愛する人の願い
八十九話
「ルル、寒くない?」
空はすっかり日が落ち、気温がぐっと下がっている。
「大丈夫です。それよりシロさんの方が……」
ルルの心配そうな目の先には俺の左腕。肘から先を失っている。
「大丈夫大丈夫」
正直めちゃくちゃ痛いが、心配させまいと空元気を出す。
火竜の親玉と言ってもいいくらいに強い個体を倒した後、ルルを抱きかかえて中央都市まで飛ぶ。魔力は十分足りそうだ。
左手の半分を失い、地面に這いつくばってから気が付いたのだが、あの火竜とは出会ったことがある。というか何度か戦ったはずだ。そして何度も逃げ出している。その記憶は魔族の時のものだが、倒せたと言うことは今の方が強いということだろうか。それともやっぱりルルがいてくれているからなのか。
火竜を土葬もどきにしたのは敬意を込めて。そこらへんは日本人の血が残っている。
「帰ったら熱めのお風呂に入りたいですね~。でもお腹も空きましたね~」
ルルが腕の中で嬉しそうにそう言う。見れば、俺もルルも結構泥だらけだ。でもお腹空いたしなぁ。でも風呂もなぁ。どっちを先にしよう。
「シロさん。ご飯にします? お風呂にします?」
「ルルにします」
真顔で言う。俺の中の日本人の血は、まだまだ濃いようだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おぉ、よく帰ったな」
結局風呂を先に選び、大衆浴場に向かう途中で、なにやら神妙な面持ちをしたガウルに出迎えられる。
「どしたの」
「城前でちょっとな……ルルもちょっといいか?」
俺の失われた左腕にも触れずに、城の方へ向かいだす。なんだろうか。誰か亡くなったんですかね。
「さてさて、ヒューマンの皆様」
城門前に、サタヌキアの肩から上が大きく映し出されている。
「今日は大切な大切な連絡があります」
地上から数メートル浮いた状態で、立体スクリーンのように炎魔法で映し出されている。
「魔界と人界の全面戦争。もう一度始めましょう」
魔道師達が必死で水魔法を撃っているが、消える様子はない。
「明日、全てに決着を付けましょう。人界の人達もそのつもりらしいですしね」
そう言うと、同じ内容をまた一から繰り返す。ずっとこれが続いているのか。
「全面……戦争……」
ルルが隣で小さく呟く。
「魔族は本気だ。魔界に視察に行った軍隊が、魔界の奴らが武装していたと言っている」
ガウルが吐き捨てるように言う。
「まぁ、とりあえずだ。俺とルルは風呂に入って飯を食う。そして明日に備える。ね?」
そう言い、ルルの手を引っ張っていく。ルルよりも先を歩く。この顔はルルには見られたくはない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
火竜の親玉を倒し、それなりの報酬を手にした。最初は普通に晩ご飯を食べる予定だったが、潤った懐を見て風呂と晩飯付きの宿を選択した。自室まで運んでくれる結構良い宿だ。
風呂に入り、晩ご飯を食べる。火竜が強かったなど少し話をしたが、基本的にルルとの間に会話はなかった。
晩飯を食べ終わり、ベッドに座る。
「……シロさん」
「うん?」
「……そろそろ……話して下さい……全部を」
たどたどしく。おっかなびっくり。恐がりがながら。そんな雰囲気でルルは言ってきた。
「全部っていうのは……?」
「時々おかしかったんです。魔族とあんなに親しげに話していたり、魔物を倒した時に弔っていたり、人間とは思えないほどの力を持っていたり……シロさんは、シロさんは何なんですか……?」
「……」
言えないなぁ。魔族なんて言えない。元いた世界は本当はこの世界なんて言えない。
「また……言ってくれないんですね……」
「……」
言ってどうする? ルルに魔族と打ち明けて。今はもう大丈夫だと? 魔族は殺害対象だと? 信じてくれるのか? 魔族なのに?
「私が聞きたいことはいつも教えてくれない……でもそれでもシロさんは構わず進み続けるんです」
「いや……そんなことは……」
「魔界での出来事や、あんなに凄い魔法の事。そして胸に抱えているその悩み。全部私は知りません。知りたいと言っても……」
「……ルル」
「私は……私はあなたの隣にずっといたいです……私じゃ……私じゃダメですか……?」
ルルの目尻から涙が零れる。何度、この涙を見たのだろうか。何度、もう泣かすまいと思ったことだろうか。何度、同じ過ちを繰り返すのか。
自分にそう言い聞かせたとしても、この話だけは別だ。これは俺の問題だし、ルルに聞かせるようなことじゃない。いや、違う。ルルには言いたくないのだ。これだけ好いてくれているルルの顔が、嫌悪に染まるのが嫌なのだ。
「ルル、俺は……俺は……」
「いえ……私もすみませんでした。今日はもう寝ましょうか」
そう言って布団の方を向くルル。その肩を思わず掴む。
「……言いたくないし、聞いて欲しくない。けど……けど……」
「大丈夫です。シロさんがどうなろうと、何だろうと、私は変わらずあたなの隣にいたいと言い続けますから」
こちらを見ず、肩に掛けた俺の手をそっと撫でてくれる。心が少し落ち着く。全部話そう。もしルルに嫌われたとしても、俺がルルを好きであり続けるために。
ルルはこちらを見ないまま、聞いてくれようとしている。俺もその気遣いに感謝しながら、話し始める。
「ルル。実は、俺は」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そんなことだろうと思ってましたよ」
振り返って一言目がそれ。
「いや。いやいや。なんで?」
「なんでと言われても……勘ですかね?」
あっけらかんと。
「じゃあ俺が散々悩んでいたのは何だったんだ……」
「まぁ、聞けたことですし、いいじゃないですか。それに」
ルルが俺の顔を両手で包む。
「シロさんが魔族だったのはあくまで過去の話です。今はヒューマンです。誰が何と言おうと、私の目の前にいるのはヒューマンのシロさんです」
「……」
「だから、大丈夫です。それに、倒してくれるんですよね?」
「あぁ、魔族は全員倒す。あいつらは魔界の城で待ってるはずだ。そこに行って一人の凝らず倒してくる」
「それが言えるなら、大丈夫です。あと一つ。私からのお願いです」
「うん。俺に出来ることなら何でも」
「無事に。無事に帰ってきて下さいね」
「分かった」
「絶対ですよ」
「絶対ね。任せて」
ルルは目を拭い、ニコっと笑う。
「ッルル~~~!!!!」
思わず飛びつく。
「ダメですっ! 明日大事な日なんですから!」
「逆にした方が元気出るから!」
「そんなわけないでしょ!」
「いや本当に! 一回だけだから! 一回!」
「……一回ですよ?」
「頑張ります!」
「頑張っちゃダメです!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌朝。最果ての街前。
「私は人界の平和と、あなたの無事を祈っています」
「俺はルルの無事だけを祈ってるね」
「みなさんの分も祈ってあげて下さい」
「うん。分かった」
そう言い、ルルの頭を撫でる。
「じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ここで『完』というのも乙なものだと思います。
さてさて、それではあと十話ほどで完結となります。毎日はおろか、二日空けて、半年近く空けたりとかもあったこの作品も終盤です。
こんなにたくさんの人に見てもらえるとは思わず、もっと設定を練っておけばな。と思わざるを得ません。
最後は皆さんに満足して頂けるよう頑張ります。もう少しだけお付き合い下さい。
ではでは。




