6話
「……どこに、行くんですか?」
「もう少しだよ」
「……」
場所を聞いたのに、距離を答えられた……質問の答えになっていない。そう思いながらも朝雛は戸隠の後に付いて路地裏を歩いていた。
路地裏の多いこの町だが、ここはその中でも異質な路地裏である。
なぜなら、人々がそこらで商売をしているからだ。
いわゆる露天商というもので、売られている物は手作りのアクセサリーから本物かどうか怪しいブランド品のバッグまで。それぞれ店の人が売りたい値段で置かれている。
戸隠はそれらに特に目もくれず、朝雛も少しだけ目を向ける程度で立ち止まらずに後を付いていく。露天商の方も、客引きすることはなく歩いていく2人をただ見送っていた。
こうして店の集まるここは『裏路店』という通称があり、掘り出し物が多く集まることと、さすがにこれだけの人がいる中で通り魔行為は出来ないだろうという理由から多くの人が通る道だった。
「ここだよ」
その裏路店の一ヶ所に、戸隠は朝雛を連れてきた。
「……ここは」
朝雛の目の前にあったのは、一つのテント。ここも露天の一つであると示すように、立て掛けられている看板に、占い屋と書かれている。
「……なぜ、占い?」
「ここの人が色々と詳しいんだ」
テントを入口に手をかけ、戸隠を先頭に2人は中に入った。
テントの中は四畳程。しかし荷物が一畳程を使い部屋の主の席にまた一畳程を使っているので実質二畳程度しかなく、日が当たらないので薄暗い。
壁には占いに使うのかただのインテリアか分からない装飾が施され、奥にテントの主たる占い師が座っていた。
「こんにちは、ミドリさん」
「その声は……ほぉ、久しいな。戸隠か」
声の高さから、占い師は女性だと朝雛は判断した。
ミドリというのは名前か呼び名なのだろう、名が示すような深い緑色のローブに身を包み、昨日出会った『ランダムペイン』のように目深に被りその顔は伺えなかった。
「実はですね、この人の探し人を見つけて欲しいんです」
「この人? あぁ、隣の娘か。まぁ座れ」
占い師の前には水晶が乗るテーブルがあり、その前に3人まで座れるよう椅子が並べて置いてある。主目的である朝雛が真ん中に、その左隣に戸隠が腰を下ろした。
「して、この娘は何者だ?」
「……アタシは、姉の敵を探しています」
「敵。つまり町に潜む通り魔の誰かということか?」
「……そう」
「ふぅん、また面白い輩を連れてきたものだな」
占い師は占いなら使っていた水晶を端に寄せ、テーブルに自らの両肘を付いて2人に近付いた。
「ここへ来たということは、その敵討ちたる通り魔が誰なのか、分からないということであろう?」
「……はい」
「素直で宜しい。だが安心せよ、ここは通り魔の情報を多く持ち合わせている」
補足するように戸隠が口を開いた。
「ミドリさんは町のことについてとても詳しくてな。通り魔に付いている通称はほとんどミドリさんが付けたものなんだ、実は顔がバレてない全ての通り魔の正体も知ってるんじゃないかって言われてるぐらいだ」
「フフフ、さすがにそこまで既知に溢れてはいないさ。ただ他者より詳しい程度だ」
まぁつまり、と占い師は言葉を続ける。
「ここは通り魔の情報においてとても優れた場所ということだ。さぁ悩み持ちし娘よ、汝の欠片を提供せよ、さすれば欠片の収まりし塊として返還しよう」
「……?」
首を傾げる朝雛を見て再び戸隠は助け船を出す。
「キミが分かっている敵の情報を聞かせてくれれば、そこからそれが誰なのか考えてくれるってことだよ」
「……」
そうならそうとそのまま言って欲しかった。などと思いながらも、朝雛はそれならばと姉の敵である通り魔の、
「……多分、刃物を使う通り魔」
唯一知りうる情報を占い師に提供した。
それを聞いて、占い師の口には笑みが浮かんだ。
「ほほぅ、これはまた凡庸性ある小さき欠片だ。だが安心せよ、欠片より導き出せる幾つもの情報に我の言霊を加え、我の数多の情報との重ね合わせにより完璧なる塊へと変換してみせよう」
つまりその情報から敵である通り魔を当ててみせようと言っているのだが、朝雛には理解出来ずに首を傾げて戸隠に翻訳してもらった。
「では問おう。何故敵は刃物を持つ通り魔と断定した?」
「……姉さんの体に、切り傷があった。致命傷も、それらしいって」
「なるほど、致命傷となった切り傷はどの程度のものだったか分かるか?」
「……ナイフとか、あまり大きくない傷」
「では次に、その殺された者には、体のどこか一部に交差した傷跡は無かったか?」
