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強い人は苦いものがお好き? 

作者: たぴおか もりあ

 人を呼ぶ時の敬称ってのは色々あるよな。さんとか様とか。学校でよく聞く敬称って言えば先生とか先輩とかだ。そう、色々あるんだ。なのになんで、

「ししょー。わたしの文章どうですか?」

 どうして、この後輩さんが俺の友人を呼ぶ敬称は師匠なんだ?

「あら。ななかの文章は結構良くなっているわね。漢字のミスも減ってきているし。あとはここを―――」

 俺の友人――長岡 知里――が後輩さんに説明を初めている。

 確かに知里は見目麗しく、眼鏡もばっちり似合っていて才色兼備な雰囲気も漂わせているけど……何故に師匠?

「ありがとうございます、ししょー。参考になりました」

「いえいえ。じゃあ頑張ってね」

「はいっ」

 俺が物思いにふけっているうちに、二人の会話は一段落したようだった。よし、なんで師匠と呼んでいるのかの謎を解明しよう。長年の疑問を今日こそ解くんだ。いや、まぁ長年というほど悩んでいないがね。後輩さんが我が文芸部に入ってからだから半年くらいか。見事に聞くタイミングを逃してきたからなぁ。さぁ、今だ。今がそのタイミングだ。そんな気がする。

「なぁ、ななか」

「? なんですか? 先輩」

 こいつ、俺を呼ぶ時は普通に先輩なんだよな。

「お前はなんで知里の事を師匠って呼ぶんだ?」

「ししょーはししょーだからですっ!」

 …やばい、日本語が通じない。

「いや、だからその理由を……」

「ししょーはししょーなんですよっ」

 ……こいつ、一応文芸部だよな。なんでこんなに日本語を理解してくれないんだ?

「ほらほら、ななかちゃん、敬也が困ってるよ? 冗談はそのくらいにして、本当の事を教えてよ。僕も気になるし」

 俺の隣でパソコンに向かっていた諭人≪ゆひと≫が助け船を出してくれた。……って冗談だったのかよ。あまりにもななかの目がマジだったから冗談に聞こえなかったぜ。

「うーん、ししょーはししょーなんですけど……」

 やっぱり本気で言ってたんじゃねえか?

「わたしがししょーをししょーと呼ぶようになったのは、知里先輩が不良組織を壊滅させて、わたしを助けてくれたからです。その時から知里先輩はわたしのししょーで――」

 こいつが知里先輩って呼ぶの初めて聞いたなーっと問題はそこじゃなく!

「ま、待てまてまてぃっ」

 おー、やっとななかが真面目に話しだしたと思ったら、なんだその超展開はっ。てか、お前やっぱり俺をからかってたのかっ。知里は昔なにやってたんだっ!? ああ、ツッコミ所が多過ぎてツッコミきれねぇっ。

「どうしたんですか?先輩」

「いや、どうしたもこうしたも……」

 友人が過去に不良組織を壊滅させてたら驚くしかないだろ。しかもゴツい男ならともかく、一応――中身はともかく外見は――かわいらしい女の子である知里が、だぞ。

「ななか、変な事言って敬也を困らせちゃだめよ」

 返答に困っている俺を見兼ねて、今度は知里が助け船を出航させた。

 ……あぁ、冗談なんだな。ななかは全く冗談が好――

「私は不良組織を壊滅させたんじゃなくて、合法的に学校からいなくなってもらっただけよ」

 ふふ、と知里が笑う……。って怖っ。冗談じゃなかったのか!?

