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エピローグ

「京ちゃん!」


 奈倉京介は自分の名を呼ぶ声に気づいて、肩越しに背後を振りかえった。

 電灯の灯りがついた団地内の道を、幼馴染の法子と、京介の親友の相葉がこちらに向かってくるのが見えた。

「おー」

 京介は適当に答えながら、道端に止めておいた自転車に無造作にまたがり、彼らが傍らに来るのを待った。

「今、あんた、こっから出てこなかった?」

 法子が右手に広がる雑木林と京介とを見比べて、不信感いっぱいの声で言った。

「ここってこの間、事件があったとこだよね。OLが恋人に殺されるってやつ。ほら、地方欄に載ってた……。まだ、死体見つかってないんだよね。恋人は殺して埋めたって自供したらしいけど」

 恨めしげな眼差しで京介を睨みあげながら、やけに説明的に語る法子に、相葉がにやにやと笑って賛同した。

「あっやしーなぁ、奈倉ちゃんってば。やっばいことでもしてたんじゃないの?」

「うん」

 京介は飄々とうなずく。

 相葉が長い沈黙のすえ、がっくりと肩を落とした。

「マジかよ。おまえ天下のホワイトデーに、まさか死体掘り?」

「そう」

 やはりあっさり認める京介に、法子は「やっぱり」と深すぎる溜め息をついた。

「……最悪」

「だって泣きながら走っている姿が見えちゃったんだ……」


 目の前で白い光に包まれ、消えていった女性。

 意地を張って、自分の気持ちに嘘をついたまま死んでいった女の人。

 捨てられたチョコレートを探して、一ヶ月も前から雑木林の同じ場所をさまよいつづけていた。

 自分の正直な気持ちに気づいた彼女は、大切な想いの象徴であるチョコレートを見つけだして、そして消えていった。

 彼女は気持ちを偽っていたことだけを、ただひたすら後悔しつづけていたのだ。


「走ってるってなにそれ、今度はマラソン選手の幽霊でも見たわけ?」

 険悪な声に、京介はかすかに微笑を浮かべ、「いや、可愛くて魅力的な女の人だった」と呟いた。

 相葉があちゃーと顔に手を押し当てたが、京介は気づかず「警察行ってくる」と毎度のことのような慣れた口調で言って、自転車のペダルを踏みこんだ。

「……私、チョコあげたよねぇ、京ちゃん」

 法子の声が背にかかる。

 京介は振りかえって、「あ」と呟いた。

「悪い、ホワイトデーもうあげちゃったんだ。今度、別で埋め合わせする」

 法子がびくっと肩を震わせ、しばらくして小刻みに体を揺らしはじめる。

 相葉があーあーと嘆きながら、両耳に自分の指を突っこんだ。



「……っ勝手にしろこの無神経バカの心霊オタク野郎ーー!」



 京介は背後に轟く法子の罵声に「どうしたのだろう?」と首をかしげながら、近場の警察を目指して自転車を走らせた。

 手にしたままだった青い包装紙に包まれたチョコレートを、背にした鞄の外ポケットに丁寧にしまいながら、埋め合わせの方法をあれこれと考えはじめる。


 ──やっぱりタチ悪いわ、ケイスケ。


 脇を過ぎてゆく雑木林の上空、真っ白に輝く月のなかで、ひとり苦笑している女性を見た気がして……。

「さようなら」

 京介は天然ナンパ師な優しい微笑みを浮かべ、そっと、手を振った。



(おわり)

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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