第18話「勇者と魔導師は現実でバトルを始める」
突然響いた地鳴りのような声の正体は?!
現実世界でのボス戦が始まります。
地鳴りのように響く声は、何を言っているのかよく聞き取れなかった。
「佐々木! 録音だ録音! そして4倍速で再生!」
「あわわ、分かりました」
シーナが叫ぶように指示すると、佐々木は自分の机に転がるように走っていくと、引出しからスマートフォンを取り出し、ボイスレコーダーアプリを立ち上げた。
声はなおも響いている。
「この声、どっちから響いてるんだ?!」
とはいえ、巨大な音の上にやたらと周囲が振動するので、まるで発信源がつかめない。
本田さんは耳を抑えて座り込んでいたが、何かを思い出したように顔を上げる。
「おっきい声で喋るって……もしかして」
シーナも同じことに思い至ったらしく本田に向かって頷いている、明だけは訳も分からずに右往左往していた。
「シーナさん、録音再生します」
佐々木の声に、一同は集まる。イヤホン用の分岐をスマートフォンに突っ込んで、ステレオイヤホンを二つ装着し、4人がそれぞれで聞けるように片側ずつを装着した。
そこで聞こえてきた声は……。
「発売延期とか、どういう事ですかぁ! 私はどうなってるんですかぁ!」
という叫び声だった。
声の主については、聞いた佐々木のつぶやきが端的に表していた。
「うっわ、社長かよ」
明はきょときょとと皆の顔を見る。シーナは渋い顔をしていたし、本田は頭を抱えていた。
「シーナさん、この会社の社長さんって、モンスターだったの?」
明のどう見ても的外れの質問に、シーナはずっこけた。
「そんな訳ないだろう。社長の身に何が起きたかは何となく想像がつく。取り敢えず社長室に行くぞ。明、念の為に何か得物を持ってこい」
「得物って、ええと……」
周りを見回していると、佐々木のデスクに剣があるのを見つけた。
「えと、これ!」
「それ佐々木のソフビ玩具だろ――、まあいいや、社長を傷つける訳にもいかないし」
4人は恐る恐る社長室まで行く、声の音量は一層大きくなった。
「取り敢えず、ドアを開けたら中に突っ込むぞ」
「相手は社長でも、多分アレになってるんですよね」
「うわあ、社長のあれですか」
「あれのスクリプト組んだのは佐々木だろ」
シーナ達の会話についていけない明は、玩具の件を構えたまま右往左往している。
「あれ、って一体なんですか」
困惑する明に、佐々木が応えた。
「社長のアバターだよ、モンスターなんだ」
「も、モンスターがアバターですか」
シーナは相変わらず渋い顔だ。だが異世界美少女の顔なので、渋い顔をしていても何となく冗談っぽい。
「じゃ、シーナさん以外にも向こうのアバターに」
「ああ、なる可能性があることが明らかになったな」
「基準は何なんでしょうね、お――私はなってないんだけど」
「社長と私に共通すること。か。プレイ時間かな?」
「あ、でも僕シーナさんと同じかそれ以上はアクセスしてますよ」
「私と社長の共通点で、佐々木と重なっていない事、か――」
「今すぐに考えても答えは出ないでしょう。それより社長を止めるか落ち着かせないと――」
社長室からは依然、低く轟く声と、色々ものが壊れる音がしている。
「私の例と同じパターンなら、社長には特殊能力は発現していないはず。多分動揺して暴れているんだろう」
「体躯に合わせた馬鹿力はあるかも」
「それに、社長を大人しくさせる方法がないと、飛び込んでも無駄な努力するだけですよ」
「佐々木、私のバイクの座席の物入れに自作したスタンガンがある。取って来てくれ。くれぐれも他の余計なものには触るなよ」
「わかってます。あの物入れはパンドラの箱だし」
シーナは佐々木にキーを渡す。佐々木は全速力でダッシュしていった。
「さて、奴がスタンガンを持ってくるまで、社長のご機嫌取りをしていないとな」
「今の社長がいる社長室に入るんですか?」
「今考えてる事はあくまで推測だ。会って状態を確認しないと、どうしようも無いだろう」
「藪蛇になりませんように――」
社長室のドアをノックすると、更に凶悪な重低音が帰ってくる。
「主任の椎名です、入りますよ」
シーナがそう言ってドアを開けると、中にはドラゴンがいた。
尋常ではない。
部屋の7割をドラゴンが埋め尽くしている。お蔭で動けなくなっているようだ。
「うわ、おっきい」
明の反応は素直だった。
「こんな規格外の代物がこの世界で生きて行ける訳がないんだが――あった、あれだ!」
見ると、ドラゴンの胸辺りに蜂の巣のような穴が開いている。
「穴? まさか」
「そう、私は魔導師として具現化されていない」
