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死神にキス

作者: 猫師匠

勢いで書いた、反省はしていない。


「あ~だりゅぅ~」


 暇な癖に、忙しい。やる事は無いのに、手が足りない。足も足りない。ついでに言えば休暇も足りない。

 時刻は昼過ぎ、昼食を早々に(九時過ぎに)食べ終えてしまったサキは机の上に上半身を預け、全力でダラダラしている。

 外から差し込む日光は、初夏には早い時期だと言うのに温暖化をこれでもかと反映した様な元気よさ、代わりに窓を開けると吹き込んでくる風は、少しだけ肌寒さを残している。

 こんな天気の良い日に、何が楽しくて授業を受けなければならないのか、今日は全力で、それも全身を無駄なく使って寝るべきだと、九時頃に睡魔軍からの特使がやって来た。もちろん首脳達は無条件降伏し、和平への道を歩む為に食事をしてから寝るべきだと条件を盛り込んだ和平条令を作成、十時過ぎには夢の中である。

 午後はサボろっかなぁ、などと纏まらない思考をしながら席を立つ。

 今、何をするべきか。保健室で寝るべきである。そう結論付けたサキは、談笑しながら昼食を食べてる人や早々に食べ終えて携帯ゲームや麻雀を広げている生徒達を横目に、ボッチらしく一人寂しく廊下へと歩き出す。

 後にした教室には、一つだけ花瓶が置かれた机があった。

 廊下に出てもやはり昼時は騒がしい。

 高校生の活力と言うモノは一体何処から来ているのか、青春か若さか、何が彼らを前へと進めるのか、そのエネルギーを全力で地球温暖化防止へ使えば、夏は涼しく過せるはずだ。いや、その熱気でこの日差しのが強くなっているのか。まあ、どうでもいい事ではあった。


『何でまだ生きてんの?』


 ふと耳に届いた腐った声。周に生徒達は少ないが、今の声は聞こえていた筈だ。だが皆、聞かぬ存ぜぬ他人の振り。厄介事には関りたくないのだろう。

 またかと思いつつも窓の外を眺める。

 そこには予想通りの光景。

 数人の女子生徒に囲まれた一人の男子生徒。

 いじめの現場である。

 やるならもっと見えない所でやって欲しい。切実にそう思うが、実際に見てしまったものは仕方ない。良心を少し痛めるだけで厄介事は回避できて、その後の平穏が約束される。実に安い買い物である。


『さっさと死ねよ』

『何で財布持ってないの』

『五万持って来いって言ったろ』


 聞くに堪えない腐ったキンキン声を無視して保健室へ。

 これが最善。

 これが最適。

 何も見てないし、何も聞いてない。神が何処に居ようが、すべて世は事もなし。

 順調に保健室へと足を進めたサキは、カーテンで仕切っただけのベットへと体を沈めた。




(´・ω・`)




 寝すぎた。

 窓から差し込む日差しは既に赤く染まり、太陽は西に傾いている。

 夕焼けである。

 過去の事は過ぎ去った事、気にした処で変わりはしない。過去は省みず諦めが肝心と言うではないか。

 颯爽と起き上がったサキは教室へと鞄を取りに向かう。

 明日の朝、何も持たずに教室へと入って行く度胸は無い。例え教科書が入ってなかろうが、鞄くらいは手に持っていたい。というか、手ぶらで教室に突入する勇気などサキは持ち合わせていなかった。

 目立たず騒がれず、噂もされない。何も無い平穏が一番。

 昼間の様な邪魔も無く、放課後特有の静けさと部活動に励む生徒達の声をBGMに教室への廊下を歩く。

 教室の扉を開けると、教室の隅に座り込む少年が目に入った。


「…………」


 少年は無言。

 サキも無言。

 何とも言えない空気が、その教室に漂っている様に感じるのはサキだけだろうか。


「何でそんな処で縮こまってんの?」


 先に沈黙を破ったのはサキだった。

 少年は声を掛けられるまでサキの存在に気付いて居なかったようで、驚いたような表情で顔を上げてサキを見る。


「………いじめだよ」


 認識はしたが興味は無い。希望や悲観、羨望や絶望を綯交ぜにした濁った瞳でサキを見ながら、先ほどの問いへ応える。

 確かに、よく見れば(よく見なくても)少年はスラックスを履いていない。この姿で街中を歩けば即通報だろう。パンツじゃないからという言い訳は出来そうに無い。

 どう見ても柄物のトランクスだった。学校に通っていれば着替える男子生徒を良く見かける。しかも全裸になって走り回るバカも偶に居るわけで、今更少年のトランクスなんて物を見て恥ずかしがる感性なんて、サキの中からは消え失せていた。


