第20話「そして異世界と現実が混じり合い始める」
短期集中連載の筈の本作まで遅々と伸ばしてしまって申し訳ありませんです。
連載再開!
アイドルデビューしようとする2人をしり目に、世界は予想外の方向に転がり始めます。
ミソラは、父が仕事用の工房で立ったまま寝ているのを発見した。
「お父さん、レガルお父さん!」
ミソラはレガルをゆすった、父は床に頽れるように倒れたが、そのまま眠り続けている。
彼女は父親に毛布を掛けると、助けを呼ぶために、支度して街へと降りた。
だが、街は異様な状態を呈していた。
道のそこかしこに人が立ったままだったり、倒れたりして寝ている。店先でも人が寝ている。テラスのカフェにも人。まるで呪いにでもかかったように、街中の人間が眠っていた。
「呪い? まさか……」
流石の異常事態に、ミソラは逆に冷静になった。
呪術の類にしては何かが変だ。と、彼女の中の何かが告げていた。
彼女はこの仔細を観察することにした。
火を使っている厨房とかは危ないんじゃないかと思い、ミソラは飲食店の厨房を覗き込んだが、急に消すはずのない厨房の火はすべて消えている。まるで「事故が起きないようにするため」の様に。
路上の竜車(竜が引く馬車の様なもの)は、竜まで眠っているのであちこちで立ち往生しているだけだった。もし自動車やら電車が実用化された世界だったら、そこを心配しただろうが、幸いArsMagnaの世界には、そういう自動機械は存在していなかった。
翼竜などの空を飛ぶモノはいるには居たが、ミソラの街にはそう言ったたぐいのものを使役する人はいない。だから街は平和に、ただ眠っているだけであった。
眠る世界に、ミソラはただ一人覚醒していた。
どの人を起こそうとしても、つねっても叩いても水を掛けても、ひたすら眠り続けている。
ミソラはふと、自分がこの異常事態を、むしろ楽しんでいることに気が付いた。
「どういう事かしら、私はただの村娘の筈なのに」
バックヤードで起きていることを考えても、これは異常事態ではあった。ミソラを駆動しているのは、ArsMagna様に新開発された対話型AIの筈だった。一体一体が独立した「個」を持ち、判断して対応するようには出来ているものの、当然ながら生物の様な自主性や自我は無い。そんなもの発明できていたら、それは人工生命体という事になりかねない。
だが実際には、彼女は明らかに自我に基づいた様な自発的な行動を起こしていた。
コンピュータの創始者のひとり、アラン・チューリングによって提唱された「チューリング・テスト」というものが有る。これは、「相対するものから見て、思考していると見えたものは、思考している」という判断に基づくものだ。
ArsMagnaの人工知能エンジンはこのテストに合格していた。だから、人はそこに人格が有るように感じるのだが、本当に人格がいるかどうかと言えば、やはり模倣に過ぎない物ではあった。
設定された行動範囲で行動し、指示された内容をプレイヤーに伝えたり、必要な受け答えをする。だが、吟遊詩人は新たな歌を詠まないし、店に独自に考えられた新メニューが並ぶこともない。異常事態に気が付いたからといって、村娘の設定であるキャラクターが、緊急事態だとはいえ、行動範囲から逸脱して街を探索し、自分で状況を分析し、それを愉しむなどという事態は、そもそもの機能として備わっていない筈だったのだ。
だが、彼女はまるで名探偵の様に状況を整理し、そして、次の一手を考え始めた。
「とにかく、何とかして寝ている人を起こす方法を考え出さなきゃ」
彼女は、街の探索を始めた。
§
佐々木の作業がとても気になりつつも、本業に殆どタッチできず、アイドル修行ばかりやらされてヘトヘトになっているシーナであった。
「シーナさーん、疲れた」
明が音を上げた。
肉体労働自体は、ライン工だけではなくて、いろいろガテン系等にも努めたことのある明だったのだが、新人アイドルの肉体労働のハンパなさは彼女の体力をもってしてもきついらしい。
「大丈夫だよ明」
シーナは明に言葉を返す。
「どうにかなるんですか?」
「いや、私もヘトヘトだから」
明はシーナの応えを聞いてぐったりとした。
「もー、俺、じゃない私、アイドルデビューとか聞いてないですよー」
「始めたばっかりの頃は嬉々としてたじゃないか」
「だって、レッスンとかこんなにきついと思わなかったし」
「しかし明、いつまでたっても『俺』が抜けないな」
「九州に居たときはこれで良かったし。バイトも肉体系だからこれで全然オッケーでしたし」
「そうかぁ? 止めてくれる人はいなかったのかな」
