第17話「性転換した魔導師は日常生活で困惑する」
BMIORPG「ArsMagna」の最終チェックの為に、ゲーム内での就寝を試みたら、明には特殊能力が発現し、恭一はゲーム内のアバター「シーナ」になって仕舞った。
そして、混乱するシーナは、同社の女子社員「本田」の洗礼を受けるのだった。
――――― 17 ―――――
「冗談じゃない。私は着せ替え人形じゃない」
シーナはブティックを逃げ回っていた。
そんなシーナを本田さんが嬉々として追い掛け回す。
「そんなダブダブの私のお下がり着てても仕方ないでしょう」
「だからって何でスカートなんか着せたがる!」
「綺麗な足をしてるんだから、ちゃんと映える服を着たほうが良いからですよ。何ならスカートじゃなくてショートパンツでも」
「冗談じゃない、小学生男子じゃないんだから」
「そうですよね。今は女子ですし」
「あーもう――」
一緒に来ていた明は退屈そうな顔をして客用のソファに座っている。
「あら、明ちゃんも服を新調するんじゃなかったかしら?」
本田はつまらなそうにしている明に声を掛けた。
「うーん。でも、私こういうの良く分からなくて」
「年頃の女の子がオシャレの一つも出来ないとか、どういう家庭で育ったのかしらね」
「うーん、地方都市の没落名家というかなー」
「没落名家ねえ、じゃあ着物の着付けは出来るの?」
「うん、まあ、それなりに」
「じゃあ、そういう時の和服の色合いで好きなものを、洋服で考えればいいんじゃないかしら」
「和服の色合いかぁ――」
女性二人が和やかに話している隙に、こっそりと逃走を図ろうとしているシーナがいた。だが、本田嬢はしっかりと把握していた。
「シーナさん」
「もう勘弁してくれ」
「駄目です」
それから1時間みっちりと、シーナは着せ替えを体験した。勿論アウターだけではなくて、インナーも一通り購入したので、下着のフィッティングはまたひと悶着あった。
「ど、どこ触ってるんだ君は!」
「おっぱいですけど。ブラのフィッティングだから当然でしょう?」
「そんな身も蓋も――、あっ、そっちは」
「んもう、腰を触られたくらいで声を上げないっ。とにかく今穿いてるぱんつも脱がなきゃフィッティング出来ないでしょ」
「だって本田、あ、ちょっと、やめ」
「ええい、いちいち五月蠅いっ」
一通り下着のフィッティングが終わるころには、二人ともへとへとだった。しかし、本田は満足げである。
「いやーいい汗かいたわ」
言い放つ本田の脇に、何だか汚されてしまったような顔をして佇んでいるシーナの姿があった。
「おつかれさまー」
薄笑いを浮かべる明も、気が付けば本田によってコーディネートされた上下を着ていた。
「私は今日初めて、部下に対して恐怖心を抱いた――」
明に言う事でもないんだろうが、シーナは明の隣にへたり込みながら呟いた。
「あー、本田さんってこういうアクティブな人なんですねー」
なんとなく魂の抜けたような明が返す。
「いや、私も今日初めて知った」
佇む二人を見て溜息をついた本田は、気合を入れるように声を出した。
「何そこで老人会みたいに黄昏ているんですか、次に行きますよ!」
2人は蒼褪めたまま凍りついた。
§
その後引きずり回された二人は、靴、バッグ、アクセサリ等、一通りを数着分。基本的には恭介のカードで支払って購入した。
「私は別にこういうのは要らないんだがな、元に戻るつもりだし」
「たとえ短期間で戻ったとしても、あちこちに顔を出すことになるんですから、ちゃんとした身なりをしてください」
「あちこち?」
「部長からお話聞かされてませんか?」
「ちょっと待て、何の事だ?」
「今のままでは、ArsMagnaのサービスインなんて出来ませんよね? シーナさんの変身の原因とかつかめないと――」
「未知の危険が有ったら、サービスどころじゃないのは確かだが、それと私があちこちに行くのと何の関係が――」
「逆手に取るんだそうです」
「は?」
「ゲームの為のCMが欲しいって話があったじゃないですか」
「……ああ、ゲームのインパクトに負けないCMにしないといけないとか――」
「シーナさんと明ちゃん、アイドルユニットになるらしいですよ」
「仕事を増やすって話か。――じゃなくて、ちょっと待った。私がアイドルだと!?」
「ああああああああ、ま、待ってください。俺もアイドルなんて出来ません!」
慌てる2人に、本田は満面の笑顔で答えた。
