8話
病室の戸を開くと、入院ベッドに背を預けて少女……戸隠の妹がカバー付きの本を読んでいた。音に反応して顔を上げ、戸隠達の来訪に気付いた。
「あ、兄さん。いらっしゃい」
「よ、和水。元気そうだな」
「そりゃあね」
入院患者らしく病院着に身を包み、胸元にかかる長さの茶髪は真っ直ぐに下ろされている。
「もうそろそろ退院だったよな」
「うん、後五日くらいだってお医者さんも言ってた……あれ?」
戸隠と話していて、そのすぐ後ろに立つ朝雛を見つけて視線を向けた。
「兄さん、その人は?」
「……初めまして」
戸隠の背から真横に並んで、朝雛は頭を下げた。
間である戸隠がお互いにお互いを紹介する。
「こっちがオレの妹、戸隠和水」
「どうもどうもー」
「こちらは、朝雛麻衣香さん」
「……どうも」
「ちなみにお互い同い年だからな」
その後、病室の隅に寄せてあった椅子をベッドの横に持ってきて座った
「ほいコレ、頼まれてたやつな」
「ありがとう兄さん」
レジ袋を渡された和水は手に持っていた本を閉じてベッドに置き、袋の中から隔週刊『Phantom killer』を取り出す。
「え!? クロスリッパーの再来!?」
表紙に大きく書かれたトップ記事の内容に大声で驚き、戸隠に静かになと注意され。和水は声量を下げた。
「でも兄さん、あのクロスリッパーだよ? 一時町を騒がせたあの」
「そうだな、今まで何やってたんだろうな」
「わたしみたいに入院してたのかもよ?」
「……あの」
そこに、今まで静かだった朝雛が声をかけた。
「……どうして、入院を?」
朝雛が見た限り、体内の理由もあるだろうが、和水のどこにも入院している理由が見当たらなかった。
しかしおよそ初対面の人間に聞くような事ではない質問に、
「通り魔に襲われてね」
和水はあっさりと答えてしまった。
「この町では珍しくないんだよ? 月に1人はこうして入院するくらいに」
「治療だけならその何倍もいるらしいけどな」
「……なるほど。それで」
朝雛は再び、質問をぶつける。
「……誰に、やられたの?」
「んー、誰にか……」
この質問には和水も口ごもり、どうしたら良いかと戸隠を見ると。
「アレ、見せてやれば良いんじゃないか」
「アレ、か。おけおけ」
和水は雑誌を本の上に置き、左腕の裾を捲り上げる。入院患者特有のあまり日に当たっていない白い肌が肩まで露わになり。
そこに、交差された切り傷を見つけた。
「……それは」
「そうだよ、交差の傷。クロスリッパー。まだ本物が通り魔してた頃にね」
隔週刊『Phantom killer』の最新号のトップ記事にもなっている『クロスリッパー』和水はそれに襲われて入院しているらしい。
「……そう」
答え聞いた朝雛は、どことなく目論見が外れたという風に目を背けた。
そこで戸隠は朝雛の質問の意味を理解した。和水を襲った通り魔が『ソフトチョーカー』なら、その場所を聞けばその辺りに現れる可能性がある。
自らの、敵討ちの相手が。
「こっちからも聞いていいかな?」
「……どうぞ」
そこからは和水による朝雛への質問攻めだった。
「その制服、隣町の高校のだよね?」
「……はい」
「わたしはこっちの高校なんだけどさ、実はそっちも受けてたんだ。そっちの高校は楽しい?」
「……わりと」
「何か特殊な授業があるらしいよね?」 「……確かに」
質問の大半は同い年ということから朝雛の高校について。それご一通り聞き終わった時。
「そういえば、兄さんとはどこで会ったの?」
本来最初に訊くであろう質問をぶつけた。
「……取材を受けて」
「取材?」
「……アタシは、ある通り魔を探している。それを探している最中に、出会った」
「へー、何で探してるの?」
「……それは」
朝雛も、どうすればいいか訊ねるように戸隠の方を横目に見る。
それに気付いて戸隠は頷き。朝雛は視線を和水に戻した。
そして、
「……敵討ちの、為に」
町の近道にして通り魔の舞台であるとある裏路地。
そこを、ある2人組が通り抜けていた。
「ねぇやっぱやめようよ、今にも通り魔が出てきそうじゃん」
「大丈夫だって、もし出てきたら俺が君を守るからさ」
「もぅ……頼りにしてるからね」
二十代前半の男女のカップル。通り魔を怖がる女性に男性が力こぶしを作るポーズを見せると女性はその腕に抱きついて歩いていく。ラブラブなカップルだ。
別に男性が強いからというわけではなく、通り魔は2人組をあまり狙わない。数の不利は通り魔にとって好ましくなく、『ランダムペイン』のような余程の自身家などでなければ2人組を狙うことはない。
しかし、中には2人組を、それもカップル限定で狙う通り魔も存在する。
「……なにが、俺が君を守るから、だ。いちゃつきやがって……」
戸隠の記者の先輩にして、『リアル・ジ・ボマー』の通り名を持つ通り魔。山門はカップルの後ろを追いかけていた。
「……しかし残念だったな、お前たちの後ろには既に通り魔がいるんだよ……」
前のカップルには聞こえないように小声で呟きながらゆっくりと距離を詰めていく。
体育会系な肉体に似合わない足音を立てずに目標へ向かう隠密行動を行う。手には獲物である特製クラッカー。
山門は今、目前にいるカップルへ全神経を集中させている。
なので、自身の後ろに迫るものの存在には全く気付いていなかった。
「……良し、そろそろか……」
カップルが裏路地を抜けようとしている。そのタイミングを見計らい、
「今だ!」
山門は走った。
もうここまで来たら気付かれても良い。大きな足音で一気に近づき、カップルがそれに気付いてこちらを向いた、瞬間。
「リア充ばくは…」
山門の後ろに付いてきたものが、山門の首へ自らの獲物を巻き付けた。