行うのは俺なりの償いだ。
目を閉じ、周辺の魔力の変動に集中する。すると、地面の下から何かが伸び、ベルゼの体の中から何かを掴む。
それを逃さず、左手から出した魔力で掴んだ何かをつかみ取る。
イメージは器。塚原卜伝という剣士と契約を結んだ時のような。体の中にある器の中に、今つかみ取ったモノを入れる。
ゆっくりと目を開ける。胸の奥に自分ではない何者かの鼓動を感じる。これはベルゼの魂だ。俺には輪廻転生の考えなど分かりはしない。ならば蘇生魔法が行われる瞬間に魂だけ奪えば良い。暴論だが、上手くは行った。問題があるとするならば、最初は対魔族用だと考えていたこの魔法のことを、償いだと思っている事くらいだ。くらい、などと思ってしまっている時点でもう手遅れかも知れない。
ベルゼの体は段々と消えていく。魂の存在しない体はどこへ行くのだろうか。安寧の地へ向かって欲しいものだ。
胸の傷を癒やすことなく前を向き、進み始める。
もう止まりません。毎日更新します。たぶん。
またこうやって練り上げた人物が死んでいくのです。