「髪の毛の色と目の色が変な、無いペタの女の子ですね」
太田の表現に、うんざりとした顔をしながら、シーナは続けた。
「この世界に具現化するには、この世界に妥当な形に置き換えられるんじゃないなと思ったんだ。理屈は分からないけど――」
「でもお……私は自分の体のままで、技だけ少し使えるんだ――ですけど」
「接続の方法が違ったからじゃないかね。脳だけ置き換えられてしまった、とか」
「ふうん。で、妥当な形だとどうなるの」
「社長を助けられるかもしれないんだ」
「つまり、どういう事?」
「社長がドラゴンのままこの世界に実体化したわけではない、と踏んだんだ。多分、これは着ぐるみだ」
そういうと、ドラゴンの首がゆっくりと持ち上がってこちらを向く。
「でも、これ動いてるんですけど」
「恐らくはメカトロニクスじゃないかな」
「めか――めかぶトロロ汁?」
明のボケにシーナは半ばずっこけつつ踏みとどまりながら答える。
「何だか美味しそうだけど違うっ! 要するにロボット。中に社長が乗ってるんだ」
「えーと、という事は、このロボット倒せば社長さんを助け出せるの?」
「多分な」
「じゃ、お……私の技でビリビリやれないかな」
アキラには戦闘中に覚えてまだ使っていなかった技があった。
「雷光剣か。アキラとしては、まだあれ使ったことないだろう?」
「だから今試すんだって」
「そんなぶっつけ本番な」
「本物じゃない物と戦うんだから、剣もニセモノで良いよね」
そう言いながら、ソフビの剣を手に取る。
「いやしかし、雷光剣はおそらく電流だぞ。その剣は電気を通さないソフビだ」
「そうかなぁ」
明は試に念を込めた。すると、なんとソフビの剣がボウッ、と青白く光り出したではないか。
「どうなってるんだそれは」
「お……私にもわかりません――」
そこに、佐々木が息を切らせながら帰ってきた。
「お待たせしましたっ! これですよね」
「お前異様に早かったな。しかし、スタンガンじゃどうにも間に合いそうにないな」
「せっかく取りに行ったのに……」
ガッカリしてへたり込む佐々木。
「余計なことしたら後で絶対怒られると思ってすっ飛んできたのに」
「大丈夫ですか?」
へたり込んでいた佐々木は、覗き込んできた明が手に持っている自分の玩具を見て慌てた。
「えっ。それはあのプレミア――」
「ふむ。ちょっと面白いかもな。佐々木、この剣借りるぞ」
「借りるって、それ非売品なんですよ? 勘弁してください」
「もし壊れたら、社長に弁償してもらえ。良いか明、このスタンガンを使ってだな――」
情けない声で懇願するを尻目に、彼らは暫く作戦会議をしていた。
そして青白い光と驚きの声。やがて、話はまとまったようだ。
「よし、じゃあその手筈で。私は社長の前に飛び出して気を引く」
「その隙にお……私がこの急造のビリビリ剣で」
そう言いながら、明は玩具の剣の先にスタンガンを縛り付けた急造の武器を手に取った。
「そういう事だ。じゃあ頼んだぞ――そうそう。お前もっと「私」っていう練習しとけ」
「それ遺言にしないでくださいよぅ」
「佐々木ぃ、不吉なことを言うな! じゃあ行くぞ」
シーナはドラゴンの前に飛び出し、派手なアクションでいい加減な詠唱を始めた。ドラゴンは怪訝な様子で首をかしげていたが、目を細め、身をかがめて攻撃態勢を取った。
「今だっ!」
シーナは言いながら全力で社長室の隅のソファに逃げ出した。ドラゴンは其方に気を取られて追う。そこに明が飛び込んで、剣の先にスタンガンを括りつけた、明の付けた愛称「ビリビリ剣」に念を込める。
「雷光剣!」
スタンガンの周りに派手な電光がほとばしる。アキラはそれを、シーナに言われた通りにドラゴンの頭に向かって突き出した。
「バグンッ!」
派手な音がして、剣は真ん中から吹っ飛んだ。
だが同時にドラゴンの頭も吹き飛ぶと、中身にあったメカが煙を吹いていた。
半泣きの佐々木とシーナがドラゴンの背中に向かう。
ドラゴンの背中には目算通り、ファスナーが有った。
佐々木が抑えている最中に、シーナが思いっきりファスナーを引っ張ると、中には目を回している社長の姿が有った。
「引っ張り出すぞ!」
「はいっ」
明も駆けつけて、3人がかりでドラゴンの着ぐるみから社長を引っ張り出した。
社長は中年というにはまだ若い感じの、中肉中背な長髪の男性だった。下着姿でさえなければ、ダンディともいえたろう。
「着ぐるみだったから下着姿なんかな」
言われて明は顔を赤らめつつ他所を向いた。
とにかく、彼らはオフライン初の戦闘にも勝利したようだった。
ボス(社長)を倒した、もとへ、助けた彼らは、これからどうなっていくのでしょうか。
次回芸能界デビュー!