「あぁすみません、ししょー。そうでしたね。そういう事になってましたね。でもわたし、あの時のししょーの姿は今でも忘れられません。十人以上に囲まれていたのに、一瞬にして…すごかったなぁ」

どうやら本気のようだ。ななかはぽーっと空想の世界へ旅立っている。

 俺は知里の事がよくわからなくなった。あの細い体のどこにそんな力があるのだろう。

「わたしもそんなししょーにあこがれて、不良組織を一つ潰したんですよ」

 ええええっ。うちの部の女性陣怖ぇ。

「あら、そうだったの?」

「はい。街でからまれてる女の子を助けたら、色々あってそんな事に」

 どうすれば不良組織を潰す羽目になるんだか…。

「頑張ったわね~」

その一言で不良組織を壊滅させた事をも軽く流す知里。ななかも、ありがとうございます、なんて答えている。二人にとってはなんでもない事らしい。

「なぁ、諭人。最近の女子高生の間じゃ、不良組織を潰すのが流行ってるのか?」

 会話を弾ませている文芸部最恐女性陣はほっとく事にした。ついていけん。

 俺にしては珍しいボケ発言に諭人は、

「だから、最近治安がいいんだね」

 見事なボケで返したな、おい。

「冗談冗談。敬也はからかうと面白いから、つい、ね」

 俺が顔をしかめたのに気付いたのか、諭人はそう言って笑った。癒されるなぁ。女子より男子の方がほんわかした雰囲気を漂わせてるってのは、どうも腑に落ちないが。

「あ、そうそう」

「なんだ?」

「誤解がないように言っておくけど、知里が不良組織潰したの、中学の時だよ」

「は?」

「中学の時、知里は生徒会長でね。自分の代で学校の治安を安定させるって言って、実行したんだ」

「へぇ~すごいな。そういう壊滅のさせかたなら別に驚く事はなかったか。規則とか厳しくしてったんだろ?」

 ななかの話はなにかの比喩だったんだな。

「え、あ、あぁ、うん。そういう事もやってたよ」

 妙に歯切れが悪いな。

「……実際それだけじゃすまなかったんだよ。いきなり厳しくなった校則に反発した不良達が、生徒会室にのりこんでこようとして……あの時の知里はすごかったんだ――」

 ――諭人まで空想の世界に行っちまった。ななかの話は本当に本当なんだな……。そこまですごい知里の戦い、一回見てみたいけど、何故か背中に悪寒が……。

「――っと、敬也。そろそろ時間だね」

 お。諭人が現実に戻ってきた。

「何の時間だ?」と俺が聞くのとほぼ同時に。

キーンコーンカーンコーン

 鐘が鳴った。部活終了だ。諭人はこれを言いたかったのか。

「あ。鐘、鳴っちゃいましたね。じゃあ、ししょーに言われた所、明日までに直してきます」

「焦らなくていいわよ。締め切りはまだ先だし、いい文章をつくるにはじっくり練らなきゃね」

「はーい」

 早くも帰り支度を始めながら二人が話している。俺もさっさと荷物をまとめちまおう。

「なぁ、そういやなんで諭人が知里の過去を知っているだ?」

 ふと疑問に思った事を聞いてみる。

「あれ?言わなかったっけ?僕と知里は同じ中学だったんだよ。ちなみに僕は副会長だったから色々知ってるってわけ」

「あぁ、なるほどな」

 疑問はあっさりと氷解した。

 うんうん、と俺がうなずいて納得していると、

「ねぇ、敬也。今日ひまかい?」

 諭人がそう聞いてきた。

「え、ひまだけどなんでだ?」

「いや、なんだか甘いものが食べたくなってさ。みんな誘って食べに行こうかと思ったんだけど、敬也もどう?」

 最近は甘いもの好きの男子も増えてきたんだなぁ。まぁ俺も甘いものは嫌いじゃないけど。

「いいぜ。」

「わかった。――知里、ななかちゃん、甘いもの食べに行かない?」

 まるでナンパ男子のような行動も諭人がやるとそうは見えないな。こういう時に奴のほんわかした雰囲気が羨ましくなる。ちょっとだけだぞ、ちょっとだけ。

 とかそんな事を考えていたからか、おいて行かれそうになった。

「ちょ、待ってくれよ」

「あら、ごめんなさい。呼んでも気付いてくれないものだから、おいて行ってほしいのかと思ったわ」

ひでぇ。

「そんなわけないだろ。ちょっと考え事してただけだ」

 内容は言えないけどな。

「まぁいいや。早く行こう」

 諭人に軽く流された……。この中で一番ひどいのって、意外とこいつじゃねぇか?