「口やかましくいってくる年配の先輩とかは居たけど、たいていはほとんど口を聞かなくしてたので、誰にも何も……」
「コミュ障かよ」
「だってゲーマーだし」
「ゲーマーが全員コミュ障とかはないだろう」
「そうだけど、私みたいな仕事してると、引きこもりと大差ないし。それよりシーナさんも男言葉」
そう、はたから見ていると、アイドルの格好をした女子二人がオタクのおっさんみたいな会話をしているように見えた。
「ま、まあ、言葉遣いなんて、インタビューの時とかちゃんとしていればいいんだし、気にしないことにするか」
「シーナさんいい加減すぎる」
「仕方ないだろう、急にやれとか言われても無理な話だ」
「それは俺……私も同じだし」
シーナは明のため息交じりの言葉を聞いて、同じようにため息をつきながらふと思い出したことを口にした。
「――夢の中ならなぁ」
明はその言葉で、二人が共通に見ていた謎の夢について思い出していた。
「シーナさんが大魔導士とか言って、えーと、私が完全な男言葉で眠らせてくれとかいう、あれ?」
「ああ、今のところネクデルドリームやその他の状況が、あの夢にかかわっている兆候はないんだけど、二人が同じ夢を見ていた、というのがただ事じゃないと思うし」
「一体何なんでしょうね……」
二人の雑談はしかし、レッスンの再開を告げに戻ってきた振付師によって中断された。
§
ミソラの異常行動は、佐々木の頭を悩ませていた。
「おいおいおい。ろくでもない事が起きてるよ。シーナさんに報告……したいけど、あの人には連絡入れちゃ駄目って社長からの直々の命令が出ているんだよな、どうしたもんか」
佐々木が発見した異常。それは、コンピュータの常識をも覆すような代物だった。
「スリープを設定した筈の世界で動いているキャラ。か、そんな生易しい代物じゃないよな」
ArsMagnaのサーバーは複合システムである。
ゲームを止めたいからと言って停止コマンド一発で全てが止まるような状態にはなっていない。
だからゲームをメンテナンスする場合は外部との接続をシャットダウンして、内部の事象やキャラクタを休止させる「スリープモード」に移行後、影響が出なくなった事を確認したうえで、ゲームを構成するサーバーをソフトウェア的に分離して、それからやっと停止させることが出来る。
今はスリープモード上で、各サーバーを停止させる段階に入っていた。しかし、システムの各サーバーは、動いているプロセス=ミソラがいることを理由に、停止を拒否していたのだった。
そして、佐々木はミソラを動かしているプロセスに停止命令を送っていたが、ことごとく無視されていた。動的にメモリを調べようとしても外部からのアクセスにロックが掛かっている。
「覗き見禁止」という事らしい。
「なんでだよ、こっちは管理者権限で特権アクセス中なんだぞ」
微かに読み取れる状況からは、ミソラはAIに設定された制限の範疇を大きく逸脱する行動をとっていることが読み取れた。いやそれどころか、プログラミングされていない「自発的行動」をとってさえいた。
「バグで自発的行動が芽生え……いやいや、そんな三流SFみたいなことは現実に起こすのは難しい。シーナさんらテストプレイヤーの動きを模倣して……模倣プログラムなんて入れてないよ」
佐々木が百面相をしながらあれこれと策を策を練りまわしている間に、ミソラはとんでもない行動をとり始めた。
「おいおい、プログラムがログアウトコマンドに気が付いたぞ。お前がログアウトしてもAIがフリーズするだけだ。だから馬鹿なことは止めとけ、こらこらこらこら――」
だが、佐々木の願いも空しく、ミソラを動かしていた筈のAIは、ArsMagnaをログアウトしてしまった。
「何が一体どうなってるんだよ」
慌てて佐々木はAIサーバーをアクセスしようとしたが、ミソラのプロセスにアクセスしようとすると、
「|Access permission denied《アクセス権限が無いので拒否》. 」
と、取りつくしまもない反応が返ってくるだけだった。勿論彼はAIサーバーに対しても、最上位のアクセス権利を持つ管理者権限を持っていた。にもかかわらず、アクセスは拒否されたのだった。
あり得ない現象に、佐々木は頭を抱え込んだ。
「とにかく、AIのサーバーを調べよう。何がどうなってるんだ」
しかし、佐々木は見当違いの場所を漁っていたのだった。
(続く)
自立して動き始めてしまったミソラは一体どうなってしまったのか。
そして、シーナと明はどうかかわっていくのか?
以下次回!
なるべくお待たせしません^^;