「あら、そうかしら? 可愛くてよく動ければ、多少歌が下手なくらいの方が売り込みやすいのよ?」
§
シーナのログイン状態を再現すべく、その後何度も、恭一の使ったNLDコネクタを使って同じロケーションでの睡眠実験が繰り返された。
しかし、結果はすべて問題が無かった。
明が原因かもしれない、という事で、明を同伴してのテストも行われたが、結果は変わらず。シーナと明の二人組でログインして同じことを繰り返してもまた、何の変化ももたらさなかった。
「しかし、一度起きたことなんだから、再現性が無いのはむしろ不思議ですよね」
佐々木はシーナ達のログを解析に掛けながら言った。
それを聞くシーナと明はというと、ソファでへばっていた。連日仕事場ではログインと睡眠の繰り返し。終わるとユニットとしてのレッスン、そして医療機関での身体のチェックである。何しろ、二人のユニットの件はスポンサーが大いに気に入って仕舞い、結構なプロモーション費用を「ポン」と出してくれた為に、通常では考えられない速度でお膳立てが進んでいた。
「当日の私のバイタルログは確認したのか? いつ私の体は変わってしまったんだ?」
当のシーナ自身も、過密なスケジュールの中、変身の秘密を解くチームの一員として解析に当たっていた。理由づけとしては「いきなり元の体に戻ってしまうとプロモーションが台無しだし、危険の片鱗でもつかめない限りは、いつどこでサービス中に変身したり、体に変調を起こす者がいないとも限らないから」だった。
「それが不思議なんですよね、ある瞬間まではそこにあるのは椎名恭一その人の体なんですけど、次のログからはごっそりと変わって、アバターに良く似た少女のものになってるんです」
ありとあらゆる物理法則を無視して、まるで時空のパッチワークのように、恭一の体はシーナになって仕舞っている。シーナはボーっと考えながら、ボソッと口にした。
「こういう事が出来る力をなんていうか知ってるか?」
佐々木はうーんと考えてから口にした。
「チート……ですか?」
「阿呆か。こういうのは神の力とか、魔法って言われる類のものだ。ファンタジーRPG作ってて何にも勉強してないのかお前は」
「シーナさんこそ魔法なんて信じてるんですか?」
「分からん。分からんが、消去法で残った物事は、どんなに奇妙でも真実なんだ」
「あ、それ知ってます。狼にカミソリ」
「オッカム! オッカムの剃刀だ。まあ、論理上の飛躍をするための言葉ではあるがな」
二人が話していると、半ば気を失ったようになって寝ていた明が起きてくる。
「おかみさんの味噌汁ですか、おいしそう」
「お前は寝てろ」
「だってシーナさん五月蠅いんですもん」
「まあいい、じゃあ黙って聞いてろ」
そういうと、シーナは机に這うように向かってタブレット端末を持って帰ってきた。
「良いか、ネクデルドリームは人の睡眠中枢に働きかけて、脳に超明晰夢という形で仮想的な画像を見せることで疑似体験を指せるようになっている」
タブレットに落書きをしながら説明するシーナ。
「本来このための物理リンクには睡眠中枢に通じる神経へのバイパス回線だけで良い事になっている。それだって脳に電極をつないだりするわけじゃない」
「ええ、だからネクデルドリームは安心、安全、と……」
「ところが、その結果が私のこのざまだ」
「買い過ぎました?」
「Konozamaじゃない、この体たらくという事だ」
「場を和ませようと――」
「いらん」
シーナは立ち上がってウロウロした。
「とにかく、だ。こうやっていろいろ試験したり仮説を立てても一向に埒が開かないのは、既存の物理法則ではどうにもならない力が働いていたと考える方が妥当だろう」
「だから、魔法――」
「ああそうだ。我らが魔導師は抗う事も出来ずに魔法の手に落ちてしまった、という訳だ」
シーナが言い終わるのとほぼ同時だったろうか。地鳴りのような音がした。
音は、音声だった。しかしそれは、間近で聞くジェットエンジンの音よりも、はるかに強大で、チューバの響きよりも低音だった。
そう、なんといってるか分からないくらいの低音だったのだ。
「ぼ、ボス敵?」
慌てる明にシーナは一喝した。
「そんな訳あるか! ここは、今は現実なんだから!」
そんな自分の言葉に、確信が持てていないシーナでもあった。
現実世界に突然聞こえるボス敵の出現を知らせる重低音!
彼らはどう立ち向かうのか。
以下次回!