「そんな事ないよ」

「ゆ、諭人。お前心の声が読めるのか!?」

「敬也先輩の考えが口から出てただけですよ」

 ななかに冷静に告げられた。なんだか寂しい。

「ふふっ。さて、話すのはそのくらいにして早く行きいましょう。あんまり遅くまで学校に残っていると先生に怒られてしまうわ」

 おっと。そうだな、知里の言う通りだ。

「そうですねー」

「うん。じゃあ行こうか」

 窓の外ではもう日が暮れかけている。俺達は少し急いで目的地に向かうことにした。

実は俺も早く甘いものが食べたくなっていたんだ。単純な性格とか言わないでくれ。


         ◇  ◆  ◇


「あ~よく食ったなぁ。あそこのケーキって絶品だな」

 敬也先輩が満足気に話している。

「そうですねー確かにおいしかったです。わたしはそれよりも、敬也先輩があんなに甘いもの食べれる事にびっくりしましたけど」

 彼が食べた量を思い出し、わたしは笑ってしまった。だって普通五個も食べるとは思わないよ。だけど、それは時間や、このあと夕ご飯って事を考えて抑えた結果らしい。制約がなかったらどこまで食べる気なのかな?

「そっか。ななかちゃんは敬也と甘いもの食べに行った事なかったっけ。僕と知里は初めてじゃなかったからそんな驚かなかったけどさ」

「そうね。まぁ確かに最初はその意外性に驚いたけれど」

「やっぱりびっくりしますよね」

 わたしの感覚は間違っていなかったらしい。敬也先輩と甘いものはなんだか似合わないよ、うんうん。

「俺が甘いもの好きなのそんなに意外か?」

「はい」

「そうなのか? う~ん、みんなの中での俺のイメージがわからん」

「なんか苦いものが好きそうです」

 全くの偏見だけど。

「なんでだっ!?」

「敬也。ここ一応電車内なんだから、そんなに大声出しちゃだめだよ」

「あ、あぁ。……で、ななか。なんで苦いものなんだ?」

「なんとなくです。大丈夫ですよ、よく苦虫を噛み潰したような顔をしてるから。とかじゃありません」

「俺っていつもそんな顔してるか……?」

 あ。敬也先輩がしょげちゃった。ちょっとからかいすぎたかな。実際、部で小説書いてる時とかそんな顔してるんだけど、そんな事は言わないでおこう。

「そんな事ないですよ。冗談です。苦いもの好きそうってのは、ただのわたしのイメージですし」

「そうか?でもそんなイメージどこからきたんだ……?」

 なんとなく、似合いそうだと思っただけだから、そんなに悩まれるとちょっと申し訳なくなる。

「あら。私の中でも最初、敬也は苦いもの好きそう。って思ったわよ」

「ししょーもですか?」

「えぇ」

 ししょーもそう思ってたんだ。よかった。ししょーがそう思うなら、なんかちゃんとした理由がありそう。

「知里まで俺にそんなイメージを持ってたのか。なんでだ?」

「だって、強い人は苦いもの好きでしょう?」

「は?」と敬也先輩で、

「え?」とはわたし。

「知里らしいね~」と最後に諭人先輩が言う。

 ちょ、ちょっと待って。敬也先輩が強い? あの知里先輩が誰かを強いって言うなんて。

「俺は強くないぞ。というか前に腕相撲で知里に負けた覚えがあるんだが。あと強い人が苦いもの好きってのは偏見だろう」

 腕相撲とか高校生にもなって何やってるんですか、とか、敬也先輩は本当に強いんですか、とか、強い人が苦いもの好きってどうして思うんですか、とか、わたしは色々聞きたいことがあったけど、


今。一気にそれどころじゃなくなった。


刺すような視線が、背後から突き刺さってくる。誰?

