色欲
彼女はいつもと変わらぬ氷の表情で人工甘味料と乳成分で残りの冷めきったアメリカンコーヒーを濁し胃に流し込むと、ごちそうさまでしたすぐ戻るわ、と一言残しその席を空にする。
僅かなコーヒーの香りに罪悪感がくすぐられる。
私は無意識に彼との約束を破ったのだ。
私の旧友で彼女の恋人である彼は突然失踪してしまった。
彼女はそれを彼女自身の罪故だと反省し、罰した。
あれからというもの、私が密かに心寄せていた彼女の笑顔を見ることはなかった。
彼が恋仲である彼女から徐々に距離をおき連絡も寄越さず彼女から姿を眩ませた
。
私は知っている。
失踪したのではない、彼は病床についていたのだ。医者には半年も持たないもってひと月だと宣言され、彼女から身を隠すようにして哀れにも一人で旅立ったのだ。
しかし私は彼のこのことは彼女には伏せてくれという願いを
愚かにも、嫉妬に狂った私は無視したのだ。
彼が旅立った今でさえも彼女は彼に心惹かれ、忘れられずにいるのだろう。
オーナーらしき初老に彼女はどこかと聞き彼女の後を追う。
ベランダから夕日を眺めていた彼女はこちらに振り向きこう言った。
彼は死んだんですね。
どおりでこの世界に生気がないはず、
教えてくれてありがとう。
これでようやくこの彼を失って死んだ世界から開放されるわ。
氷の女は涙を流してしたのだ。
その涙は夕日を含みながら、頬を濡らし、彼女の凍った心をゆっくりと溶かしてゆく。
その時、私は氷の女に殺されたのだ。
後日彼女は、燃えるような赤い彼への思いを手首から流し、浸りながら彼への元へ帰った。
彼女を無くしたこの世界と私は死んだ。
否、殺されたのだ。
色を無くし、温度を無くした。
ここに氷の男と冷めたアメリカンコーヒーだけが残った。