3話
ビルとビルの間に産まれた、通り魔にとって最高の狩場である路地裏。
この町では、最低でも一日に一回はどこかの路地裏で通り魔が通り魔をしていると言っても過言ではない。
それほどに通り魔の数が多く、改造を施した制服を着た少女は、日々路地裏を歩き回っていた。
「……いったい、どこにいるの」
薄暗い路地裏を十代の少女が歩いていれば、通り魔にとって格好の獲物でしかない。
その姿を、10メートル程先に見ていた人物が、追い付こうと歩を早めた。
「……」
少女はすぐに気付いた。だが振り返らず足も止めず、近付いてくる足音で相手との距離を掴む。
残り1メートル、ここまで近づけば通り魔は獲物を取り出して襲いかかるため気配を露わにし易い、普通は。
しかし少女は疑問を感じた。そこまで近づいて来たのに気配が変わらない。
だが近付いて来ていることに変わりはない。少女はモデルガンを引き抜きながら振り返り銃口を突きつけた。
「……動かないで」
「おおっと!? いきなり危ないな!」
後ろから近づいていた男性―――戸隠は、反射的に両手を挙げて手のひらを見せる。何も持っていないことを示して安心させようとしたが、少女は変わらず銃口を向けていた。
「……通り魔?」
「違う違う。オレはキミに話があって探してただけだよ」
「……アタシに?」
「そうそう。キミ、この前通り魔から女の人を助けたよね?」
「……だから、なに?」
「あ、とりあえず自己紹介させてね。オレはこういう者で…」
いつものように名札を取り出して自己紹介しようと、上着のポケットに手を伸ばした。
その時、
「そこのおふたりさーーーん。なーーーにしてるのーーー?」
妙に言葉を伸ばした声が2人には聞こえ、そちらを見ると、そこには声の主が立っていた。
「こーーーんなところで話してたら、危ないよーーー? だっーーーて、通ーーーり魔に、会っちゃうからねーーー」
ダウンジャケットと長ズボンを身に付け、鼻の位置まで深くニット帽を被っている。その被り方で前が見えてるとは思えないが、声の主は確実に2人を見て話し近付いて来ていた。
「この、ボクみたいなーーーね」
その手には、飲みかけのペットボトルを持っている。それを見て戸隠は思い出した。
「もしかして、『ランダムペイン』」
「……知ってるの?」
ようやく銃口を下げて質問してきた少女に戸隠は落ち着いて、メモ帳に記していた前に居る通り魔について語り出した。
「無作為に変わる痛み『ランダムペイン』方法はペットボトルによる殴打。死者はいないが、被害者は現在分かっているだけで約70人。名前の由来は、毎回ペットボトルの形、中身、そもそも殴る力が毎回バラバラなため食らう痛みが違うからだと」
「ボクも有名人だねーーー」
「……つまり、通り魔ということ?」
「そうだけど」
「……なら」
少女はランダムペインへと近付きながら、銃口を突き付けた。
「んーーー? 何をする気だーーーい?」
銃口を向けられているというのに、ランダムペインは変わらぬ伸ばし気味の調子でヘラヘラと笑っている。
「まさかーーー、このボクと張り合おうっていうのかーーーい?」
手に持った飲みかけのペットボトルを揺らしながら、自分から銃口へと近付いていった。
「……そのつもり」
「あーーーっそ。勝手にすればーーー、ボクもボクで、勝手にやるからさーーー!」
言葉が終わると同時、ランダムペインは走り出した。
「……」
少女は近付いてくる通り魔に狙いを定め、両手で握るモデルガンの引き金を引いた。
モデルガンを改造した物は、通常の拳銃と比べて速さと威力はもちろん劣る。少女は殺しや通り魔がしたいわけではないのだ。
目的達成のためには通り魔を鎮圧出来れば良いので、直撃すれば致命傷にならない程度の激痛と、頑張れば目で追える速度の銃弾が通り魔へと向かう。
「おっとっとーーー」
頑張れば目で追える速度だが、目を隠すように帽子を被るランダムペインが、銃弾をあっさりと避けてしまった。
「あっぶないなーーー。当たったらどうするんだよーーー」
「……当たって良かったのに」
「ちょ、さすがにそれはマズいだろ」
「……もう一発」
戸隠の言葉を無視し、少女は再び引き金を引いた。
「ほいっとーーー」
それも避けられ、少女は再三銃弾を放つ。
「そんなのじゃーーーダメだよ!」
ランダムペインは避けず、手に持っている自らの獲物―――ペットボトルのキャップ部分を掴んで持ち、いとも簡単に銃弾を弾き飛ばしてしまった。
「す、スゲェ……あんなこと出来ないぞ普通」
驚く戸隠を横に、少女は表情一つ変えていなかった。
しかし遠くから撃っても当たらない。それを理解はしており。
「……なら」
少女は自らランダムペインへ向かって走り出した。
「あ、危ないぞ!」
「そっちから来てくれるなんて、なーーーんて好都合!」
空いた手にペットボトルをぺしぺしと当てながらランダムペインは少女が近づいてくるのを待っている。
現在、ランダムペインの持つペットボトルは三分の二程中身が入ったスポーツドリンクの物。これは今まで使用されてきた物としては痛い部類に入る。
そんな獲物を持つ通り魔に女は近づき、
「……」
正面へ銃弾を飛ばす。前には先ほど以上に距離が近づいた通り魔。
「いーーーくら近づいたって、それくらい簡単に…」
変わらずに銃弾を回避した。