「敬也は優しくていつも本気を出せないだけでしょ? 潜在能力は私よりある、と踏んでいるんだけどね。……ねぇ、強い人が飲むものといえばコーヒーじゃない?」

 知里先輩が何か話してる。でもわかってても内容が頭に入ってこなかった。この視線には覚えがある。

 これは。この視線は――。

「俺はコーヒーより紅茶派だ。甘いミルクティーのが好きだな、じゃなくてっそれは偏見以外の何ものでもないし、俺は強くもないっ」

 先輩達がのどかに話してる横で、わたしはごくり、と唾を飲み込む。

 わたしを睨んでいたのは、わたしが昔壊滅させた不良組織の奴だったからだ。

 同じ電車に乗り合わせるなんて。ここで先輩達に迷惑かけたくはない。どうしよう。降りようか。

 怨まれるのは覚悟してるし、睨まれても別に怖くない。けど、あいつの目は尋常じゃない。さすがに電車の中じゃ仕掛けてこないだろうけど……。

「ななか?」

「え? な、なんですか?」

敬也先輩がいつの間にかわたしの顔を覗き込んできていた。

「いや、いきなり黙ったから、どうしたのかと思って」

「別になんでもないですよ」

 敬也先輩、鋭い。でも心配させるわけにはいかないし……。

「本当か?」

「はい。ただ本屋に寄ろうと思ったの忘れてまして。今それを思い出してどうしようかと思っていたんです。次の駅の近くに本屋ありましたよね?」

 とっさに思いついた嘘はあまりにありきたりすぎた。でも、わたしはよく本屋に行くし、敬也先輩怪しんでないかな?

「そうか、ならいいんだが。……なぁ、俺も一緒に行ってもいいか?」

「え?」

 まずい。本当は本屋に行く気なんてなくて、とりあえず電車から降りる事しか考えてないのに。でも断ったら怪しまれるし……。

「えーっと嫌ならいいけど……」

 あ。先輩しょげちゃった。うーん 、不良も電車降りたらついてこないかな。

 ふと、私の頭の中に報復という文字が浮かぶ。……でも、もうあれから一年以上経ってるし大丈夫だよね。誰だって電車で嫌な奴に会ったら睨むよ。……誰だっては言い過ぎか。だけどまぁ、不良だし。

 何故か、敬也先輩の顔を見ていたら思考が上向いてきた。しょげた顔がいつもと違って可愛かったからかもしれない。犬みたいだ。――っと、先輩に向かって犬みたいは失礼かな。

 とにかく、わたしはさっきまで考えすぎだったのかもなぁ。

「別に嫌じゃないですよ、敬也先輩。じゃあ一緒に次の駅で降りましょうか」

「え、あぁ。そうか、わかった。次の駅な」

 しょげていた敬也先輩の顔に笑みが戻る。それを見て、なんとなくわたしも笑ってしまった。

 いつの間にやら不良からの突き刺すような視線も感じなくなっていて、本当は電車から降りなくてもよかったんだけど、一回本屋に行くと言ってしまった手前行くしかない。敬也先輩を悲しませるのはちょっと、ね。うん。

