プロローグ
交通の便は悪くないが、しかし人に溢れているわけではない。高いビルが多く建ち並ぶが、有名な企業の会社があるわけでもない。
多くの施設もあるがどこか都会っぽくないことから、都会のような田舎、誰かが言ったこの言葉が妙にしっくりくるこの町には、他の町より、あるものが多く存在していた。
この町に人が溢れない理由の一片でもあるそれは、普通に暮らしていればまず会うことは稀。
しかしある事をするだけで遭遇率は一気に上がる。
その、あるものとは―――
駅前には正面と左右、計三方向に伸びるスクランブル式交差点がある。
今、歩行者信号が青になり歩行者が一斉に移動を始めた。
割合としては正面に七割程で、残りは僅かに左側へ向かう人が多かった。
二割程の歩行者の中から標的を見定めて、ゆっくりと近づいていく、
「ねぇキミ達、ちょっといいかな?」
女子高生の3人組に、青年は声をかけた。
恐らく規定より短めのスカートに、色鮮やかなストラップがこれでもかと付けられた学生鞄、濃くはないがしっかりと化粧がされた顔等を見るに、いわゆる今時普通の女子高生の3人組だ。
一方青年は、白いシャツに黒色の上着、黒のパンツというモノトーンスタイルにスニーカーを履ている。こちらもいわゆる今時の軟派な青年に見えた。
こんな青年が女子高生に声をかける理由なんて、大体がナンパか、稀にスカウトだろうか。しかし彼はそのどちらでもなかった。
「なんですか?」
女子高生の1人が答えると、青年は顔に笑みを浮かべたまま上着の胸ポケットに手をのばした。
「オレね、こういうものなんだけどさ」
ポケットから取り出したのは名刺ではなく名札。本来首にかける為の紐をポケットから伸ばしながら名前と職業のみ書かれた部分を女子高生達に見せた。
「え! マジで!?」
それを見た女子高生の1人が、目を丸くして驚きの声をあげた。残る2人はその行動に疑問符を浮かべて問いかける。
「なに、知ってんの?」
「ほらアレだよ! ニ週に一回発売するあの雑誌の!」
「え、アレ!?」
2人も気付いたらしく、青年は名札を閉まった。
「どうやら読者さんらしいね」
「はい! 大ファンです!」
「毎回欠かさず読んでます!」
「コンビニで立ち読んでます!」
「そこは買って読んでほしいんだけどね」
軽く笑った青年は、今度はズボンのポケットからメモ帳とボールペンを取り出した。
「それで良かったらなんだけどさ、知ってる噂とかあったら教えてくれない? もちろんタダじゃないよ、そこの喫茶店でジュースくらい奢るよ」
「うーん、どうするー?」
「いいじゃん話そうよ。こんな機会めったにないって」
「あたしもー、それにジュースおごってくれるしー」
姦しく相談した女子高生3人は、青年の後に続いて近くの喫茶店に入った。
カウンターが十席、2人掛けテーブルがニ席、4人掛けテーブルが四席という店の中は、ほどほどの混みようだった。
4人は四人掛けテーブル席に通された。
「なんでも頼んでいいよ。ただし飲み物限定で一人一つずつね」
本来2人で座るソファーに3人で窮屈に座る女子高生達にメニューを渡した青年は、水を配りにきた店員にカフェオレを注文。女子高生達もそれぞれ頼み、数分して4人の前に注文したものが並んだ。
「さてと、それじゃあ何か面白い話があったら、教えてくれるかな?」
メモ帳を開きボールペンの先を出し、メモする体制を取った青年を見て、女子高生三人は互いに顔を見合わせた。
「ねぇ誰が話す? 誰話す?」
「というかどれ話すの?」
「一番知られてなさそうなー、記事にしてくれそうなのがいいよねー」
話すことがないのではなく、何を誰が話そうかで、ひそひそとだが前の青年にも聞こえる声量で相談していた。
相談の間、青年はペンを持たない手でカップを持ってカフェオレを飲んでいた。
カップの三分の一程が無くなった頃、
「じゃ、アタシ話します」
そう言ったのは、青年の名札を見て最初にはしゃぎだした女子高生。
彼女が、彼女達が知っていることを語り始めた。
青年は時折質問を織り交ぜながらペンをメモ帳に走らせていく。
十分程で、女子高生達は全て話し終えた。同時にそれぞれの飲み物も無くなった。
「なるほど……色々な情報をありがとう。もしかしたら記事になるかもしれないから、次号もぜひ読んでね」
「はーい」
「それにしてもさ、この町って多いよね」
「だねー、取り上げた雑誌が出来るくらいだしー」
この町にあふれているもの、それは―――
「ほんと多いよね、通り魔の話」
―――通り魔。
背の高い建物が建ち並ぶことで産まれる路地裏、都会のようでありながら人の通りが多いとは言い切れない数、これらの要素が通り魔にとっては絶好の場所となった。
どれほどかと言えば、通り魔のみを掲載する雑誌が生まれる程だ。
「何か沢山いるけどさ、大体すぐに警察に押さえられるんだよね」
「そーそー、でも中には捕まらないで事件続ける人もいて、そういう人が雑誌に乗ったりして、有名になると通り名がつくんだよねー」
「あ、アタシあれ好き、『クロスリッパー』」
「あぁ、有名だよね」
ある通り魔の名前が出た途端、青年は口を開いた。
「この町どころか、近隣町にもその名が広がっている程有名な通り魔。交差切りの『クロスリッパー』」
メモ帳をめくっていきあるところで止まった。そこに書かれているのか目を通したまま青年が語った。
「獲物はナイフ等の刃物とされ、特定部位などはなく全身に浅い切り傷をつける。自らの犯行だと示すかのように、身体のどこか一部だけに交差した切り傷をつけることが名前の由来。その際物取りは一切無いことからただの切り裂き魔……スラッシュハッピーの類いと思われる。更に凄いのはその犯行件数、既に50を超えている。しかし、死者の数はわずか二名。この二名も直接の死因は切り傷ではなく出血多量によるものと判明しており実質死者はゼロ。だがこれだけの生存者がいながら、クロスリッパーの年齢はおろか性別も一切不明……数少ない情報には、レインコートなどで全身を被っていて分からなかったという話」
青年が関わっている雑誌でもかなりの頻度で扱われ、多くの特集が組まれる程の有名人『クロスリッパー』を、この町では知らぬ者はいない。それほどに数をこなし、警察の手から逃げている。
しかし、
「実はさ、アタシの知り合いもクロスリッパーに会ってるんだって」
「え! ちょマジ!? それ早く言えば良かったのに」
「いやでもさ、もう四ヶ月も前のことだし」
「あー、じゃあいなくなる前のことだねー」
ここ二ヶ月程、クロスリッパーの被害者は現れていなかった。
これに対して人々は様々な仮説を立てている。
すっかり通り魔を辞めた説。
報道されていないが警察に捕まった説。
別の通り魔にやられた説。
ある事情から行動出来ない説。など多種にわたるが、どれも明確な証拠はなく真相は明らかになっていない。
「その辺りなんか分かってることないんですか?」
「いや、さっぱりだね。仮に何か分かってても記事になるまで外には出せないんだけど」
クロスリッパーの犯行が無くなり、町には平和が訪れるようになった、
「けど新しく現れたあの通り魔、今ブームだよね」
訳では、ない。
「何だっけ? 名前」
「ほらあの、首絞められるやつで最近聞くようになった」
「えーとー、確か通り名はー…」
「あぁ、それは…」
クロスリッパーの後にも、格好の場であるこの町には通り魔の存在が沢山あった。
惨劇は、まだ繰り返される。