瞬間、ランダムペインの足は地に付いていなかった。
「へ?」
疑問に思った頃には、身体は重力に引かれて背中から地面へと落ちた。
「いたっ! い、今、何があったんだーーー?」
「……油断大敵」
倒れているランダムペインに向けて少女は銃口を突きつけた。
今何があったのか、離れた場所にいた戸隠には全て見えていた。
少女が近づいて銃弾を放ちランダムペインの視線を銃弾の高さにまで上げることで、足下で足払いをした少女の姿を見つけられず、気が付いたらランダムペインは宙に浮いていたのだ。
「……終わらせる」
倒れるランダムペイン目掛けて引き金が引かれる。
「うわっと!?」
驚きながらも転がって回避し、素早く立ち上がろうとするが。
「……させない」
少女は間合いを詰め、再び足払いをかける。元々バランスの悪い状態で立ち上がろうとしていたところを払われ、ランダムペインはまた転んでしまった。
「そ、そういうことかーーー」
理解しても今更遅く、立ち上がろうとする度にバランスを崩されてしまう。合間に放たれる銃弾は全て無理矢理の回避かペットボトルで防御しているが、その度に体力の消耗が激しかった。
「こんのーーー、いい加減にしろよーーー!」
「……こちらの台詞」
一方的な攻撃をしていた少女だが、ここで手が止まった。
「……」
引き金を引いても銃弾が飛ばない……弾切れである。
「お? やーーーっと止まったね」
好機と見たランダムペインだが、
「……まだ、終わらない」
少女はスカートのポケットから新たなマガジンを取り出し、リロードに取りかかった。手際が良く、一分もかからずに再び射撃出来るようになるだろう。
ただ、それだけ時間があれはランダムペインには充分だった。
「いいーーーや、もう終わりだよ!」
足払いを警戒するように距離を取って転がり起きたランダムペインは、少女の方へと走り出して……その横を抜けた。
「……逃がさな…」
リロードを終えてランダムペインを追うように振り向いて銃口を向けて、止まった。
ランダムペインが向かう先、ちょうど真正面に、戸隠が立っていた。
もしもここで引き金を引いて、後ろ向きだがランダムペインがそれに気付いて銃弾を避けたら、銃弾は間違いなくその先でただ立っているだけの戸隠に命中する。
通り魔ではない一般人を撃つわけにはいかない。少女がその判断をしている間にランダムペインは戸隠へ向け自らの獲物を振り上げていた。
「別に相手は、誰だって良ーーーいんだよ!」
まさに通り魔な台詞をはきながら、戸隠目掛けてペットボトルを振り下ろした。
「逃げ…」
少女が逃げて、と言うよりも早く。
ペットボトルは輪切りにされ、中身がランダムペインの手を伝って地面にこぼれ落ちた。
「……あれ?」
異変に気付いたランダムペインは、まず自らの獲物の状態を確認。見事に三等分に輪切りにされ、液体は地面とランダムペインの靴を濡らしている。
次に、標的としていた人を探す。標的になった戸隠はランダムペインの前にいた。
変化していたのは二ヶ所。ペットボトルから出た液体を被らない為に元の立ち位置から少し下がっており、もう一つ。
「油断したな。オレだって身を守る術くらい持ってるんだぜ」
左手に、先ほどまでは持っていなかったナイフを手にしていた。
刃渡り15センチ程、若干反っている刃の銀色とグリップの白色の二色で飾り気の一切無い実用向けのナイフ。
手に持っていることと刃から水滴が垂れていることからランダムペインのペットボトルを輪切りにした物だと分かった。
それらを理解し、獲物を無くしたランダムペインは、
「な……なーーーんてこと、するんだよーーー!!」
この言葉を捨て台詞にしながら、戸隠の横を抜けて路地裏から走り去ってしまった。
「やれやれ、相手がペットボトルで助かった」
「……」
一部始終見ていた少女は、モデルガンを持ったまま銃口は下に向けて戸隠の近く、ランダムペインが現れる前の位置に移動した。
「……何で?」
「え? 何でって?」
主語も述語もない質問に戸隠は首をかしげた。少女は改めて質問する。
「……何で、そんな物を持ってるの?」
あぁこれ、と戸隠は濡れたナイフを動かした。水滴が路地裏に差す僅かな光に反射してキラリと光る。
「こんな街で、こんな職業やってれば自衛の必要はあるからだよ。キミだって持ってるじゃないか」
「……だとしても、あんな事普通は出来ない」
「そこか、まぁそうだろうね」
ナイフに付いた水滴を払い、ズボンのポケットに入っている革製の鞘に収めた。
「オレの祖父さんがさ、護身術の道場みたいなのやってたんだよ。子供の頃はずーっと通わされてて、そん時は面倒としか思わなかったけど今じゃ身を守るのに使えて助かってるよ」
「……そう」
質問するだけすると少女はモデルガンをしまって、戸隠に背を向けて歩き出す。
「ちょ、ちょっと待った!」
「……何か?」
そういえば、そもそも戸隠に止められた所にランダムペインが現れたんだと思い出した。
「えっと、改めて何だけど……オレは、こういう者なんだ」
戸隠は名札を見せ、自らの名前と職業を少女に教えると。
「……その記者が、何の用事?」
「さっきも言ったと思うけど、キミ、通り魔から女の人を助けたよね」
「……だから?」
「単刀直入に言うと、ぜひキミのことを記事にしたいんだ。取材させてくれないかな?」
「……」
少女の答えは……