5話
「へぇ、この子が言っていた通り魔を倒した女の子なのね」
「灯台もと暗しとはこのことですよ」
「……」
喫茶店の中、通された四人掛けテーブルで戸隠と改造制服の少女は向かい合って座り。カウンターの向こうから萱野が会話に参加していた。
「まさかこの店の常連だったとは、でもオレ一度も会ったことないですけど」
「今の今まで偶然会わなかった、ってところかしらね。それにその子まだ高校生よ」
「え? ということはこの制服で学校へ行ってるってことですよね」
「……違う」
戸隠と萱野の会話に、今まで黙っていた少女が口を開いた。
「……確かにこれは、高校の制服。アタシの学校は制服着用の義務が薄い、私服も居れば制服の改造もアリ」
「私服OK……あ、あの高校か」
戸隠は思い出した。確か、二年生から制服着用の義務は無くなり、派手すぎない程度でどんな服を着て登校しても良いという高校がここから電車で一駅、その気になれば歩いて行ける場所にあった筈だ。
「つまり、キミは高校生なんだね?」
「そう……高校三年生」
それだけ言うと少女は注文していた物に口を付けた。
「それで戸隠、今まさに絶好のチャンスだけれど、どうするの?」
「もちろん」
戸隠は愛用のメモ帳とシャープペンシルを取り出し、少女の口の中が無くなり話せるようになってから声をかけた。
「改めて、キミのことを取材させてほしいんだ」
「……お断りします」
またあっさり断られた。
「そ、そんなこと言わずにさ。悪い話じゃないと思うよ?」
「……メリットが無い」
それは戸隠も感じており、むしろデメリットはあることも分かっていた。
例えば、少女の取材をして記事になったとする。『通り魔に対する通り魔』といった具合の内容で雑誌に乗った場合、読者側は喜んでくれるだろう。
だが通り魔側にとっては驚異でしかなく、活動を自粛する者が増えたとする。
すると困るのは、取材を受けた少女と取材をした戸隠含む雑誌制作関係者の面々だ。
「じゃあ、何故あんなことをしているのかだけでも」
「……」
少女は答えず、再び注文していた物に口を付け始めた。
せめてそれだけでも聞ければなんとかなるかもしれないのに。
その時、萱野が助け舟を出した。
「でもね、もし戸隠の取材を受けたら、その注文した物の料金を彼が払ってくれるわよ?」
「……」
少女の食指が止まり、正面に座る戸隠を見た。
「……本当に?」
「う、うん。一応取材のお礼として」
「……これも?」
少女が手に持つスプーンでそれを、自ら注文した物を指し示した。
グラスだけで30センチ。そこにみっしりイチゴアイスとコーンフレークが収まり更に上にはバニラとチョコのミックスソフトクリームがそびえ立ち全長45センチ。
この喫茶店最大にして最高値のデラックスパフェ、¥1800なり。
「そ、それも、かな」
今までドリンク一杯分くらいしか払っていなかったので何倍もするその値段は想定外だ。
しかし、それで取材が出来るのなら安いのかもしれないと思い始めた頃。すでに三分の一を消費しているパフェを見つめて考えていた少女は、
「……分かりました」
こくり、と戸隠の取材を受けれ入れたのだった。
「ではまず、名前と年齢を」
「……朝雛麻衣香。高校三年生の18歳」
戸隠はメモ帳に少女……朝雛の名前と年齢を記す。
「この前みたいな、通り魔をに対する通り魔のようなことはいつから?」
「……1ヶ月前」
「今までに倒した通り魔の数は?」
「……前ので、6人」
その数は雑誌に初めて載る新米通り魔と同等な数だ。
聞いた言葉をそのまま記す。その間朝雛はパフェを食していく。すでに半分無くなっている。
戸隠のペンが止まり、朝雛もスプーンを止めた時、次の質問が問われた。
戸隠が一番聞きたくて、おそらく朝雛が最も言いにくい質問。
「次に……何故このようなことを?」
「……」
今まで淡々と答えていた朝雛もさすがにすぐには答えなかった。
沈黙が店の中に響く。今店の中にはテーブルに付く戸隠と朝雛、カウンター奥の萱野と、2人席に座って実は聞き耳を立てている南沢の4人しかいない。その全員が各々の理由で口を閉ざし、一分が経過する。
そして、沈黙が破かれた。
「……復讐のため」
「復讐……」
戸隠は復唱し、萱野は遠くから眺め、誰にも知られずに南沢は声を殺しながら驚いた。
「……アタシの姉さんは、通り魔に殺された。その復讐のために、アタシは通り魔を倒している」
「そうなのか」
ここでもし戸隠が善人なら、復讐は止めた方が良いなどと言っていたかもしれない。
「その復讐しようとしている通り魔って、誰だか分かるの?」
そこからはもう取材だけではなく戸隠の興味が混ざっていた。
「……分からない。だから探している」
「なるほど、何か特徴のようなものはないの?」
「……多分、刃物を持った通り魔」
「随分とざっくりしてるね……」
メモ帳に記されている情報を見返しながら刃物を獲物とする通り魔を思い出してみると、かなりの数になった。通り魔が獲物とし易いのが鉄パイプ等の鈍器に続いて刃物が多いからだ。
「せめて使っている獲物が分かれば、まだ絞れるんだけど」
「……」
朝雛は思い出すように首を傾げる。傾げたままスプーンを動かしてパフェを食べる。
「ねぇ戸隠」
そこに、今まで黙って見ていた萱野が口を挟んできた。
「何ですか?」
「その通り魔を特定したいなら、あの人の所へ連れて行けばいいんじゃないかしら」
「あの人……あ、確かにそうですね。あの人ならもしかして分かるかもしれません」
……あの人? と2人に聞きたかった朝雛だが、まだ口の中に詰まっていて話すことが出来ず、戸隠と萱野の会話を聞き続けた。
「でも、良いのかしら?」
「え?」
「その通り魔が分かって、彼女が復讐を成功させてしまったら意味が無くなって通り魔行為を止めるでしょう? そうしたら、もう記事には出来ないのじゃないかしら」
「あー……そうですね」
それはこの取材の意味を丸々無くす行いになるということだ。
それだけでなく、朝雛の狙いである通り魔が捕まるなどして記事のネタが一つ無くなることにも繋がるが。
「けどまぁ、書き方によっては通り魔が捕まってから記事にすることも出来るでしょうし」
それに、と言いながら戸隠はメモ帳を閉じる。
「なんと言いますか、アイツに似てる感じがして、ちょっと助けてあげたいなと思いましてね」
「あぁ、そういえばそうね」
「という訳なんで、ちょっと行ってきます」
メモ帳とペンを閉まって戸隠は前に座ってパフェを食べているであろう朝雛を見る。
「……ごちそうさまでした」
パフェは全て無くなっていた。
「は、早いね」
平均的に完食に30分を要するといわれるパフェを半分の時間でしかも途中から話しながら、朝雛は完食したのだった。
「……ごちそうさま、です」
「あ、うん……任せて」
朝雛のパフェ代を支払い、2人は店を後にした。