第10話「転生の真実 BMIは健康体重だと思っていた」
この世界の真実とは?
現世と世界のつながりが明らかに。
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アキラの台詞は、シーナの職場でもモニターされていた。
「感電事故。ライン工。この人物に間違いないのか」
シーナの上司は部下から貰ったタブレット端末をしげしげと見ながら、デスクに腰を下ろした。
「もうタイムリミットまであと6時間ちょっとだ、シーナ、悠長にしている暇はないぞ……」
「部長、デバッグ班からの連絡が来ました、どうやったかは分かりませんが、公開前テストはローカルサーバだけでやっていた筈なのに、アキラというキャラクタは外部ネットワークからの回線でつながっています」
「何だと、サーバー管理は?」
「外部委託です。委託会社と連絡が取れません」
「何だって……だからマル秘プロジェクトで外部の会社を使うのは反対だったんだ」
「人件費が削減できるって部長も喜ばれていた記憶が」
「ああああああ、もう、どうでもいいから何とかつなぎを付けるんだ!」
Brain-Machine Interfaced Online Role-Playing Game。
略してBMIORPG、更に略してBORGと称されるゲームは、全く新しいオンライン・ゲームだった。
脳が大脳外からの非接触インターフェイスで介入可能なことが分かり、脳とコンピュータのダイレクトリンクが医療用、軍事用途利用されてきたことを背景に、ようやく民生品として登場して、真っ先に実用化されつつあったのがゲームだった。現在、開発競争は最終段階。どこが一番最初にリリースを発表するかで数社がしのぎを削る状態だった。
各社が一番注意を払ったのは安全性とインターフェイスの自然さだった。脳が人体に出す信号をブロック・オーバーライドしてゲーム中に体が動かない様にしよう、という試みは、軍事開発時にいくつか行われたが、脳のニューロネットワークは個々人の差異が大きく、調整に長い時間を必要とする場合が少なくなかった。また、接続を確立した場合でも、被験者死亡という最悪の結果を招いた例が少なからずあり、医療、民生分野では万が一機械が誤動作した際に安全性の問題があるとして、開発当初から早々に却下されていた。
原因としては、呼吸器、循環器系など生命維持に必要な神経が不随意ながら大脳との信号連携を必要としていた所為であった。しかもこの信号は容易に分離できないことが分かり、脳とのダイレクトリンクでのバーチャルワールドの作成は暗礁に乗り上げてしまった。
そこを救ったのは、「夢」だった。脳に比較的広範囲に緩やかな刺激を送ることで、人工的に夢を見ている状態を作ることが可能になり、同時にそれを、夢を見ている人が介入できる夢=明晰夢化することで、外部のプロセッサだけでは到達できないリアリティでの仮想体験を可能にしたのだった。このいわば、「夢を加工する」技術は睡眠学習などの形で存在を示唆されていたものだったが、更なる研究の結果、デザイナーが意図した絵や風景などを投影可能にする「超明晰夢」が出現し、具体的なバーチャルワールドへの道が開かれたのだった。このマシンは明晰夢によるネットワーク接続装置=network connection device with lucid dream =NeCDeLDream=ネクデルドリーム と呼ばれた。
そして、ネクデルドリームを使った第一弾のBORGソフトとして名乗りを上げ、最終調整までやっとこぎつけていたタイトル。それが中世ヨーロッパ風な異世界を舞台として構成された国産RPG、「ArsMagna」だった。
§
ArsMagnaのソフトウェア統括部長は津崎和男氏。その下の筆頭ディレクターは椎名恭一と言った。
「んがっ」
椎名はネクデルドリームの為の端末、はNLDコネクタという簡易ベットにヘッドセットが付いた様な代物だった。彼はヘッドセットを外して立ち上がり、頭を振る。数日泊まり込みだったので、顔は無精髭だらけだ。
「畜生、いきなり落とされたっ!」
強制切断のショックでクラクラする頭を抱えながら、テストルームを出る。そして統括部長のいる部長室のドアを専用キーで開けた。
「部長、あんまりですよ、せっかく――」
「アキラちゃんと遊んでたのに、か?」
「は?」
