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希望の宝石

作者: 二ノ宮明季

 塔の上の、鈍く輝く希望の宝石を手にすれば、幸せになれる。

 絵空事かのようなその話を、実際に信じていた訳ではない。

「ほら、行こうよ」

 けれども君は言う。わたしはそれに、黙って頷く。

 手を引いて貰えるのが嬉しくて、一緒に冒険出来るのが幸せで。



 塔、と言っても、それほど遠い場所にあるわけではない。

 わたし達の住む町と隣の町の間にある、深い森の中にあるのだ。

 ただ、日の高い内でなければ子供だけで向かう事は良しとされない。やれ狼が出る、やれ魔女が出ると言われ、森の中は日中でも僅かに薄暗い。

 これは子供だけだと危険だ、というのが大人の見解だ。

「大丈夫?」

 声をかけられてわたしは頷く。

 これを合図に、わたしは幼馴染の彼と一緒に、夜の森に足を踏み入れた。

 幸いなことに、というべきか、最悪な事に、というべきか。わたしにも彼にも、夜の行動を咎める大人の存在は備わっていない。

 森を歩くわたし達を照らすのは、カンテラの明かりだけ。

 狼の遠吠えが聞こえる。わたしの手を握る彼の手の力がより込められた。

 わたしは彼の手を握り返す。大丈夫だよ、と伝えるように。

「い、いや、別に怖がった訳じゃないから!」

 答えた声は震えている。

 けれども決して弱音を吐かないのは、彼なりの不器用な善意なのかもしれない。



 そもそも、何故彼がわたしと一緒に塔を目指そうと言ったのか。これには、大体の想像がついていた。

 わたしの両親も、彼の両親も、流行病で亡くなった。どのくらい前だったのかは、もう大分あやふやだ。

 不安がるわたしを、彼はずっと守ってくれた。食べるものも調達してくれたし、雨風をしのげる場所も見つけてくれた。

 わたしに出来た事と言えば、日に日に大きくなる身体に合せるように、両親の残した服を何とか自分達で着られる状態にする、程度の事。

 わたしには、彼以外とコミュニケーションを取る術を与えられていない。

 最初からそうだったわけではない。両親を亡くしてからそうなってしまった。けれども、どうしようもない。どうしようもないから、わたしは……。

 いや、これはいい訳にすぎないのかもしれない。どんな風に飾った所で、生きるための方法を全て彼に背負わせてしまったのである。

 これを改善するためには、もう、神にでも祈るしかない。

 塔の宝石でも取って、生きるしかない。

 希望の宝石だと言うのだ。さぞや値打ちはある事だろう。

 手に入れて売れば、もしかしたら一生分の値打ちがあるかもしれない。

 危険な事は百も承知。それに彼を巻き込むのは……と思いつつも、これは彼からの提案だ。

 それにもしもここで命が終わってしまったとしても、彼となら怖くない。

 最後に手を繋いで、ドキドキと柄にもなく胸を高ならせて、冒険するのは魅力的ですらあったのだ。



「大丈夫?」

 もう、何度目になるかも分からぬ気遣いだ。

 息は乱れ、夜露に濡れる植物を踏みしめ、どんどん先に進む。わたしはそっと頷いたが、果たしてカンテラの明かりでそこまで分かったかどうか。

 けれども彼は「それならよかった」と相槌を打つと、わたしの歩幅に合せて進む。

 塔は暗い中では見えない。いや、昼間であっても、木々に阻まれて見えなかっただろうか。

 本当に進行方向は間違っていないのか。そんな不安も頭を過るが、自分達を信じるしかない。

「あ!」

 ――なんて考えた瞬間だった。

 彼は大きな声を上げると、カンテラを持つ手を前へと突き出した。

 わたしと彼の前には、石で出来た建物が現れたのだ。今までの緑ばかりの世界の中に突如現れた建物。これが例の塔で間違いはないだろう。

「い、行く?」

 わたしは頷く。

「そ、そうだよね。えっと、うん。行こう」

 彼は震える声で進む。本当はわたしよりずっと、怖がりだった。

 二人で塔と思しき物の周りを歩くと、ぽっかりと穴が開いているのを見つけた。

「これが入り口かな?」

 わたしは頷く。多分そうだと思う。

「だよね。じゃあ、慎重に行こう。足元に気を付けて」

 わたしはもう一度頷いて、彼に手を引かれながら中に入る。

 カンテラで照らされた建物の中には、数えるのも嫌になるほどの階段があった。これを、二人で一段一段踏みしめ、上を目指す。



 ただでさえ、森の中で体力を消耗していた。どちらの物とも取れぬ呼吸の音が、塔の中で反響する。

 そうしてようやっと開けた場所についた時、空が白んでいた。

 塔、とは言え、風を感じる。屋根だけはあるが、窓のとれた絶景を見渡せる場所だったのだ。

 真ん中には、鈍く輝く希望の宝石。噂は本当だった。これが希望をもたらすのかどうかは別として。

 わたしと彼はゆっくりと近づく。

 白い空は明るさを増していく。

「うわっ!」

 白い空が明るさを増すと同時……。希望の宝石は眩い光を明かりに撒き散らす。

 夜明けだ。

 夜明けの光をめいっぱい吸い込んで、そしてめいっぱい吐き出す。

 希望の宝石に光が当たり、キラキラとした世界を作りだしたのだ。

「……きれい」

 わたしは、僅かに口を動かす。彼は驚いた顔をして私を見ている。

 わたしも彼も、宝石に手を伸ばす事は出来なかった。苦労してここまで来たが、こんなに美しいものに手を振れるのははばかられたのだ。

 この美しい光景を、この幸せを、何人たりとも侵す事等出来るはずがない。だからこそ、ずっとこの宝石はここにあったのだろう。

「これは、希望の宝石だった」

 わたしを見る彼は目を潤ませて、思いきりわたしに抱き着いた。

「久しぶりに君の声を聞いたよ」

 ……そうか。そう言えばそうだ。

 わたしは彼以外とコミュニケーションを取れなかった……取ろうとしなかった理由は――。

「おかえり」

 彼は言う。

「……ただいま」

 わたしは僅かに掠れた声で答える。

 冒険の末に手に入れた物は宝石ではなかったが、それでも私は満足だった。


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