この質問に、隣で聞いていた戸隠は反応した。
ナイフ程度の獲物。体のどこか一部に交差した傷跡を付ける。この二つから導き出せられる通り魔はたった1人しかいない。
「……無かった、です」
「そうか、ならばクロスリッパーは違うな。そもそも奴は人を殺す通り魔ではないからな」
「え、でもクロスリッパーは2人程殺人をしてますけど」
戸隠は自らのメモ帳に記した言葉で、占い師に問いかける。
「確かにそう、だがお主なら知っているだろう、その2人の直接の死因がクロスリッパーによるものではないことを」
「それは、そうですけど」
「その者達は共に出血多量が死因。クロスリッパーは傷こそ多いがその全てが血管へ届かない浅い傷ばかりなのが特徴なのだ、今までの被害者達も交差した傷以外はほんの数日で治っている。そんなクロスリッパーが出血多量で人を殺してしまうとは我はどうも思っていないのだ。ただ交差の傷が一ヶ所あるだけで実は別の誰かの犯行ではないのかと思っている」
「な、なるほど、一理ありますね」
占い師の力説に戸隠は納得するしかなかった。
ちなみに、いつの間にか中ニ的フレーズを織り交ぜることなく普通に話していることには、占い師含め誰も気づいていない。
「話を戻そう。ではその致命傷となった傷は体のどこにあった?」
「……首、と聞いています。それに手首と足首にも大きな傷があると」
「ほぉ……」
声を漏らした占い師は、テーブルの下に手伸ばす。
「首と名の付く部位に大きな傷……それはもう奴しかあり得ないな」
取り出した一枚の写真をテーブルに置いた。写真には刃物を持った三十代前半に見える男性が写っている。
その顔に見覚えのある戸隠が、男性の通称を口にした。
「首切り、ですね」
「そう、首切り『ネックカッター』首と名の付く体の部位を切ることで有名となった通り魔の1人だ。部位が部位だけに被害者23人の内19人が死んでいる」
「……コイツが、姉さんの敵」
写真に写る『ネックカッター』を射止めるかのように睨みつける朝雛の横で、戸隠が。
「それは、違うんじゃないですか?」
「……え?」
「うむ、恐らく違うな」
「……どうして? 首を切るのはコイツだって、今言ったばかりじゃ」
「その、お姉さんが亡くなったのはいつの話だ?」
「……1ヶ月半、くらい前」
「ネックカッターは、2ヶ月前に殺されたのだ」
朝雛の睨みが写真から占い師へと変わった。
「……誰に」
「今話題の通り魔、ソフトチョーカー……の仕業と言われている。断定はされていないが、ソフトチョーカーが最初に殺した三十代男性がネックカッターの特徴に一致する部分が多く存在するらしい」
「……なら、あたしの狙いは」
敵である『ネックカッター』は、別の通り魔『ソフトチョーカー』に殺されてしまったらしい。
しかしそれで敵討ちを終わらせられるかと言えば、朝雛の場合、ノーだった。
「……ソフト、チョーカー。その通り魔を敵にする」
言っていることは本末転倒も良いところだ。だが姉の敵討ちに通り魔を倒さないことには朝雛の復讐心は全く変わらない。それを理解した戸隠と占い師は口を挟まなかった。
「ならば、注意することだな。奴は普通の通り魔とは違う」
写真をしまい、テーブルに両肘を付いて占い師は語り出した。
「戸隠には以前話したか、この世には『病』というものに掛かった人間が何百人と存在する」
「あー、聞きましたね。ただその人達はどこかの小島にまとめていると聞きましたけど?」
「その通り、常人を越える力を与えてしまう『病』の持ち主達の多くは一ヶ所に集められ治療を施されている。しかし全てではない。『病』をコントロール出来る者や日常生活に問題無い者などは普通に人々の中で生活を行っている……そういう者が『病』を使い通り魔となったケースがすでに幾つか見つかっている」
占い師は新たに数枚の写真を取り出した。性別、年齢層共にバラバラで見た限り共通点があるようには見えない。
「通り魔には2種類の者が存在する。『病』を扱う者と、扱わずして通り魔を続ける者。現在名のある通り魔はこのどちらかに属しているだろうな。どちらも厄介ではあるが、前者においては人を超えた動きを容易に扱う存在ばかりだ。ソフトチョーカーも、そうだと言われている。挑むのならば、注意せよ」
「……ありがとう、ございます」
実際の自らの敵はすでに殺されてしまったことを聞かされた朝雛だが、新たに標的とした相手に向け、その復讐心が揺らぐことは無かった。