二話 プロローグその2
それは、約六年前。
俺が小学5年生だった時の出来事だった。
6月になり、季節が梅雨に差し掛かりはじめ、雨が降る日が増え始めた頃のことだ。
俺はいつも通り一人で通学路に沿って帰宅していた。
通学路には、コンビニ等のお店がある道ではなく公園以外これと言ってめぼしいものがない少し遠回りな道が使われていた。
以前は前者の道が指定されていたらしいのだが生徒たちの寄り道が相次ぎ保護者からの申請で後者の道に変わったそうだ。
しかし、そんな物をきちんと守るような生徒など早々いるはずもなく、皆が皆以前の通学路で親にばれないように工夫しながら寄り道をしたりして帰っていた。
そんな中、俺が選んでた道はもちろん後者の道だ。
え、なぜみんなが使う道を使わないのかだって、使っても一人で帰ることになって惨めな気持ちになるからだよ、言わせんな。
まぁ、そんなわけでそっちの道をじめじめした空気の中、傘を差しながらいつもより少し小走りで帰路についていた。
そんな中、公園を通り過ぎるときに見つけたのが、千穂だったのだ。
そいつは雨が降る中でただ一人、ぽつんと一人でいた。
傘も差さず、雨具も着ずにブランコに座るその姿はどこか儚くそして脆く見えてしまった。
だからだろうか、今にも消えてしまいそうな様子に、その孤独な雰囲気に俺は思わずそいつの下に駆け寄った。
「お前、こんなところでなにしてるんだよ?」
そんな言葉が、勝手に自分の口から出てしまっていた。
慌てて相手を見てみると、ひどく驚いたといった感じで泣き腫らした瞳を此方へと向けていた。
そのただならぬ様子に少し後悔しそうになりながらも、ここまできたんだからと自分に言い聞かせる。
「こんなところで、そんな格好でいてると風邪ひくぞ」
「......別にいい」
「よくわないだろ、お前の母さんや父さんも心配するだろ?」
返ってくるその言葉はとても弱々しく聞こえて、そいつがまだ悲しみの淵に立たされているのがひしひしと伝わってくる。
その時の俺はなぜか、そいつの悲しみを拭い去ってやりたいと思ってしまっていた。
なぜかなんてわからなかったが、それはたぶん孤独で何かに打ち震えているそいつと自分をどこかで少し重ね合わせていたのかもしれない。
だからだろう、そいつとなら自分と同じ苦しみがわかるであろうこいつとなら友達になれるかもしれないと思ったのは。
俺は、そんな気持ちに後押しされながらそう口にした。
そいつは俺の言葉を聞いた瞬間、顔を俯かせながら震える声で返してくる。
「私のお父さんとお母さんは死んじゃったから」
「だから今日ね、お父さんとお母さんのお葬式をしてきたばかりなの」
と。
そいつの言葉に俺は今まで考えていたものが全て粉々に崩れ去っていくのを感じた。
そして同時に、悲しみで打ち震えている人に対して自分の利益を優先した自己中心的な思考に陥っていたことに羞恥や罪の意識でどうにかなってしまうんじゃないかとさえ思っていた。
「そんな顔をしなくても大丈夫だよ。声をかけてくれてありがとう」
自己嫌悪に陥ってる俺に対してそうそいつは語りかけてくる。
それが俺をより一層いたたまれなくさせていく。
そいつの方がつらいはずなのに、自分よがりの考えで相手の気持ちに土足で踏み込んだ挙句、その相手に慰められる。
なんて、惨めなことか。なんて、酷いことをしてしまったことか。
俺は無意識に力んでいた両手にさらに力を入れながらそいつへと頭を下げた。
「すまなかった」
傘を手放し頭を下げたことで、雨はまるで俺を責め立てるように体へと当たりながら振り続ける。
しかし、幾ら経ってもそいつからの返事は返ってこない。
そのことを不思議に思い、恐る恐る顔を上げると、そこには素っ頓狂な表情でこちらを見続けていたそいつの姿があった。
