第01話「来ることのない未来と変わらない現実」
さて、短期集中連載開幕です。
航宙船長「まる」とは全く違う方向性のお話ですが、楽しんで頂けたら幸いです。
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マジかよ。
敵は倒したはず。倒したはずだ。なのになんで俺も倒れてるんだ?
「ダメだ、意識が……」
一度ブラックアウトした意識が、激しく揺さぶられて薄らと浮上する。
「……!……!」
誰かが叫んでいる。五月蠅いな、眠いんだ。寝かせてくれよ。明日からはどうせまたあの面白くもない作業ラインに並んで部品を組み立てる毎日なんだ。
「しっかりしろ! 意識を保て! さもないと、お前が消えてしまう」
誰の声だ?聞き覚えがある。ええと、記憶がはっきりしない。いやまてよ、ああ、そうだ、これはシーナだ。シーナの呼び声が聞こえる。でもシーナって誰だ。
「アキラ、駄目だ、目をつぶるな!」
もう寝かせてくれよ、疲れているんだ。明日も仕事なんだよ。
頬に冷たい滴を感じる。涙?
「シ、シーナ……泣いているのか?」
どうせこれは幻想なんだ。そうだろう?違うのか?シーナ、誰だかわからないが名前だけが分かる。シーナ、お前はなぜ泣いているんだ。俺が仕事に戻るのが嫌なのか? ……いや、まて……敵、敵を倒したとか。敵って何だ?俺はここで何をしていた? ……そして、シーナって誰だ?
「誰がお前なんかの為に泣いてなどやるものか、だから目を開けろ!意識を保て!」
無く気が無いなら泣かなければいいだろう。とにかく敵は倒した、お前に対する義理は果したろう。……何を考えているんだ。自分の考えていることがさっぱりわからない。只管眠い。眠気が見せている幻想か。
「辛いんだ、眠らせてくれないか」
何を言っているんだ俺は。これは幻想だ。そうだそうに違いない。幻想に何を断っているんだ。
「アキラ、アキラ! くそ、除細動器での蘇生術も効かないのか。アキラ逝くな!」
除細動器……AEDとかいうやつか? 蘇生とか、おっかないことを言うんじゃない。俺は別に死んじゃいないさ。ものすごく眠いだけだ。シーナが再び俺を呼んでいる。だがもう限界だ。意識が薄れてそうだ。シーナ……シーナ……。ハイ。廃人、いや違うな。魔術? そうだ、魔導師だ。ハイ魔導師。ちがう、大魔導師だ。
大魔導師シーナか。偉そうな名前だ。俺みたいな一介のライン工とはえらい違いだ。
「大魔導師が何を慌てているんだ……ただの余計者が消えるだけさ、お前も楽になるだろう……もう辛い、眠らせてくれよ」
「ダメだっ! お前は勇者なんだろう? ……これくらいで負けるな……アキラっ!」
悲壮な叫びがこだまする。勇者? 勇者アキラか、これはいいや。俺かっこいい。俺Tueeee。いや、馬鹿言ってる状態でもないな。とにかく明日は仕事なんだ。大魔導師でも大統領でもなんでもいい。眠らせてくれよ。ああ、眠い……深い眠りが、今まで経験したことのないような、深い、深い眠りが俺を呼んでいる……。
そして、アキラの意識はどんどん薄れて行った……。
§
バスがいきなり止まって、ウトウト微睡んでいたアキラは、手すりを掴んでいた手が緩んで思わず転げそうになる。だが、今回はなんとか耐えた。以前同じことをやらかしたときは、盛大にこけて額を切ってしまった。気付かずに血だらけで街を歩いていたら、警察が来たりといろいろ大変な目にあったのを思い出した。
立ったままで、何だか不思議な夢を見ていた気がする。額に嫌な汗をかいている。バスは赤信号で止まったらしい。幸い、アキラが降りるべきバス停の直前だった。ああ、よく寝た。
アキラはバスを降りて、疲れた足取りで家路についた。
残業で疲れていた。ドアを開け、玄関に靴をポイポイと脱ぎ散らかして部屋に入ると、ばったりと布団に倒れ込んだ。来る日も来る日も、流れてくる端末に部品をはめる。それがアキラの仕事だった。
「こんな仕事、機械に任せればいいんだ」
いつもそう愚痴をこぼしていたが、そうすると自分の仕事を失ってしまうのも分かっていた。あと2ヶ月やったらここともおさらば。実家に帰ろう。そしてしばらくはのんびり過ごして、また仕事を探せばいい。もう25なんだからフラフラせずに定職に就け、と、親には散々に言われている。言われるたびにアキラは工員だって立派な仕事じゃん。バイトとかで適当やってる奴とかよりよっぽどましだよ。そう言いかえしては、本当はやりたい仕事に就けなかった自分を誤魔化していた。