「あら、二人で本屋に行くの?」

 わたしが考えてる内に敬也先輩が知里先輩に話したらしい。

「はい。」

「そっか。僕らはこのまま帰るから、また明日ね」

 諭人先輩がそう言うのとほぼ同時に電車がホームに着き、扉が開いた。

「では、さようならです~」

「おう、また明日な」

 私と敬也先輩は口々に別れの挨拶を告げながら、改札へ向かう。

「おい、ここじゃないのか?」

「え?」

 階段を下りてホームを出て、少し歩いた所で敬也先輩に呼び止められる。先輩の指さす方向には本屋があった。

「こんなところに本屋が……」

「違うのか?」

 はっ思わず本音がっ。そもそもわたしこの駅で滅多に降りないからここら辺に本屋あるかよく知らないんだよね。そう考えると駅の中で見つかってよかった。

「いえ、大丈夫です。行きましょう」

「? あ、あぁ」

 敬也先輩は怪訝な顔してたけど、知らないフリして本屋へと足を進める。

 ――っ! 前から読んでたシリーズの続き出てる! どうしよう、買おうかな……。

「おーい、俺は買いたい本あるから買ってくるな」

「はい、わかりましたー」

 敬也先輩は本当に本屋に用事があったらしい。何か疑ってたわけじゃないけど。

「うーん」

 それにしてもどうしよう。この本買いたいけど、今月お小遣いピンチだしなぁ……。 よし、ちょっとだけ立ち読みしよう。

 ふんふん。ちょっと待ってなんでここでこうなるの? ふぇ!? どうしてこんな……

「ななか、俺は買い終わったけどお前はどうすんだ?」

「買ってきますっ!」

 気がついたら敬也先輩が隣にいてびっくりしたけど、今はそれどころじゃない。買って早く読もう。続きが気になるっ。

「じゃあ俺は外で待ってるからなー」

「りょーかいでーすっ」

 早口で言ってレジへと向かう。

 うぅ、こういう時に限って並んでるし……。

 逸る気持ちを抑えながら待つ。一人、二人と前の人が減っていき、ついにわたしの番。あーお金を払う時間すらもどかしいよ。

「千五百円ですー」

 うわーやっぱ高っ。でも読みたいしお金出して――……はぁ残りの所持金三百二十円って……。

「ありがとうございましたー」

 か、買ってしまった。ふぅ……。これから来月まで貧乏生活かぁ……って、そうだ敬也先輩待たせてる――ん? あれ?

 敬也先輩、いない。

 レジから外は見える。敬也先輩だったら見える所にいてくれると思うんだけど……というか、さっき待ってくれてる敬也先輩の姿を視界の端で見た記憶があるのに。

 いない。

わたしは言い知れぬ不安に駆られて本屋から駆け出し、辺りを見回す。

 いた!

「敬也先輩っ!」

 見つけたその瞬間、わたしは思わず叫んでいた。

 彼は男に背負われて階段を上っていたからだ。

 先ほど電車内でわたしを睨んでいた、男に。

「先輩っ!!」

 叫んで、走る。

 だけど男も、わたしの声に気付いて走り出してしまった。

叫ばなきゃよかった。でもつい声が出ちゃったんだから仕方ない。

 敬也先輩がさらわれかけているんだ。焦らないで冷静になんて、できないよ。

 階段を上がった先はホームだ。電車が来なければ行き止まり。でも、電車が来てしまっていたら……?

 わたしは必死に祈ったけど、それは誰にも届かなかったみたいだ。

 男が階段を上がりきって、わたしがまだ階段を上がろうとしている所で、

 電車のベルが、鳴ったのだ。

「敬也先輩っ!!」

万が一の可能性にかけて、急いで階段を上がりきる。けど。

 そこに男の姿はなかった。もちろん、敬也先輩の姿もなかった……。

 どうしてわたしはもっと気をつけなかったんだろう。報復なんてないなんて簡単に考えて……わたしは――。

 その時、わたしの携帯電話がメロディを奏でだした。

 メール?こんな時に……。

 差出人は知らないアドレスだ。スパムメールかな?件名は――

『けいや先輩? に関する取引』

 ――!? わたしはすぐにメールを開いた。


         ◇  ◆  ◇


「早く起きろよ、おい」

 ドカッといきなり腰に衝撃が起きた。

「いってぇ……なんなんだよっ」

 腰を押さえながら起きあがって――ここどこだ?

「うるせぇな。静かにしてろっ」

 起こしたくせに勝手な奴だな。あぁそうだ。駅で変な奴に話しかけられて、いきなり気が遠くなって……。

「これでななかって奴の鼻を明かせるな」

 は? ななか?

