第06話「ライン工が勇者に転職すると、社畜魔導師の仕事が増えた」
アキラの体のある現世の病院で行われる不穏なやり取り。
シーナの気になる発言。物語はローファンタジーから一気にSFに引き戻される?
様々な謎を抱えて話は進みます。
―――― 6 ――――
魔導師シーナの勤め先はパニックになっていた。
「シーナからの報告ですと、奴は『転生してきた』と」
「しかも現在、その状態のまま『寝て』しまっているそうです」
「シーナは一旦こちらに帰投させろ! 正体不明な相手と至近距離で長時間過ごさせて、何が起きるか分かったモノではない。明日の朝、改めて派遣しよう」
シーナは、「サークル」の力で、寺院のような建物の中に呼び出された。そこには、上司との通話を行う通信クリスタルが有った。シーナはいきなり呼び戻されたことが明らかに不快だったらしく、ふてくされた態度を取っている。
「一体全体、何がどうなっているのかね、シーナくん」
「私に聞かれても困ります。それに今は調査の真っ最中でした。いきなり呼び戻されて質問されても何も答えられません」
憮然とした態度でシーナは答えた。上司は高圧的な態度から一転し、シーナをなだめる口調になった。
「連日の激務に加えて、このような飛込みの調査を頼んで申し訳ない」
「事情は察しています。とにかく一度其方に戻って少し仮眠を取ったら、またあそこに行って、調査を続けます」
「うむ。だがあまり時間は無い、分かっているかね」
「分かっています。だからこそ冷静に対処したいんです」
「う……む、分かった。君の腕を信じよう」
「有難うございます」
シーナは職場へと自らを転送すると、勤め先の仮眠室へと向かった。
§
翌朝、夜明け少し前にシーナは仮眠から覚めて、顔を洗い、それから「転送」されて、アキラの隣のベッドに戻った。シーナは装備を身に着けると、再びこっそりと間仕切りをすり抜けて、アキラの枕元に行った。
……何度見ても凄いな、本当に寝ているのか。
シーナはあきれ顔で寝息を立てるアキラを見守った。
寝るなんてなんて非常識な事を、こいつは平然とやってるんだ? あとで技術の連中と話し合わないといけないな。能力チートも結構なレベルだし、アキラは、この世界でよくもこんな真似が出来たものだ。
憮然として見下ろしていたシーナは、何だか可笑しくなると同時に、腹も立ってきた。こいつの所為で、余計な手間ばかりかけさせられている。納品が遅れるのもこいつの所為に違いない。いつまでものんきな寝顔を見ている場合ではないな。だが……こいつの傍に居ると、なぜか安心する。なんだろう? まるで長い旅をしてきた仲間と一緒に居るような、そんな感覚だ。
不思議な感覚を頭をふって振り払い、シーナはアキラを起こすことにした。
「これ、勇者アキラ、起きなさい、……アキラ、こら起きろ!」
シーナの声に呼応するように、アキラはもぞもぞと寝床から起き上がって目を擦った。まるで三流番組がよくやる、芸能人の寝起き拝見、みたいな風体だ。自分がどこに居るか把握できていないらしい。
「あれ……今日は非番?」
訳のわからないことを言いだした。
「寝ぼけている場合じゃないですよ?」
シーナはアキラの顔に自分の顔をぐっと近づけて言った。アキラの目の焦点が徐々に合ってきた。と、彼の頭の中に現状認識が戻ってきたようで、ワタワタと焦り始めた。
「あ、お、お早いですね、魔導師シーナ」
寝起きで少ししわがれた声のアキラが応えた。
「さっさと支度してください。出掛けますよ。それと昨晩の就寝前の話について、道すがらきっちり伺わせて頂きたいと思っています」
レガルが朝食を勧めたが、シーナが出立を急ぐと言って、丁重に断った。そこへ「ではこれをお持ちください」と、ミソラが樹の皮で包まれた美味しそうな匂いがする食料を持ってきた。アキラは喜んで受け取っていたので、シーナもそれに倣った。