「怒ってないのか? 」
「どうして、怒る必要があるの? 」
心底不思議そうにそいつは首をかしげてくる。
「いやだって、それは......」
「もしかして、違ったの? 」
「違くはないけど.......」
そんな全く気付いていない様子のそいつに答えに窮してしまう。
どうして、謝ってしまったのだろうかといまさらながら少し後悔し始めながらも、顔が熱くなるのを感じながら思ってしまう。
それでも、そいつはわかっていないらしく再び首をかしげる。
「じゃあ何に怒る必要があるの?」
「それは、俺が......」
「俺が? 」
息を吸い込み小さく息を吐き、覚悟を決める。
羞恥心で噛みまくらないように注意しながらもはっきりと声に出してそいつに伝える。
「もしかしたら、こいつとは友達になれるんじゃないかなって、今のお前の気持ちも考えずに自分よがりに思って話しかけちゃったから......」
俺が打ち明けたその胸の内を聞いたそいつは、又ポカーンと呆けた表情を作り出す。
それでも、このいたたまれない雰囲気の中、俺は静かにそいつの言葉を待っていた。
ようやく、喋りだしたそいつは俺に確認するように聞いてくる。
「もしかして、君は私に慰めて友達なろうと思って話しかけたけど、私の話が思っていたより重くて自分が浅ましいと思ったってこと? 」
「......はい」
その、答えを聞いた瞬間にそいつは何かを堪えるような表情になり、それが決壊すると腹を抑えながら大声で笑い始めた。
「ぷっ、あはははははは」
「な、なんで笑うんだよ!! 」
「なんでって、おかしいからに決まってるじゃない」
「可笑しいって、じゃあお前は落ち込んでいなかったのかよ」
俺は、そんなそいつの様子に怒りが隠し切れずに怒気交じりの声で言う。
しかし、そいつは笑い涙を拭きながらもあっけらかんとした様子で
「落ち込んではいたよ」
「じゃあ------」
「でも、君と話しているうちに吹き飛んじゃったんだもん」
と冗談にも聞こえるような明るさで言ってくる。
その、悲壮感が全く漂ってこない先程までとは180度も違う雰囲気に今度がこっちが呆気に取られてしまう。
「なっ」
俺を見ながら楽しそうに笑うそいつは、さっきまでの消えそうな感じは当然もう既になくなっていた。
だったら、別にこのままでもいいかと思えてしまう自分に驚きながらもそれでいいかと思えるのがうれしくも感じていた。
すると、そいつは又、俺の予想外の言葉を送りつけてきた。
でも、それは......
「それと、いいよ」
俺がずっと欲しがっていた言葉で......
「いいよってなにが? 」
それをそいつに自分から言ってもらえたことが......
「何がって、君が言い出したんじゃない友達になって欲しいって」
俺が強要して言わせたのではないとわかってしまうから、そのことが堪らなく嬉しかった。
だから、つい大声ではしゃぎながら答えてしまう。
「え、いいのか! 」
「もちろん。私は笹宮 千穂よ」
そんな俺をみたそいつ、いや、ちほは自分のことのように嬉しそうにでも少し照れくさそうに自分の名前を教えてくれる。
「お、俺は四島 雪だ」
俺もそれに応えようと自分が出せる渾身の笑顔をちほへとむけた。
そうして俺とちほは互いに笑いあいながらこの時、初めての自己紹介をした。
そして、俺とちほは友達となった。
こうした中でいつの間にか雨が上がり、出てきた太陽が水たまりだらけの公園を明るく照らす。
ブランコから降りた俺とちほは一緒に公園を出て、再びここで会う約束をし、自分たちの帰路へとついていく。
雨が引いても残った水たまりの様に、俺たちはその雨の中で出会い話し合い、雨が引いた後はその結果として二人の関係が一つの形となって残っていた。