なにかが始まりそうです
放課後、人気のない廊下を歩いていた僕は見てしまった。
第一校舎と第二校舎の間にはささやかだがベンチの置かれた小さな中庭がある。天気のいい昼休みには女子が固まって昼食をとっていたりする場所だ。
そのベンチに腰かけて学年一の美少女、兼井さんがひとり静かに泣いていた。
ほろほろと涙を落とす兼井さんは儚げで放っておけない風情だ。
見つめる僕は胸がぎゅうっとしてきた。
このまま知らんふりで通り過ぎるなんて紳士のすることではない!
僕はそそくさと廊下を進み、中庭に通じる渡り廊下に飛び出した。
「兼井さん、どうしたの?」
彼女へ向かって歩み寄ろうとした僕より先に、すらりと背の高い後ろ姿が兼井さんに呼びかけるのが見えた。
「高城くん」
声をかけた人物を見上げる兼井さん。
僕はなりゆきをぽかんと見てしまう。
後ろ姿も絵になる学年一の人気者高城君は、戸惑いないしぐさでひざまずくと、きつく組まれた兼井さんの華奢な手をやさしく包みこむ。
「僕でよければ話を聞くよ」
二重の大きな瞳を涙できらきらさせて、兼井さんは自分の前にかしずく騎士然とした高城くんを瞬きなく見つめた。涙にぬれて透けるように白かった頬がほんのりと色づいてゆく。
……なんだ、これは。
どうやら僕はお呼びでなかったみたいだ。
口の中を砂が入ったみたいにざらざらにしつつ、僕はだらだら歩いて校舎の中へと戻ることにした。