3人に見送られて、シーナとアキラは道を歩き始めた。
「馬を呼んだ方が早い」
シーナはそういうと、脇のポーチから小さな宝石を取りだして、空に放り上げた。宝石がまばゆく光って消えると、どこからか馬の嘶きが聞こえたと思うと、馬が走ってきた。シーナはポーチに腕を突っ込むと、小さな羊皮紙のようなものを取りだして揉んだ。あっという間にそれは馬の鞍に変わった。
「乗馬は出来ますか?」
一連の流れを、アキラは馬鹿みたいに口を開けてみている。
「鎧の傍らにポーチが付いているでしょう、一式中に入って居る筈です。私がやったのを見ていたのなら、同じようにやってみてください」
「え? あ……」
確かに、ポーチの中にはぎっしりといろんなアイテムが詰まっている。というか、ポーチの見た目の大きさに比べ、中身が異様に広い。10倍では効かないくらいの容量があるようだ。しかも、細かく区分けされていて、とても簡単にものを取りだすことができる。何というか、思ったものに指が行くような感覚だった。
シーナが取り出したのと同じ宝石を一つ取りだして空中に投げる。まばゆい光と嘶きの後、やはり馬がやって来た。羊皮紙を揉むと鞍が出たので、馬に乗せると自動的に装着される。感動の便利さだ。
「乗馬は、阿蘇の牧場で何度か。ああ、阿蘇と言っても通じないかな」
アキラは、異世界の住人に、九州の地名などが通じる訳もないかなと思って慌てて補足した。シーナは目を細めながらそれに応える。
「ああ、き……異世界の地名ですね。とにかく、乗馬が出来るなら練習は不要ですね、さっさと乗ってください、行きますよ」
アキラはあっさりと「阿蘇」という名称が地名と分かった事に賞賛を覚えた。だが、若干言い間違えたことが頭に残る。「き」って、九州って云おうとしたのか? まさかね。だが、この微かな疑惑も、自分の事に精いっぱいですぐに忘れてしまった。
二人は馬に乗った。よく見ると馬は、小さな角が角が生えている。これも異世界の生き物か。手綱を取って早足で馬を進めながら、シーナは話しかけた。
「本当に、何にも知らないのですね」
「うん、何だか御免」
「別に謝る必要はないですよ」
シーナは心の中で「それよりさっさと終わらせてくれませんかね」と思った。
それにしても――。
シーナは内心舌打ちをした。さっきは危うく口を滑らせ掛けた為だ。阿蘇、という言葉に、思わず九州の、と答えを返しかけてしまった。ここの住人たちにも、アキラにも、自分の出自に関する情報はまだ出来る限り明かしたくはない。特にアキラに関しては、自分の身分を明かさない事は、現状ではアドバンテージになっている。
そう思いながら、自分の乗っている馬をあちこち見まわしているアキラをじっと見た。見ているうちに、アキラは馬の尻を見ようとして、バランスを崩して落ちそうになった。なんとか持ち直し、赤面しながらこちらを見る。慌ててシーナは視線を逸らした。何をやってるんだあの男は。
しかし、普通に阿蘇という名詞が出るという事は、アキラはやはり日本人なのか?
まあ、名前から多分日本人か、せいぜい日本かぶれのどこかのアニメオタクかゲームオタクの類ではないかと推測していた。まあ、ここに来るような輩だ。多分そんなものだろう。そして、彼があちらの出身だとすると、「あの夢」も含めて、こいつが自分の知り合いである可能性が浮上してくる。アキラ。アキラ……。大学の友達にも、以前の仕事場の同僚にも、そういう名前の人物はいない。偽名なのか? 今度具体的な話をする時、本名や出自を聞いてみるか。
二人の進む先には、山のふもとにある鬱蒼とした森が見えつつあった。
シーナは日本人?
アキラが迷い込んだ世界はやはりバーチャル世界?
それより奴は主人公として少し能天気すぎないか?
そしていよいよ探索が始まります。