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トウマゲキ  作者: 風紙文
3/17

2話

一人の通り魔が逮捕された。

その出来事は最早珍しくもなく、ましてや雑誌に載ったことのない無名の通り魔が捕まった程度で、町を行く人の生活に変化は全く現れなかった。

ごく一部を除いて。

「は〜……」

「残念だったわね」

萱野が勤める喫茶店、そのカウンターで戸隠はうなだれていた。

つい先程、情報を提供してくれる1人の女性と喫茶店に来た戸隠は、昨日通り魔に襲われそうになり、謎の少女に助けられて、その通り魔は捕まったという話を聞いた。

まだ新しい経験談を聞いて戸隠は最初喜んでいたが、捕まった通り魔の特徴を聞いて、一瞬表情が凍った。女性に悟られない内に笑みを浮かべて、情報提供してくれたことに感謝を述べた。

女性は喫茶店を出て、戸隠はいつもの通りカウンターに空のコップを持って行って、そしてうなだれた。深いため息と共に。

理由は単純、女性の話に出て捕まったという通り魔が、戸隠が次号の記事として調査していた人物だったからだ。

まだ日は浅いながら成功を納めている彼にスポットを当てていたのだが、捕まってしまっては記事にすることは出来ない。

「また一からネタ集めしないといけなくなりましたよ……」

「まぁ仕方ないわよ。でもそこまで珍しくもないのでしょう?」

「えぇ、まぁ」

顔を上げると萱野の置いた水入りコップがあり、一口含んで喉を潤してから話し始めた。

「雑誌の刊行が二週間に一回なので、その間に捕まってしまい記事に出来なくなるのはよくあるみたいで、先輩方も一回は経験済みだそうです」

「なら、良い経験になったじゃない」

「そういうことにしておきますか」

そもそもですね、と戸隠は言葉を続けた。

「ここ最近通り魔の逮捕率が上がっているのが、我々にとっては死活問題に近くてですね」

「原因は、クロスリッパーかしら?」

「その通りです。クロスリッパーという大物が居なくなったことで、警察は小物へ標的を移したからなんですよ」

それほどまでにクロスリッパーはこの町に影響を及ぼしており、警察の面目を潰していた。故に、警察は通り魔の逮捕へ力が入っているのだ。

戸隠はコップを空にし、萱野はコップに水を注いだ。

「また、情報提供者を探します」

「あら、だったら1人紹介してあげるわよ」

「え、マジですか先輩」

「えぇ、名前も知らない人だけれど」

「へ?」

「ほら」

萱野が視線を動かして示した方を、戸隠は首を動かして見ると、

「!?」

視線の先、2人掛けテーブル席に座りこちらを見ていた1人の女性が驚き、素早く視線を落とした。

テーブルには注文していた物の入ったカップと、自分の物であろう作りかけの編み物が置かれている。

「ばばば、バレてしまったでしょうか……」

ぼそぼそ呟きながら手に持つ編み物を続けつつ、時折チラッと2人の方を気にかける。

その姿を見て、戸隠は首を戻した。あちらには聞かれないよう、小声で萱野に問いかける。

「……あの人、ですよね?」

「そうよ。私達が話してると必ず耳を傾けてて、こちらに気付かれないように見てるわ。バレバレだけどね」

「この前の時もいましたよねあの人、常連ですか?」

「私が働いてる時ほとんどの確率で見てるわね。いつもあの席で、いつも同じ注文、一時間くらいああして編み物をして帰るわ」

「なるほどー」

再度女性の方を見る。

「!?」

バッチリ視線がぶつかり、女性は慌てて下を向いた。

「あわわわ……な、なにか言われたらどうしよう……」

「んー……」

「どう? 話を聞いてみても損は無い筈よ」

正面を見た戸隠は、少しだけ考えて小声で答えた。

「話、そもそも出来ますかね? 声かけた瞬間逃げ出しそうな気がしますよ俺は」

「平気よ、逃げ出したら食い逃げだもの。そんな犯罪を起こす気持ち、きっと彼女には無いわ」

「でしょうね」

通り魔の多いこの町で、もしかしたら隣を歩く人が通り魔かもしれないようなこの町で、彼女に罪を背負えるだけの勇気があるようには全く見えなかった。どちらかと言えば通り魔に狙われる側だ。

