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トウマゲキ  作者: 風紙文
2/17

1話

「ありがとうございましたー」

店員に送られながら女子高生達が喫茶店を出て行った。

1人残った青年は、テーブルの上に置かれた飲み終わったカップなどを全て持つとカウンターの空いてる席に座り、カップを置くと。

「いつもどうもね」

カウンターの奥にいた1人の女性がそれを見て、女子高生達のカップはキッチンへ持っていき、青年のカップにはカフェオレを入れて前に置いた。

「いつもどうもです」

「お互い様ね」

女性は微笑んだ。

バレッタでアップにまとめられた黒髪、服装は白の長袖シャツに黒のズボン、その前に紺色で店の名前が書かれたエプロンをしている女性。言わずもがな、この喫茶店の店員である。

「それで? 今の情報は記事になりそうなの?」

「えーと……」

女性の質問に先ほど記したメモをに目を通して考え、メモ帳を閉じて答える。

「難しいっすね、正直」

「でしょうね」

元々そこまで興味がなかったか、あるいは想定していたのか、女性の返事は素っ気なかった。

「大体が人伝の話で、多分その人は雑誌からとかで知ったことを話してたんでしょうね」

「今回はハズレだったってことね」

「クロスリッパーの話が出た時はおっ、と思ったんすけどね。アレは本当の本物の過去話でしたよ」

青年はカップに手を伸ばした。

「ご苦労様ね、戸隠」

「いえ、萱野さんがこの場所を提供してくれるから頑張れるんですよ」

戸隠と呼ばれた青年は、戸隠(とがくし) 和弥(かずや)

萱野さんと呼ばれた女性店員は、萱野(かやの) (らん)

萱野と戸隠は大学の先輩と後輩という間柄で、卒業した今でも縁あってこのような関係が続いていた。

「私が聞いてる限りじゃ、ここ最近新しい情報はほとんど無いんじゃない?」

「えぇ、まぁ。クロスリッパーがいなくなった頃はまだ良かったんですけど、今じゃすっかりです。凶悪犯がいなくなって警察が大物から小物捜査に移ったので検挙率高くて、記事になる前に大体逮捕されることが増えて増えて」

「それだけ、クロスリッパーに割いていた警官が多かったってことね」

「いったいどこ行ったんでしょうね、クロスリッパー」

戸隠はカップを空にした。それを見た萱野は今度は無料の水が入ったコップを置き、カップを片付けてキッチンへ。置いて戻ってきた萱野に戸隠は礼を言った。

「でもあれじゃない、今また新しい通り魔が出てきたんでしょ。さっきも話に出てた」

「はい。『ソフトチョーカー』ですね」

戸隠はメモ帳を開き、ページに書かれた情報を読み上げた。

「柔らかな絞殺魔『ソフトチョーカー』手段は首を絞めること限定で、首に柔らかなものが巻きついたかと思ったら急に締め付けられて呼吸困難になったという話が幾つもあるのが名前の由来。最初の犠牲者は三十代男性で、以降犯行を重ねて件数は分かってるだけで13件、内死者は最初の男性と2番目の女性の2人のみ。性別に偏りは無いが二〜三十代の人だけが現在被害にあっていることから狙いはその辺りだと思われている。と」

「その通り魔が、今一番人気なのよね」

「クロスリッパーが消えたのとほぼ同時にソフトチョーカーが現れたので、入れ替わりになりましたね。中にはクロスリッパーはソフトチョーカーにやられた、ソフトチョーカーはクロスリッパーと同一人物だって話もあります」