「あの女子グループ?」

「知ってるなら分るだろ。夜になれば人通りが少ない道を通って家に帰れる。これぐらい何時もの事だよ」


 部活が終れば堂々とスラックス探せるしねと、少年は諦めた様な溜息と共に言葉を吐き出す。

 なるほど、疑問は晴れた。さっさと帰りたいサキは自分の机へと向かう。


「やり返さないの?」

「それこそ大きなお世話、僕は好きでこの立ち位置に居るんだから」

「……………マゾ」

「断じてマゾヒストって訳じゃないよ。告げ口したってその場限り、僕が居なくなれば困る人だって確かにいるんだから」


 教師の対応もその場限り、問題を外に漏らしたくない大人の事情と言う奴でいじめグループに注意喚起するだけに留まるだろう。そして発覚すれば『じゃれ合っているだけだと思った』とお決まりのカンペである。

 少年が転校しても自体は変わらない。いじめグループの標的が別の生徒に移るだけだろう。分っているからこその偽善だ。自分が標的である限りは別の生徒はいじめに合わないという安っぽい自己犠牲。自己満足。まあ、そうでも思わないとやっていられないのだろう。そういった精神論は好きでもないが嫌いでもない。ぶっちゃけどうでもいい。

 会話をしつつも帰る準備を整えつつ、と言っても鞄に最低限の筆記用具を詰めるだけだ。早々に準備を整え教室を後にする。


「あの子達、退学になるといいね」


 サキは教室から出る際に捨て台詞というには安っぽい、他人事の様な希望を置いていく。



「無理だよ。リーダーが市長の娘だし…………」



 少年の言葉は行く先無く、静かな夕暮れの教室へと吸い込まれていった。




(´・ω・`)




 今日も今日とて朝から暇だ。

 授業は意味の無い単語の羅列。

 窓から差し込む陽の光。

 少しだけ開けられ始めた窓からの隙間風。

 睡魔軍は今日も絶好調である。


『昨日死ねって言ったよね?』

『コイツなんなん? マジうけるんだけどぉ』

『金はどうしたんだよ? 財布空っぽなんですけどぉ~』


 このノイズさえ無ければ………

 窓の外を見れば今日も元気に(憂鬱に?)苛められている男子学生が居た。廊下で擦違った教師でさえ見て見ぬ振り、大分腐っている。

 教師も人の子、真っ当だろうが腐っていようが、面倒事は嫌なのだろう。自分の未来と他人の未来、優先するのはもちろん自分。気が付かなかったで済むなら、それが最善、それが最適。まあ、学生には自殺する勇気も無いと高を括っている可能性も無いではないが。

 次の授業は体育。着替えなければならない上に準備担当が回ってきたサキは、昼休みの中頃であるにも拘らず、女子更衣室へと向かっている最中であった。

 昼休みの後の体育ほど憂鬱な物は無い。何のいじめかと、むしろ殺してくれと言いたくなるが愚痴った処でカリキュラムは変わらない。

 そもそも愚痴る相手もいなかった。

 更衣室の扉を開け、扉から一番近い自分のロッカーを開けると、見覚えの無い黒い布が其処にはあった。


「…………スラックス?」


 手に持った見覚えの無いスラックスが入っていた、目の前のロッカー。

 一度閉めてから自分のロッカーである事を確認し、もう一度開ける。

 どうやら少年はスラックスを発見できなかったようだ。

 取り合えずスラックスは放置して着替えを始める。

 持てるモノの傲慢かもしれないが、胸と言うのは大きいと邪魔になる。

 着替えの際には引っ掛かるし、体操服姿で動き回れば注目を集める。

 人というのは動くモノに視点をあわせる生き物だ。それは生物として持っていて当然の本能と言うか反射の様なモノで、人並み以上の胸に、腰まで伸びた黒い髪、動き回れば常人以上に動く部位の多いサキはいつも注目を集めている。

 制服を脱ぎながら自分の体を確認する。身長はそれなりだが大きな胸、括れた腰、柔らかそうな太もも、何処を見ても興奮しない。自分の体を見て興奮するのはナルシストくらいな物だろうが、生憎とそんな性癖は持ち合わせていなかった。

