13話
幸か不幸か、元より通る人の少ない通路に現在の時刻は外を歩く人も少なく、この通りで起こっている出来事に気付く一般人は一人としていなかった。
「さぁてそれではぁ、口封じをさせてもらいましょうかぁ」
南沢は手に持つマフラーの両端をぴんと伸ばしながら一歩一歩ゆっくりと戸隠達に向かった。
「っ……」
ナイフを構えつつ、戸隠は現状打破の方法を考えた。
まず気付いたのは、一見不利な状況だが実はこちらの方が勝利条件が多いことだ。
南沢には自分達2人の息の根を止めることだけだが、こちらにはただ生きて逃げ切れば良いだけ。それに道は南沢の後ろだけでなく自分達の後ろにもある。
つまり振り返って走れば……いや、ダメだ。それでは朝雛を置き去りにしてしまう。
ならば大声で人を呼ぶか。通りに人はいなくても左右の建物の中には誰かしらいるだろう……そこまで考えて、結末が見えた。
この場にはマフラーを持った南沢と倒れ込む朝雛と、ナイフを持った自分。端が見て真っ先に通り魔と疑われるのは考えるまでもなく明らかだった。
仮に、大声で助けを呼び誰かが気付いて南沢をソフトチョーカーだと理解したという稀なことが起こったとしたら……それが最も最悪の展開になり得た。
南沢は……ソフトチョーカーは、人を殺せる通り魔だ。
もしそんなことになれば、ここにいる自分達を含め助けにきた誰かも容赦なく、ソフトチョーカーは全員の息の根を止めにかかるだろう。
ここで、自分が思考に逃げていたことに気づいて現実に戻った。
「まずはぁ、どちらからいきましょうかぁ?」
残り数歩、南沢が足を動かせば手が届く位置に近づいていた。
戸隠は今だ倒れこむ朝雛の前に庇うように移動し、
次の瞬間、銃弾が南沢の持つマフラーに直撃した。
「あらぁ?」
「え?」
戸隠と南沢の視線が一点に集まる。そこには、
「……絶対、逃がさない」
改造したモデルガンを構える朝雛が立っていた。
「あらぁ。目が覚めちゃいましたかぁ、おしゃべりが長すぎましたかねぇ」
「もう大丈夫なのか?」
「……はい」
朝雛は戸隠の隣に並ぶと、モデルガンを左手に持ち、右手に持った物を南沢に投げつけた。
それは先ほど南沢からもらった手袋の片方。その光景は病の影響を受けている物を投げ返すようにも、西洋で手袋を投げつけて決闘の申込みをするようにも見えた。
そして再びモデルガンの銃口を南沢に向けて引き金を二度引く。今度は狙い通り南沢の両手に向かう銃弾は、
「むだですよぅ」
南沢が病により硬化された手袋に命中しカツンと乾いた音を鳴らした。
「……なるほど、そういう能力」
「能力じゃありませんよぉ、こういう病気なんですぅ」
南沢は持っていたマフラーを片手に持って病を発動。本来重力に従って落ちるはずのマフラーが凍らせたタオルのように直立していた。
「それではぁ、せっかく起きてもらいましたがもう一度眠ってもらいますねぇ」
「……断る」
再度発砲、南沢は立てたマフラーを盾にして銃弾を防いだ。
「ダメだ分が悪すぎる、ここは逃げた方が良い」
「……」
戸隠の言葉を無視し朝雛は引き金を引き続けるが、硬くなったマフラーに遮られ南沢に届くことはなかった。
やがて改造モデルガンが弾切れになり、朝雛は弾倉を交換する。その間に、戸隠は再び声をかけた。
「今ので分かった筈だ、そのモデルガンじゃ一発も当たらない」
「……だったら、相手の隙をつくる」
『ランダムペイン』との戦いで見た、接近しての足払いを試みようとしているのだろうが、
「ダメだよ、あのマフラーは鉄板と変わらない。あんな物を持ってる人に近づくなんて危険すぎる」
「……でも」
リロードを終え、銃口を南沢に向けたまま朝雛は言葉を続ける。
「……ここで逃げたら、次の機会は無いと思う」
「それは……」
戸隠はもう一度思考の中に入った。
朝雛と協力すれば、この場から離れることはおそらくできる。だが問題はその後の南沢の動きだ。
自分達が、少なくとも自分はソフトチョーカーとの出会いを記事にして世間に公表するだろう。そうすれば警察が黙っておらずすぐに南沢の逮捕に向かうだろう。
もちろん捕まりたくない南沢は、この町から去ることを選ぶに違いない。
ソフトチョーカーの名前の知らない所まで行けば、元々の性格で難なく過ごせる筈だ。
そうなってしまえば、朝雛の復讐は出来なくなってしまう。
おそらく朝雛も、同じような答えに至ったのだ。
そして、手伝うと言った自分がその可能性をつぶそうとしていることにも気付いた。
ここまで来ると、至る答えはたった一つで、隣に立つ少女と同じものしかない。
「分かった。だったら俺も手伝うよ」
戸隠はナイフを構え、切っ先を南沢に向けた。
「……どうして」
「元はと言えば、俺がここに連れてきたのが原因だからね。それにもし勝てたりしたら、君は復讐が出来て俺はトップ記事確実の情報が手に入る。一石二鳥だ」
「……そういうことなら」
朝雛もそれ以上は追及せず、揃って南沢に獲物を向けた。
一方、戦うことを選んだ2人を前にした通り魔『ソフトチョーカー』は。
「お話は終わりましたかぁ?」
表情を変えることもなく。
「それではぁ、ふたりまとめてぇ」
硬めていたマフラーを柔らかくして両端を持ち、
「やらせて、もらいますねぇ」
ぱっと引き伸ばして、多分の楽しみも含んだ妖艶な笑みを浮かべた。