閉幕
「ねぇ、戸隠」
いつも通りに、萱野が勤める喫茶店に来てカウンターに座った戸隠は、注文した物を持ってきた萱野に声を掛けられた。
「はい、何でしょう」
「この前取材したお客さんは覚えてる?」
「えぇ、一応。ただ彼女の情報は記事に出来ませんでしたけど」
「その人なんだけど、最近来ないのよね」
萱野が見た方向を、戸隠も見た。
そこはほとんどの確立でとある常連の座っていた二人掛けのテーブル。別に予約されているわけではないが客は座っていない。
「何か知らないかしら」
「いえ、知りませんね」
戸隠は注文したカフェオレを口にした。
「そう、ならいいわ」
萱野はこれで会話を終了したが。戸隠は思っていた。実は知っているのではないか、と。
その常連が―――南沢が、ここへ来れない理由を。
その理由を、戸隠が知っていることも。
危機を逃れた2人は新たな問題に直面していた。
倒れたソフトチョーカー……南沢をどうすればよいか、である。
放っておくという訳にもいかず、倒れているなら病院かとも思ったがそれでは目が覚めた南沢にまた襲われるかもしれない。
となれば、というかそれが適切な答えだったのだが最初には出てこなかった正解。警察へと連絡をした。
朝雛は警察へと連絡し、やって来た人に状況を説明。後は任せて下さいと言ったその人に全て任せ、2人はその場を離れた。
それから暫くの日時が過ぎ、新たな隔週刊『Phantom killer』の発売を翌日に控えていた。
トップ記事は、こうだ。
『町を騒がせた凶悪な通り魔、ソフトチョーカー逮捕』
ちなみに記事を書いたのは戸隠ではない。きっと警察に特別な情報網を持つ記者の先輩が仕入れたのだろう、会社に入って来るなり慌てた様子で編集長に何か話していたのを戸隠は見ている。
南沢がその後どうなったのか、戸隠はもちろん知らない。ニュースや地域密着型番組でも通り魔が捕まったことは絶対取り上げられないし、南沢が最初に殺してしまった男性のことももう昔の話らしくテレビでも見ない。
ただ、一つ気になることがある。
朝雛の連絡を受けて警察からやって来たという人物、どうも怪しかった。ただ朝雛がかけたのはちゃんと110番だったし、警察手帳も見せてくれた。
でもどこか警察とは違うような雰囲気があり、何か隠しているような気がした。
まぁ警察伝手で情報が入っているなら警察には届けられたのだろう、と戸隠は結論付けてカフェオレを飲み干した。
その時、喫茶店に来客を告げるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ……あら」
萱野の声に戸隠は振り向くと、そこには、
「……どうも、お待たせしました」
いつもの改造制服を着た朝雛がいた。
「いらっしゃい、いつもので良いかしら?」
「……いえ、今日は」
「実はこの後、和水に会いに行くんです」
「あぁ、確か明日だったわね。退院」
「そうなんです。じゃあすいません、今日はこれで」
カフェオレの料金を払って戸隠は朝雛と共に喫茶店を出た。
「今度はぜひ、三人で来なさいね」
「へー、そんなことがあったんだ」
和水の病室。ここを訪れた戸隠と朝雛は、ソフトチョーカーとの交戦を語った。
「でもよく考えたらさ、ソフトチョーカーがお姉さんを殺したわけじゃないんだよね」
「……確かにそう。けれどどんな形でも敵討ちをしないと、姉さんが報われないと思って」
「そっか、ならおめでとう」
「……それに」
「え?」
朝雛の言葉を、戸隠が繋いだ。
「昨日ミドリさんに呼ばれて裏露天の店に行ったんだ、そしたら…」
『ネックカッターは、まだ生きているかもしれない』
『それは……どういう意味ですか』
『知り合いの情報屋からの情報でね、ここから少し離れた街で連続殺人と思われる事件があったらしくてな、殺された人は皆、首という首を切られていたらしい』
『それがネックカッターの仕業だと?』
『まぁ偶然方法が一致しているだけに過ぎないかもしれないが、わざわざそのようなやり方をする者がそう何人もいるはずがないだろう』
『ということは……』
『あぁ、彼女の真の敵討ちの相手はまだ、この世に存在しているかもしれないな。そう伝えてやるといい』
「…ということがあって、まだしばらくは敵討ちを続けるって」
「そうなんだ。でもということは、その街に行くってことだよね」
「……そう」
「元々隣町の高校だし、じゃあこの町にはあまり来なくなるんだ」
「……多分」
「そっかー」
「……けれど」
「え?」
「……たまに遊びに来るから、その時は」
「萱野さんも、3人で喫茶店に来てくれって言ってたしな」
「そっか……じゃあ、約束だよ」
和水は右手を出した。
「……はい。約束」
朝雛はその手を取り、2人は硬い握手を交わした。
朝雛は一足先に帰り、病室には戸隠と和水の兄妹2人だけになった。
「あ、これ入れっぱなしだったのか」
戸隠はポケットに入れてそのままだった物を取り出した。
「なにそれ? 薬みたいだけど」
「本当に薬なんだ、なんでも身体能力を上げる効果があるらしくてあの子はコレを飲んでソフトチョーカーに勝ったからね」
人工的な緑色をした錠剤をベッドの横に備え付けられた棚の上に置いた。
「そういえば兄さん、その倒したソフトチョーカーだけど……十字の傷は付けたの?」
「いいや。だってアレはあの子が倒した獲物だし、それに言っただろ、お前が退院するまでしばらく休むってな。さもなきゃ不公平だろ」
戸隠の上着の胸ポケットには記者としての名札が入っており。ちょうどその下、肌には十字に切られた傷跡が未だに残っている。
クロスリッパーの特徴は体のどこか一部に交差した傷跡をつくること。
しかしそれが本当に意味するのは、クロスリッパーという1人の通り魔ではなく……『クロスリッパー』という、2人の通り魔の存在であった。
誰も気付いていない。真っ直ぐに立った時に斜めに交わる交差傷と、十字に交わる交差傷が、別人による通り魔行為であることを。
一部が偶然気付いている。クロスリッパーの、片方が、ソフトチョーカーに襲われた為、入れ違いに町に惨劇を生み出し始めたことを。
2人しか知らない。交差の傷跡は襲った証でありその数を競っていること……どちらが多くできるかというただの遊びに過ぎないことを。
今はまだ、誰も気付かない。
ソフトチョーカーの惨劇に幕が下ろされたこの町で、
「退院したら、またスタートだからな」
「もちろん。今は25対25で同点だからすぐに差をつけるからね」
今まで身を潜めていたクロスリッパーが、また新たな惨劇を繰り返そうとしていることに。
惨劇はまた、繰り返される。
これにて、『トウマゲキ』はひとまずの閉幕です。
ただまだまだ続けられるようになっていますので、また続きが出来しだい再開するかもしれません。
惨劇はまだまだ、終わりません。
それでは、