 フロントホックの水縞ブラを脱ぎ捨て、安定感の多い白のスポーツブラを取り出す。

 此方の方が動き易く、揺れにくい。少しでも動き回る部位を減らそうと言う涙ぐましい―――持たざる者にとっては憎たらしい―――努力である。


「擦れる事は少ないけど、結局揺れるし見られるし、肩も凝るし」


 何が良いのかしらねと独り言を呟きつつも、下に赤い短パンを履き、上に赤い長袖のジャージを羽織って出陣の準備は整った。

 更衣室を出て体育用具質へと向かう。今日は体力測定の続きである為、準備する物は意外と多いが、時間はかからない。何せ先人たちの知恵、律儀に全てを元の場所に戻さず、持ち込んだ段ボール箱へと全て詰め込む『箱詰め』が採用されているのだ。もちろん常識的に考えればダメだが、生徒達は暗黙の了解として、先生も非公認で認めている。

 だが何故だろう。

 体育用具室を開けると其処には、箱詰めにされた少年が居た。しかも昨日とは打って変わって、ほぼ全裸である。

 少年は次の体育で使用する備品の中には含まれて居なかったはず………ではなく。何故此処に少年が居るのか。

 事情は分っている。

 いじめだろう。というか、それしか考えられない。

 何とも居た堪れない空気。


「取り合えず、このロープ切ってくれないか?」


 先に沈黙を破ったのは少年だった。

 少年は縛られては居るが、口まで拘束されている訳ではなかった。そこまでやれば冗談では済まないと―――現状でも冗談では済まない場面ではあるが―――彼女たちの良心が働いた結果なのだと思いたい。


「良いけど、襲わないでね」

「そんな勇気があったらいじめにはあってないよ」


 確かにその通りだった。

 少年は昨日見られて気にならなくなったのか、男としてのプライドや羞恥心はそもそも持ち合わせていないのか、トランクス一枚の状態でも実に堂々としたものだった。


「スラックスならわたしのロッカーの中に有ったよ」

「マジか、悪いな」


 一分たりとも悪いとは思っていない軽い口調。流石にカチンと来た。


「消え去りたいと思わないの?」

「居なくなってしまえばどんなに楽か知らないけど、でも僕、そんな勇気も無いから」


 サキの質問に間を置かずに少年は返す。だが目は既に死人のそれだ。

 濁っていて、澱んでいて、一切の光を許さない死人の眼。


「消え去りたいなら手伝うよ? ボールペンをアナタの口から突っ込んで、脳みそグチャグチャにかき混ぜれば、自分から消えたいと思うんじゃない?」

「グロはマジ簡便」


 スプラッターな光景を想像したのか、少年は完全にドン引きの様子である。

 匙加減は分らないが、ボールペンを突き立てるくらいサキにも出来る。


「覚悟が出来たら教えて、何時でも手伝ってあげるから。それとスラックス、悪いと思うなら持って帰って、わたしは使わないから」


 授業中ならと呟き始める少年に対し、知らず内に溜息が漏れる。

 本当に自己犠牲の自己満足、偽善者の匂いが鼻を突く。

 サキはダンボールに詰め込まれている備品を抱えると、体躯用具室を後にした。


「そろそろ、時間切れかな」


 そう呟いたサキの言葉は、体育用具室の中に居た少年の耳には届かなかった。




(´・ω・`)




 翌日の放課後、夕焼けに染まる校舎の片隅、今は使われていない教室に女子生徒達は居た。


「アイツマジうけるよね」

「何で死なないんだろ。不思議で仕方ないし」

「またお小遣い貰ったし、今日は何処行く?」

「あたしバーガー食べたい!」

「またぁ? アンタはドンだけ好きなのよ」


 男子学生を苛めている女子生徒のグループである。

 リーダーは市長の娘であり、市長はこの高校の理事とも個人的な付き合いがある。

 ま、人生勝ち組ってこう言う状態かもね。

 権力を自分のモノだと思っては居ないが、勝手に相手が跪くのだ。勝手に貢いでくるのだ。決して自分からアレが欲しい、コレが欲しいと願ったことは無い。


「良い御身分ね」


 空き教室の扉が何時開けられたのか、音も無く見覚えの無い女子生徒が扉の前に居た。聖域、というには少し寂れた教室だが、しかし彼女たちにとってそこは何者にも侵される事のない溜まり場だった。


「何? アンタ」

「学生、見れば分らない?」


 制服を着ていれば学生なら誰だって学生になれる。リボンの色から二年生であると分が、しかし彼女の様に胸が大きくて腰まである長い黒髪で目つきの悪い同級生は見たことなど無かった。

 一回見ればこの美少女の事を忘れるはずが無い。それほどの存在感を放っている。


「たった一クラス支配しただけでお山の大将気取り? 笑い過ぎて額でお茶が沸かせそう」


 お尻だった? と見当違いな事を考え始めるてケラケラ笑う女子生徒を警戒する女子グループ。彼女たちの聖域を侵すものは生徒だろうが教師だろうが今までは居なかったのだ。そう、今までは―――