部長は彼の胸にタブレット端末を押し付けた。
「状態異常の情報だ」
椎名は資料を読んだ。
「名前が京明?――あれ、苗字は?」
部長は笑いながら訂正する。
「きょうめいじゃない。京 明だ」
「アキラって本名だったのか……、かなどめ――珍しい名前ですね」
「いいから、先を読め」
「――熊本県生まれ。現在練馬区大泉在住……23歳、女性!?」
部長はじとっとした目で椎名を見る。
「ちょっと待ってくださいよ、私が見てたのはあの大男のアバターで」
「お前は少女のアバターだったな」
「放っといてください。個人の趣味です」
「逆転カップルは楽しかったかぁ?」
「部長!」
流石にこれ以上はいじめだと思い、津崎は真面目な顔に戻る。
「まあ冗談はさておき、だ。状態異常対象者、京明は、現在「ネクデル・コーポレーション」傘下の私立病院に居る」
「ちょっ」
「そういう事だ。まさかクライアントのグループ企業から接続してるとは思わんよなあ」
「そうか、そうするとうちとは、いま専用線で直結状態にあるわけですか」
「ああ、ただ厄介なことに、この接続は切れないらしい」
「は?」
「彼女は現在ICU-MEにいる。ネットワーク接続は彼女の脳の損傷を回復させるナノマシンを、正常動作せるために不可欠らしい」
「だったらその治療室と外の接続を」
言われて津崎部長は溜息をつく。
「それがどこで繋がっているかが、現状皆目分からんらしいんだ。恐らく何らかのバグが原因しているらしい」
「バグ、って、そんな――」
「まあとにかく、彼女入りのままで、サービスイン出来る方法を模索するしかない。という可能性が高いって事だ」
椎名はげっそりとした。
「アキラ……彼女にはどう伝えるんですか」
「もういいだろう、真実を伝えろ。彼女もお前が消えた際の表示で、うすうす感づいているらしい」
「じゃあすぐにログイン――」
「いや、お前にはちょっとやってもらいたいことがある。彼女の所には別の者をやった。極力すっとぼけるように指示してな」
話しているところに、部長室のドアからチャイムが鳴る。
「津崎だ、どうした」
「状態異常と接触した佐々木が、PKされたそうです」
「なにぃ?!」
§
アキラは血まみれだった。目の前には「ユーリィ」と名乗って近づいてきた男が倒れている。
「はあ、はあ」
正当防衛だ。
アキラは思った。
「正当防衛だよな。てか、本人は死んでないよな」
アキラがしばらく見ていると、「ユーリィ」の死体はボロボロと崩れて消えた。そして、お金といくつかのアイテムが、彼のいた場所に転がっていた。
相手はタイミングが良すぎたうえに、バカだった。話しはほんの5分前だった。
「そこのお兄さんお兄さん」
偉く軽い呼び声だった。モンスターのうようよいる森を抜けた山中で声を掛けてくるという事自体、不自然ではあるのだが、それに加えて街中でナンパするような軽さ。アキラは思わず身構えた。
「何だよ、怖いなぁ」
「お前こそ何だ。こんな所でいきなり声を掛けてくるとか」
「お、おれも冒険者なんだよ。ユーリィっていうんだ」
明らかに胡散臭い。胡散って何だか分からないけど。胡散臭い。ちょっとかまをかけてやれ、と、アキラは思った。
「いきなり人が現れるなんておかしい。さっきも同行者がバグって消えちゃったし」
「あれはバグじゃないから大丈夫……あ」
「やっぱり」
ゲームと分かって仕舞えば遠慮はいらない。アキラは剣を抜くとユーリィに向けて構えた。ユーリィは慌てて腰に付けた短剣を振りかざしたが、何しろリーチが違ううえに、アキラは遠距離のスキルもある。あっという間に気功斬で切り伏せた。
そして、今に至る。
「こっちの誘導尋問に簡単に引っ掛かってボロが出るとか、どれだけ頭が軽いんだよ」
そういうと、空を見上げて、ぐるっと辺りを見回した。多分、どこからか俺を見てる奴が居る。そして、それはおそらくシーナの仲間だ。奴はひっ捉まえて真相を話させてやる。
アキラは息を吸い込むと、大声で叫んだ。
「シーナ―! シーナぁー―!」
すると、背後から聞き慣れた声がした。
「やれやれ面倒臭い」
「シーナ!」
アキラが振り返ると、シーナがボリボリと頭を掻きながらあぐらをかいて座っていた。
世界は仮想現実(超明晰夢)だった!
あれでも、二人って、明が事故に遭う前から夢で繋がっていたような……。
謎は完全には解明せずに、シーナから明への話が始まります。
以下次回!