「ななかがどうしたんだ?」

「あいつのせいで俺らは居場所を失ったんだ」

 意味がわからないことを……。って、もしかして――

『不良組織をぶっ潰したんです』というななかの声が蘇る。

 まさか……。

「お前らななかに潰された不良組織の奴らか!?」

「違う。俺らは不良じゃない。青春と言う名の暴走をしているだけだっ」

 ……当たりか。

 さっき、ななかの鼻を明かすって言ってたし、俺は人質か? ……男のプライドが。

「おい、聞けよっ!青春と言う名の暴走なんだってっ! それをあいつは潰したんだっ」

「なんか事情があったんじゃないのか?」

「知らねぇよっ。いつもみてぇに女をナンパしてバイクに乗せようとしたら、そいつがなんか嫌がって逃げ出そうとしやがって。腹が立ったから、意地でもバイクに乗せようとしたら、」

 それは駄目だろ。

「いきなりあの女が、嫌がってるじゃないですか! なにしてるんですっ! とかからんできて、ケンカになって――」

 ん?

「なぁ、どっちが先に殴ったんだ?」

「あぁ? そんなの」

「どっちだ?」

「ひぃっ! お。俺だっ」

「へぇ。じゃあお前が悪いんだな」

 なんだか腹が立った。

 こいつは、ななかを殴ったんだな。ななかは悪くないのに。

「すまん。手加減しないからな」

「な、何を……」

 手、は縛られてるけど足は平気だな。

「さて、俺をさらった事を後悔しろよ」

 まず、俺は目の前の奴に蹴りを喰らわせた。


         ◇  ◆  ◇


「はぁ、はぁっ……」

 わたしは走っていた。メールに書いてあった場所は、わたしの中学の体育倉庫。

 なんて定番の場所なんだろうって思わず笑っちゃうよ。と気分を上向かせようとするけど焦る気持ちは止められない。

 敬也先輩……無事でいて下さい。

 そう考えていたら、中学の正門が見えてきた。

 体育倉庫は……こっち! とわたしは右に曲がる。

 もうちょっと走ったら体育倉庫……ってあれ!?

「け、敬也先輩!?」

 体育倉庫の外に敬也先輩が立っていた。

「え、あの、さ、さらわれたんじゃっ……!?」

「なんとかした。ちょうどよかったななか。ここどこだ?」

「へ?あ、どういう事ですか?」

「んーとにかく倒したんだ」

 ……。わたしは体育倉庫の方を覗く。なんか見覚えのある人が死屍累々と倒れてるねー。

「ん、んん? 先輩が倒したんですか!?」

「だからそうだって」

 知里先輩が言ってたの、本当だったんだ!?

 敬也先輩強すぎ……。

「あ。手の紐解いてくれ」

「手を縛られたまま勝ったんですか!?」

 すご……。あ、と、とりあえず解かなきゃ……。

「サンキュ。さて、帰ろうか――あ、そういやここどこだ?」

 そう言って笑った先輩はいつもの敬也先輩で。わたしのせいでさらわれたのに……先輩は……

「ふ、ふぇ……せんぱ……」

「お、おいななか? 泣くなよ……」

「ご、ごめんなさい。わたしのせいで……さ、さらわれて……ごめんなさい」

「い、いいって別に無事だったし。もう、泣くなよ……あ、あぁそうだ」

 泣きやまないわたしに、先輩は困りきった笑顔で言う。

「紅茶奢ってくれ。強い奴はコーヒーらしいが、俺は紅茶派だからな」

 その言葉に、わたしの涙腺はもう決壊してしまった。

 敬也先輩がますます困ってる。駄目だ。笑わなきゃ。

 わたしは泣きながら、極上の笑みをつくって――

「はい、おいしい紅茶のお店を探しておきます」

 と言った。

 ししょーの言う通り、こんな時に笑える敬也先輩が一番強いのかもしれないなんて思いながら。


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