「そんなことあり得るの?」

「確証はありません。クロスリッパーの外見が分かってないので死者がそうとは言い切れませんし、わざわざ獲物を変える理由も全く不明です」

まぁ正直、と言葉を続けた。

「クロスリッパーとソフトチョーカーは別人で、2人が戦っているところに遭遇出来たら良いなーとか、思ったり」

「どちらが先にアナタをやれるかの競争になるんじゃない?」

「ですよねー」

戸隠はコップを傾けた。

「無理に特ダネを取る必要はないじゃない。そうじゃなくてもこの町はネタに困らないでしょう」

「ですけどね、一記者としてはデカい見出しは夢と言いますか、その雑誌のメイン記事を飾ってみたいと言いますか」

コップを空にした戸隠は、ポケットから財布を取り出した。それを先読みし、先に口を開いたのは萱野。

「さっきの一杯はサービスよ。女子校生と飲んだ四杯分だけでいいわ」

「いつも助かります」

戸隠は四杯分の値段を払い、

「ではまた、ごちそうさまでした」

「いつでもいらっしゃい」

喫茶店を出て行った。







ビルとビルの間に産まれる路地裏。そこはほぼ直線の道のこの町にとって、隣の道へと渡れる抜け道であり、通り魔にとって格好の狩り場でもある。

それを分かっていながら、しかし一度通りに入ると五分は隣へ通じていないこの町では通る人がいる。

今も、二十代の女性が時間に遅れそうなのを理由に路地裏へと入り、二つの理由ですぐ抜けようと足早に歩いていた。

その後ろには同じように路地裏へと入った男が、標的を見つけて獲物を取り出していた。

……運が無かったな。

彼はこの路地裏を狩場とする、まだ新米の通り魔だ。

金に困った彼が通り魔を特集する雑誌を立ち読んでいた時、通り魔が通り魔を始める理由の第二位として書かれていたのを読んで、彼は通り魔となった。

まだ数は3人と少ないが、一際長いこの路地裏を狩場として使っていることで難なく成功している。

男は成功を確信して獲物を手に持ち、足早に進む女性に追いつこうとしていた。

彼の頭には今、いったいこの女性はいくら持っているだろうか? ということでいっぱいになっている。

だから、回りのことは一切気にすることなく、右腕にした時計で時間を確認していて無防備な女性の背中に追い付き、獲物を振り上げ…


「……動かないで」


…ところで、前からの声に2人は足を止めた。

そして女性はすぐ後ろにまで迫っていただ男に気付き、短い悲鳴と共に走り出して声をかけた人物の横を抜けて行ってしまった。

「あ!」

男が声を出した頃にはもう遅く、女性は路地裏を抜けて大通りに出ていた。

「テメェ! 何しやがる!?」

失敗した怒りを声の主へと向けて、改めてその姿を見て、驚いた。

「……怒られる筋合いは、無い」

声の主は、先ほどの女性よりも若そうな、十代後半に見える少女だった。

肩口で切りそろえられた黒髪。服はブレザーに膝下までの長さのスカート。どこかの制服のように見えるが、激しい改造が施されている為特定は出来ない。

これだけを見れば特に驚くことでもなく、むしろ男は彼女を標的に変えれば良いだけの筈。しかし男が驚いた理由は、少女がその手に持っている物だった。

「……いいから、動かないで」

少女はそう言って、男へ銃口を向けた。

そう、銃口を―――拳銃を持っていた。


「な、なんでそんなもん持ってんだよ! 銃刀法違反だろ!?」

ちなみに彼の獲物は、防犯にも使われているスタンガンである。

「……問題無い。本物じゃなく、モデルガン」

「モデルガン?」

別に弾が出るわけではなく、こうして銃口を向けられてても恐れる必要はない。

なら……今からこの少女を標的に変える!

そこまで考えた男は、

「確かにモデルガンなら……問題無いよなぁ!」

かけ声と共に前へ走った。獲物をしっかり握り、撃てない筈の拳銃を持つ少女へと向かい、

「……動かないで、って言ったのに」


カチ、


タァン!


「なっ!?」

モデルガンの引き金が引かれると、銃口から放たれた何かがスタンガンに命中した。命中の反動でスタンガンは手から飛ばされ、地面に転がった。

「も、モデルガンじゃなかったのかよ!?」

「……モデルガンであってる。ただ、撃てるだけ」

「撃てるだけって、それじゃあ本物の拳銃と同じだろ!?」

「……そうとも、言える」

「そうとしか言わねぇよ!」

「……いいから、動かないで」

少女は拳銃を握り直し、銃口をしっかりと男性に向けた。

「ひぃぃ!」

悲鳴をあげながら両手を挙げて降参を示していると、

「あそこです!」

少女の背中側から先ほど走り去った女性の声が聞こえた。

「通り魔は!」

「あっちの、男の方です!」

女性は警察を連れて戻ってきており、襲われそうになった男を指さして示した。

「そこのキミ! 大人しくしたまえ!」

警察が近づいて来るのを見て、男は焦り始めた。しかし前には本物と変わらないモデルガンの銃口を向ける少女がいて動くなと言われている。

動けば撃たれる。だから動けない。

その間に男へ警察が近付き、挙げていた両手にてじょうをかけられた。

「……」

少女は拳銃を下げた。そこで男は思い出した。

「あ、アイツ拳銃持ってますよ!」

「え?」

「……お疲れさま、です」

少女は拳銃をどこかへ仕舞い、空の両手を見せてから頭を下げ、踵を返して去っていった。

「ま、待ちなさい! 拳銃って何のことですか!」

警察の言葉に答えず、警察を呼んできた女性横を抜けて、少女は歩き去った。


「……また、人違いだった」


誰にでもない言葉を、残して。



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