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第02話「そして日常は終わる」

「大魔術師」シーナの登場。

そして、退屈な日常を送っていたアキラに大事件が。

冒険の始まりです。

―――― 2 ――――


 シーナは一人、朝霧に霞む街に佇んで、様子を伺い続けていた。もう直ぐ仕事に一区切りがつく。ここ数日は殆ど帰宅すらしていない。睡眠時間も削っている。もう少し、あと少しで枕を高くして眠れるのだ。それまでは仕事を続けなければいけない。シーナは転移魔方陣を出現させて別の場所をチェックしにかかった。少しの問題も見過ごしてはならない。

 だがシーナは、別の事に気がかりが有った。ここ数日、仮の寝床に横たわる都度、反響の様に繰り返す、奇妙な幻想に苛まれていた。発端は聞いたこともない相手の事で涙を流す夢だった。今では目を瞑るだけで妄想が見えるようだ。アキラ、アキラ、アキラ。アキラとは誰だ? 私の知り合いにアキラなんて奴はいない。仕事のチームにも居ない。だがその名前を思い浮かべるたびに、胸に熱いものがこみ上げる気がした。何だろう、懐かしさ? 違う。愛おしさ? そんなものでもない。何と言えばいいか、無二の親友の安否を案じるような感じというのだろうか。馬鹿な話だ。相手は名前だけが夢に登場する、そんな預かり知らない相手なのに。


「いかんいかん」


 頭を振って、それから顔を両手で挟むようにバチン! とたたく。おかしな妄想に取りつかれている暇などない。今は仕事の完成が第一なのだから。

 シーナは再び転移魔方陣を展開する。次の場所はどうやら草原のような場所だった。爽やかな風が朝を知らせている。足元の草は朝露に濡れている。そっと歩み出すと、虫が跳ねた。バッタの様な虫に見えたが、近寄ってみると身体が蜥蜴とかげの奇妙な虫だ。シーナは腰の道具入れから手帳を取り出し、検索する。目録には見当たらない。新種だろうか。記録をして、跳ね蜥蜴を離す。あとで繁殖状態をチェックしなければいけないかも知れない。面倒だ。シーナは伸びをして、それからフードの頭の部分を内側に手を突っ込んで少し持ち上げて、深く被っているフードの下にも風を通す。だが、魔導師の体を守るために完全にフードを下ろすことはせず、再び深く被り直す。


「ああ、ちょっと一休みしようか」


 そろそろと起きてくる集落の人々に挨拶をしながら、彼女は朝食を摂りに向かった。


§


 外は曇り、アキラは嫌な予感をしながらツナギを取り込んで触る。案の定、洗濯ものは乾ききらずに濡れていた。


「んー。まあいいか」


 汗まみれで体に張り付いている服で仕事するよりマシだ。そう考えたアキラは、ジャージを脱いで、しっとりするツナギを着る。


「つっめてぇ」


 夜風で冷えた濡れたツナギはいい感じで冷たかった。


「まあ、目が覚めるからこれで良いか」


 無理やりポジティブに考えて、ツナギの上にジャンバーを羽織ると、バタバタと用意を済ませてバス停に向かう。バスはほぼ工員ご用達で、似たような恰好の奴らが大半を占めていて、毎日寿司詰め状態だ。今日も例に漏らさず満員で、お互いで声を交わすでもなく、じっとケータイでネットを見て、ゲームをして、或いは音楽を聞いて過ごす。いつもの日常だった。

 やがてバスは工場前のバス停に泊まる。ほとんどの乗客が工員だから、ここでぞろぞろと降りていく。アキラも例に漏れず、次々と工場に吸い込まれる流れに連なった。

 工場に着いたら、ロッカーに手荷物を預けて、組み立てラインに入る前に朝礼を受ける為に整列する。何のためにやっているかよく分からない朝の体操の後、今日の割り当てを呼び出され、無塵服を頭、上半身、下半身と身に着けた後、マスクと手袋をしたうえでエアシャワーを抜けて埃を落とし、それからやっと、それぞれの持ち場に行くのだ。

 アキラが持ち場に行くために無塵服を着に行こうとすると、アナウンスで事務室に呼び出された。さっさと仕事に就きたい気持ちを抑えて事務室の扉を叩くと、アキラと同じラインで働いている23番……と呼ばれているユウスケ、他にも数人が呼び出されて並んでいた。ユウスケとはゲーム仲間で、時々仕事帰りにゲーセンに行って遊ぶ仲だった。

 工場長から作業の変更だと伝えられると、アキラは先日までと変わって、ラインの動作のチェックに回された。アキラのポジションには品質チェックに居たユウスケが回る事になった。延々と同じ作業をさせていると、動きが機械的になって質が落ちるから、偶にローテーションするのだそうだ。

 同じ作業をやっていた方が目の前の作業に集中できるんだけどなぁ。アキラはそう思ったが、特に含むモノもないアキラは、命令に逆らう必要もない。言われたままに工場に向かうと、いつものように無塵服を着て、組み立てラインの新しい持ち場に着いた。


 今日からのアキラは、割り当てられた4台の機械の状態をモニターでチェックする簡単なお仕事だ。だが簡単すぎてすぐに眠くなるのが欠点だと思えた。しかし、初日というのに今日はそれでは済まなかった。


「ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ」


 突然ラインの一つが止まる。やはりというか、単純さに耐えきれず、アキラはうつらうつらと立ったまま寝落ちかけていた。昨晩の洗濯機が暴走して、ケータイゲームのボスになって襲い掛かってくる悪夢と数秒戦っていると、無塵服のキャップに着いたイヤホンから怒声が飛ぶ。


「こらあ22番! 何やってるー!さっさと復旧させろ!」


 モニターを見ていた上司から叱責されたのだ。アキラは慌てて目覚めてラインをチェックする。だが、もちろんそのまま見ても何がどうなっているのかは分からない。機械に備え付けられているマニュアルを引っ張り出して首っ引きで見る。どうも電源トラブルの様だ。ラインを止めないため、電源ラインなどは二重化、三重化されている。最初の段階は自動化されて復旧するようになっているが、それでもだめな時は手動で修正が必要だ。

 止まっているラインの電源を一度落とし、別系列に切り替えて再び電源を入れる。簡単な作業だった。

 簡単すぎて、思わず手抜きをしてしまうくらいに。


 電源の様子を見に行くと、どうもショートしているような感じだ。マニュアルだと、電源周りのエラーの際は、一旦無塵服の上につけた軍手を外し、ゴム手袋を着用してから作業。となっているが、アキラは手を抜いた。軍手を脱ぐにはいったんラインを離れる必要がある、正直面倒臭かった。


「どうせ安全のためのステップだとか言うんだろ、その程度抜かしても問題はないさ」


 細かい作業には向かない軍手を取って、電源に触る。ピリッと嫌な感覚がしたが、無塵服が滑って上手く握れない。


「ま、大丈夫かな」


 アキラは滑りやすい無塵服の手袋部分を開けて、素手で作業を始めた。だが、電源に触れた瞬間、アキラの意識は飛んだ。

 はた目からは、最初はアキラが踊っているように見えた。


「おい22番何やってる!」


 上司の檄が飛ぶ。だが、付近にいた工員は、明らかに尋常な事態ではない事に気が付いた。


「すいませーん!22番ヤバいです。泡吹いてます」


 工場は騒然となった。


§


 痺れた瞬間は「しまった」と思った。手を引き剥がそうと思ったが、痺れてる上に、磁石で吸いつけられているように動かない。全身がけいれんを始めた、頭が混乱する。周囲の喧騒が聞こえて、周りに抱きかかえられる感覚がした。かすかに下半身にぬるっとした感触があった、あ、ダメだ、勘弁してくれ。感電のショックで失禁したらしい。無塵服を脱がされたら……恥ずかしさで死ぬ。

 外見上は感電の所為で意識のある状態ではなかったのだが、不思議とアキラには微弱ながら感覚が有った。病院? 止めてくれ、そんな金はないし、今仕事を休んだりしたら、給料がもらえない。なあ、後生だから、水でも掛けてくれればきっと目を覚ますから。

 だが、アキラの願いに反して、がやがやと搬出される感覚が有った。ガシャン、と、ドアの閉まる音。救急車? 救急車って今は有料じゃなかったっけ。もういやだ。親に請求が行くのかなぁ。また親父にどやされる。顔に何か当てられている気がする。酸素マスク? 肺が膨らむ。頭の中にスパークが飛ぶような感覚があるが、身体は全く動かない。何が一体どうしてるのか。

 次の瞬間、感覚は完全に暗転した。


 アキラは「俺、死んだのかな?」と思った。まあ、さほど苦しくない逝き方かな。あ、でも勘弁してくれ、失禁したままだ。きっと脱がされたらひどいことになってる。誰かに股間を拭かれたりするんだろうか、考えただけでゾッとしない。……そういえば、感電で死んだら全身が焦げるとか何処かで読んだ。

 いやだなぁ、葬式で多分親とか親戚とかが俺の顔を見る。焦げてたりしたら顔を覆われたりするんだろうか。勘弁してほしいなぁ。綺麗に死にたいとかは言わないけど、悲惨なのも嫌だ。親父、五月蠅かったけど、俺が先に死んだらやっぱり涙くらい流してくれるんだろうか。いや、あの親父だから、きっと怒鳴りまくるに違いない。「勝手に死にやがって!」とか。母さんは……ごめん。まさか先に逝くなんて俺も思ってなかったから。

 そんな事を延々と考えていた。

 何だか背中がチクチクする。

 ん?

 感覚?

 そうだ、チクチクした感覚だ。

 死んだらチクチクするのか……。

 いや、この感覚は知ってるぞ。芝生の上にごろんとやったらこんな感じがするんだ。匂いは……匂いは……ガムみたいだ。いや、もっと自然な香りに近い。たとえて言うなら、ペパーミントっぽい。

 ペパーミント??


 驚いたアキラは目を開けた。


 青い。どこまでも青い空が、そこには広がっていた。アキラは大の字になって、芝生のような、ペパーミントの香りのする草の上に寝転がっていた。






事故に遭ったアキラの身に何が?

そしてシーナとのかかわり合いは?

物語が動き出す!

次回をお楽しみに。

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