この町で働いているのなら通り魔が怖くても勤めなくてはいけず、通り魔の話を耳にする機会も多い。なら、彼女も何かしらの情報を持っているのは自然なことである。

「お願いできますか? 自分はいつもの通りで提供しますので」

「良いわよ」

萱野はカウンターから出ると、真っ直ぐに女性の席へと向かった。

さすがに二度も視線があったことで警戒しているのか編み物を続けていて、萱野の接近に気付かなかった。

「すみません、お客様」

「ひひゃい!!?」

声をかけられたことで萱野に気付き、女性は妙な声を上げて返事をしてしまった。

しかし萱野は笑わず、声をかける。

「もし、お時間に余裕がおありでしたら、取材を受けて頂けないでしょうか?」

「しゅしゅ、取材……ですか?」

「もちろん強制では有りませんし、ご協力頂けましたらそちらのお会計を彼が持ちますので」

女性の前に置かれた注文の品と、カウンターに座りこちらを見る戸隠を順に指さして示し、女性の返答を待った。

「そそ、その……わわ、わたしなんかが、良いんでしょうか?」

「もちろんです」

「……」

女性は視線を下に、編みかけの編み物へ移して考え……ちょうど一分。

「わわわたしなんかの話で良ければ。い、いくらでも……」

「ありがとうございます。では、こちらへ」

女性を店の奥へ案内し、戸隠にウインクで合図すると、先ほど同様テーブル席へと移った。

「よよ、よろしくお願いします」

自身の荷物をひとまとめに両手で持ち戸隠の前へ向かった女性は、席を進められて戸隠の対面に座った。

戸隠は改めて、女性を見た。

胸に届きそうなほどに長い黒髪と度の強そうな黒縁の眼鏡は、女性が運動を得意としなさそうなことを象徴し、なるほど編み物がとてもよく似合っていた。

「ではまず、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

メモ帳を開き、戸隠は取材を開始した。

「は、はい。わわたしの名前は、南沢(みなみざわ)愛菜(あいな)といいます」

「ご職業は?」

「こ、この町で働いています」

「OL、ということでよろしいですか?」

「いい、いえ、その……お店を、出しているんです」

「ほぉ、お店を。それはどのような」

「しゅ、手芸品を、少しだけ……」

「では、自営業の方ということでよろしいですか?」

「はは、はい」

メモ帳に名前と職業、見た目から二十代と想定して書いて視線を上げる。視線があって南沢は視線を落とした。

「では、この町に現れる通り魔について知っている事を聞かせて頂けますか」

「はい……え、ええっと……」

南沢は、通り魔について自分の知る情報を全て話した。

戸隠は言葉をメモ帳に記していくが、その途中で気付いてしまった。

これ……雑誌に乗ってることか、ここで話したことばかりだ。

「いい、以上……です」

「はい、ありがとうございます」

「ど、どうでしたか? お役にたてるようなお話は……」

「もちろんです。有効に活用させていただきます」

実際に使える部分は、無いに等しいが。そんなこと言えるわけが無い。

「すす、すみません……わたし、主にお店にいますので。ここか、材料の買い出しくらいしか歩くことがなくて、どちらも通りに入ることがなくて襲われたこともないので……あまり、お話できなくて……」

「そんなことありませんよ」

「あ……そ、そうでした」

何か思い出したように、南沢は手をぽん、と叩いた。

「何でしょう?」

「さ、先ほど、お話していた時にお聞きしたのですが」

「あ、やはり聞いてたんですね」

「あ! すすす、すみません……」

「別に構いません。それで?」

「その……通り魔を、倒してしまった女の子がいると、話していました、よね」

「えぇ、ありましたね」

「そそ、その子が、見方次第では…」

「あぁ……」

確かに、言われた通りである。

通り魔を倒してしまった謎の少女。初めからその場に居合わせた訳ではなく、人が襲われているのを見て行動に移ったという。

これはある意味で、通り魔に対する通り魔として扱うことが出来ないだろうか?

仮に出来なくても、通り魔を倒してしまったという人物の話なら、充分に記事になりえる。

先程一から始めることになった戸隠にとっては、これほどに無い情報の提供者だった。

「ありがとうございます。早速調べてみますね」

「いい、いえ、お役に立てたのでしたら、良かったです……」

そうと決まれば早い方が良い。戸隠は南沢にお礼を言うと、代金を机に置いて萱野へ一言伝えてから、戸隠は店を出て行った。

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