「ねぇ、私探し物があるの」


 数人から敵意を向けられている状況であっても、女子生徒はマイペースに自分の話を進める。


「一週間くらい探してるんだけど、アナタ達見た事無い?」

「悪いけど、アンタが何を探してるか知らないし」


 ああ、と今思いついたように手を打つ女子生徒は、ポケットからボールペンを出す。


「コレくらいの大きな鎌なんだけど、アナタ達、見た事無い?」

「どう見てもちっちゃいから」


 この子の感性は狂って居るんじゃないだろうか。天然なのか態となのか、ボールペンを取り出して大きいと形容されても困る。


「そう? そんなに小さく視える?」


 どれだけ凝視した処でボールペンはボールペン。特別な装飾など無い市販品、黒いインクが入っていると予想できるそれは、昨日も今日も、そして明日も手の上に載るサイズでしかない。


「えっ…………?」


 最初に声を上げたのは誰だったかはわからない。もしかしたら私の声だったかもしれない。そんな事は気に成らないほどに眼を疑う光景が、一瞬の内に、瞬きの内に出来上がっていた。

 女子生徒が持っていたのはボールペンだったはずだ。それが今や彼女の身の丈よりも大きな黒い鎌になっている。

 それを見た彼女たちは完全に飲まれてしまっていた。この場の空気に、何よりも彼女が纏う雰囲気に。


「本当に、小さい?」

「な、なんなのよアンタ!」

「私? そう言えば名乗ってなかったね。私はサキ」

「そんな事聞いてねぇよ!!」


 サキは先程までボールペンだったそれを、まるで熟練者を思わせる立ち振る舞いで振り回し、それを見た仲間は、完全に恐慌状態に陥っている。

 ならせめて、わたしだけでも正気を保って居なければとは思うが、こんな夢の様な状況で気を失わない自身がない。もちろん悪い意味で。


「何が目的なのよ!」

「わたし、コレでも死神なんてやってるの」


 死神がやる事なんて、一つしかないでしょ? と心底意味が分らないと言った風に首をかしげるサキと名乗った少女ははこちらへ向かってくる。

 何でこんな事になっての? 意味分んないんだけど。私は市長の娘で、お父さんには理事の知り合いも居て、そう、そうだ!


「私に手を出せばお父さんだって黙ってないわよ」

「アナタのお父さんって幽霊を罰せるの? 凄いわね、是非会ってみたいわ」


 女子生徒の精一杯の強がり、初めてだったかもしれない願いも、サキの前では無意味だった。

 なんなのよコレ、夢? 夢なの!? そうよきっと夢、眼が覚めれば私はベットの中に居て、着替えをして朝食を取って、いつものように学校へ向かうの。


「やっぱり此処でもないのね。仕方ないけど、面倒な仕事はその場でやる主義だし」


 サキはあっさりと、その手に持っていた鎌をリーダーである女子生徒達へと振り下ろした。女子生徒が最後に見たサキの表情は、無表情で、酷く詰まらなそうなものだった。




(´・ω・`)




「今日は何処だったけ」


 月曜日はトイレ、火曜日は教室、水曜日は体育用具室、木曜日は屋上、金曜日は校舎裏だ。

 今日は木曜日だから屋上かなと目的の場所へと歩いていくサキの手には、先ほどの女子生徒の生首が有った。廊下で擦違う生徒や教師はその事に対して何の反応も示さない。まるで目に付かないかのように通り過ぎていく。

 散歩を楽しむようにゆっくりと廊下を歩き、階段を上がる。

 今回も空振りだったし、次は何処だろうと呟きながら屋上への扉を開け放つ。鍵はかかっていない。屋上という場所は高校生にとっては溜まり場としての重要度が低いからだろう。