ゲームを作る仕事に就こうと思っていたことが有った。でも、実際にゲーム会社に就職した高校時代の友人の話から、実態を聞いてちょっとうんざりして止めた。毎日毎日、如何にプレイヤーからお金を搾り取るかを考えている上司の顔を伺いながら、指示された仕事をただ黙々とやる仕事だそうだ。プログラマやデザイナーは、それでも目の前の仕事に集中していればいい。アキラにはそういう技能はないから、やるとすればゲームのデバッグをやったり、進行管理をしたりの仕事になるという。ちょっと想像してみたが、とっても疲れそうだ。
アキラがやりたかったのは、ゲームのお話しを作る仕事だった。だが、そういう仕事は既得権みたいなものが有って、他で認められた人間がどんどん仕事を持って行くらしい。新人に任せてもらえるような仕事ではなかった。下積みから続けて、才覚を認められれば初めて少しずつ仕事をさせてもらえる。しかも、それですら、クライアントの意見のままにシナリオを書くという仕事だそうだ。うんざりだ。アキラは自分が考えた物語をゲームに書きたかった。だが、今の時代、そんなものに気を掛けるユーザーの方が少ないらしい。それはソシャゲを時々やるアキラも分かった。ストーリーは添え物だ。力を手に入れて敵を蹂躙して無双する。つまりは「俺Tueeee!」だ。それさえ実感できればいい。お金を払えば簡単に自分がヒーローになった感じが実感できる。だからみんな課金する。それが今のゲーム制作だそうだ。
アキラはゲームの仕事を目指すのを止めた。
横になって色々考えていたら、いつのまにか寝ていたらしい。
「んあ……」
夜中に目が覚める。工場では無塵服を頭からすっぽり被って作業している。無塵服の下は支給品のつなぎの作業服だ。仕事が終わるころは大抵汗だくだし、帰宅してそのまま倒れ込んだので、寝汗でべったりだ。支給品は汚れたら自宅で洗濯しなきゃいけない。アキラはそういう事が、からきし苦手だ。
「ち、めんどくせーなぁ」
ババッと服を下着ごと脱いで袋に詰め、適当に下着を着て、ジャージを羽織って、スニーカーを履き、財布をポケットにつっこでコインランドリーに向かう。途中のコンビニで割引きのカップめんを買い、お湯を注いでから店を出る。
コインランドリーに到着すると、空いたドラムに服を突っ込んでコインを入れてスイッチを押す。
「ごんごんごんごんごんごんごんごん……」
洗濯機の回る音を聞きながら、カップめんをすする。
「ずずっ、ずずずずず……」
不満はあった。メッセージサービスでつながってる知り合いは、よく旨そうな飯を食ったと言ってくる。彼氏や彼女持ちもいる。
「リア充共は爆発すればいい」
思い出したついでに口にする。
カップ麺も食べ終わったので、ケータイの電源を入れてゲームを立ち上げる。好きなゲームはあったが、課金なんてできないからランキングはそこそこどまりだ。最近は据え置き型ゲーム機にまた人気が出ていて、なんだっけ、「仮想現実」とかいって、本当にそのゲームの世界に居る体験が出来るゲーム機が出たとか、ネットで騒いでいた。しかし、値段を聞いて目玉が飛び出た。アキラが仕事で稼いで貯めるつもりの金額のほとんどをつぎ込まなければ買えない。何処のブルジョアだよ。
だから暫くはこのケータイゲームが俺の世界だ。アキラはそう思いながらポチポチと操作した。
でも、この世界に居ると安心できる。今のこの俺の方が夢で、このケータイの中の俺が本物だ。そうだ、来月はちょっと節約して課金してやろう。そしてランクを上げるんだ。
アキラは、不思議と勘が働いた。ゲームの穴を突くのが得意だ。運営が予想していない穴を突くと、無課金でも課金連中を出し抜いたりできた。そういう、所謂「俺Tueeee!」が出来るゲームは面白い。これで良い武器とか手に入ったら、きっとランキングに載ったり、いい線行けるんじゃないかと思ってる。
そろそろ、先日公開になったダンジョンの攻略が最終盤だ。よし、今日はボス戦まで行ってやる。
ゲームに熱中していると、「ぴーっ。ぴーっ。ぴーっ」と、洗濯が終わったことを知らせてくる。いい所だったが、探索も一段落してそろそろ区切り目だ。明日も仕事だし、夜更かしするような体力もない。仕方ない、ボス戦は明日のお楽しみにしておくか。そう思いながらゲームを終わらせて、洗濯機からつなぎと下着を取り出す。乾燥まで済ませたいが、お金がもったいないので脱水しただけでうちに持って帰る。
「取り敢えず窓の外で朝まで干すか…」
部屋に戻ると、適当にツナギと下着をハンガーに引っ掛けて窓の外に干して、再び布団にばったりと倒れた。
ローファンタジーとしてスタートを切りましたが、何故か分類ジャンルはSFの今作品。
ともあれ、まだ物語は入り口。
次回からいよいよお話しが展開開始します。