 周りを見渡せばフェンスはあるがそれ以外に何も無い。夕焼けに照らされて儚げな印象の屋上には何の興味も示さず、扉のすぐ横にある給水塔への梯子に手を掛ける。


「邪魔ね、コレ」


 手に持っていた生首をぽ~んと上に放り投げてサキも梯子を昇る。


「やっほー、げんき~?」

「別に、元気では無いよ」


 給水塔の下に隠れているであろう少年を確認せずにサキは声を掛けたが、予想通りそこに居たようだ。


「この生首はなんだい?」

「生首、見れば分るでしょ?」


 確かに、生首は生首以上の物では無いが、それを投げ込まれて平然としている少年は異常だ。


「気付いては居たんだ」

「考える時間は腐るほどあったし、気が付かないほどバカでもないよ」

「コレで未練は無くなった?」

「直球だね。でも僕の未練は無くならないんじゃないかな」


 急な話題転換でも少年はぶれずに返答する。その声は平坦で、何の感情も込められていない様に感じるのは気のせいでは無いだろう。

 少年は今日は大分見れる姿では有るが、スラックスは膝丈で切られており、ブレザーも肘の上辺りで切り取られている。完全に半袖半ズボンの状態だった。


「スラックスは持ってった?」

「女子更衣室に潜入するなんて大それた事出来ないよ」

「そもそもロッカー開けられないしね」


 ケラケラ笑うサキを少年は黒く澱んだ目で見つめる。


「それが素なのか?」

「そうね、わたしってほら、死神だから」

「死神だからって言うのは理由になってないと思うけど」

「死を見過ぎると。壊れてくるの、心も体もね。わたしは死ぬほど死を見てきたから、正常な所なんて何処にもないのよ」

「ちょ、どうなってんのよコレ!?」


 唐突にサキの足元に転がっていた生首が喋った。


「驚いた。それでも生きてるんだ」

「肉体を切断した訳じゃないからね。それは鎌を見つけないと無理だし」


 首の断面からは血が滴って無い。ともすればマネキンの様にも見えるが、表情がコロコロ赤から青、土気色、そしてまた赤と変わり、黒板に爪を立てた様な耳障りな声で喚き散らすマネキンの首は無い。

 自前の鎌を無くしたサキは精神を切り取る事しか出来ない。この生首は先ほど、女子グループのリーダーから切り取ってきた生首(精神)である。


「どうする?」


 どうするとは、この生首の持ち主をどうするかと言う意味だ。

 此処に放置しておけば誰に発見される事も無く、肉体とは永遠におさらばする事になる。肉体はもちろん植物状態で一生を終える事になるだろう。

 やって欲しいので有れば今此処でこの生首を踏み潰してもいい。


「いや、どうもしないよ」

「イミ分んないし!! 何この状況!」

「煩いわね。この腐った生首は苛めてた相手の事も忘れたのね。記憶力も鶏以下ならもう踏み潰しても構わないよね」

「あぁ!? …………っ! な、なんで……アンタ、が…………っ!?」


 初めて少年へ眼を向けた女子生徒は、少年が先週交通事故で死んだ筈だと思い出したのだろう。

 そして現在の男子生徒を苛める以前に苛めていた相手だという事も。

 状況は理解できないが、恐怖で女子生徒は言葉を失った。


「やっと静かになったわ。で、どうするの?」

「どうもしないし、どうにもならないよ。彼女を殺したって僕は成仏出来ないし、苛めが無くなる訳でも無いし」

「でもアナタの首は刈るわよ?」

「いいよ、僕も特別未練がある訳じゃないから」


 未練が無いと言うのは嘘だろう。有るからこそ、この世に留まり続けているのだから。まあ、それがわたしの仕事だ。未練を断ち、切裂いて少年を消し去る。

 サキはボールペンを振りかぶる。


「じゃ、さよなら」

「ああ、さよなら」


 微かに、本当に微かに光を取り戻した少年の眼を見つめながら、サキはボールペンを振り下ろす。

 存在しなかった小年が居なくなった屋上で、サキは生首を蹴っ飛ばす。


「ぐぅ…………っ」


 生首は給水塔に当たって虚しい音を立て、ボテっと下に落ちる。

 また気を失ったのだろう。生首はそれ以上の音を発する事無くコロコロと転がる。その様は何とも滑稽で、笑さえ誘う無様な状態だったが、サキはクスリとも笑わずにしかめっ面だ。


「面倒だけど、返しに行こうかしらね」


 くっ付けて置けば一ヶ月ほどで目を覚ます。後遺症が残るかどうかは運次第だが、悪運だけは強そうな女子生徒はまた動き出すに違いない。

 誰も居なくなった屋上に扉が閉まる乾いた音が響く。

 静けさを貫く甲高い救急車のサイレンが鳴り響くのは、数分後の事だった。




 翌朝、少しだけ静かになった教室に、男子生徒は居た。

 彼の周りは少しだけ平和になった。毎日のように呼び出される事も、毎日の様に金を貸す事も無くなった男子生徒は、恨めしげに花瓶の置かれた机を一瞥し、黒板へと眼を戻す。

 その教室からは二人の女子生徒が姿を消していた。一人は入院したと全校生徒の噂になっている。


 もう一人の女子生徒を覚えている生徒は、居なかった。



(´・ω・`)

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