7
深夜零時。クラークは、アバカロフ公園のブランコに座っていた。
城下町の隅にある小さな公園。街灯が限りなく少ないので、日が落ちると人の姿を見る事はまずない。周りには廃墟が広がっているし、こういったやり取りをするのには最適な場所だ。
『犯罪者になんか頼みごとをしたくない』と言ってステラはついてこなかったので、今この公園にいるのはクラーク一人であった。
一体どういう人物なのか――それに少し怯えながらも、クラークは静かに立ちあがる。
「……」
何気なく公園を歩いていると、冷たい風が吹いてきた。
――そして、その風を感じたと同時に、背後に気配を感じる。クラークは足を止め、後ろへと振り返ろうとしたが、
「振り返らないで」
冷たい、女性の声だった。
ぴたりとクラークの体の動きが止まる。
その声を聞いて、クラークは思わず声をあげそうになった。なぜなら、それはあきらかに女の声であり――という事はつまり、便利屋は女性だという事になる。
性別不明であったのだから、女性だという可能性ももちろんあったのだが、『男』というイメージを持っていたクラークからしてみては、これは驚きの事実であった。
「……あんたが依頼者ね。依頼内容を確認する前に、ちょっと説明するわ。一応、こういう職業柄、何でも出来るように体術とかは身につけてるけど、さすがに無理っていう依頼はやめてね。世界征服だのなんだのっていうのはお断り。ついでに言っておくけど、死んだ人を生き返らせてみたいな感じのも無理。私は神様じゃないんだから」
「……」
「……ま、こんな所かしらね。――あぁ、あともう一つ。私だって人間なんだから、依頼を失敗する事はあるわ。まぁ、そういう時は報酬の半分を貰う事にしておく。言ってる意味分かる? 私が依頼に失敗しても半分は貰うわよって事。そうしないと私は生きていけないからね。ちなみに報酬の値段は私が決めるから。分かった?」
クラークは小さく頷いた。
「それじゃ――まぁ、依頼内容を聞かせてもらおうかしら」
「……黒いフード。この間、王を殺害した黒いフードの奴らの事について、教えてほしい」
「それだけ?」
「……」
「――分かったわ。もうこっち向いてもいいわよ」
そう言われた瞬間、クラークは体を後ろへと動かした。
黒いパーカーに、短いズボン。黒タイツにブーツといった服に身をつつんでる、綺麗な女性であった。外見からは二十歳ぐらいだと見られる。パーカーのフードをかぶっているため、顔や髪型はよく見えない。
「……よろしく」
クラークは小さな声でそう言うと、右手を差し出した。
女性は不思議そうな表情をしていたが、渋々左手を差し出し、握手をしようとした瞬間――
いきなり体を前に反り、後ろから飛んできた蹴りをかわす。懐から取り出したナイフを取り、素早く後ろへと向いて構える。それと同時に、回し蹴りをかました。
黒い物体が地面をからからと滑って行った。女性は小さくため息をつく。ぱさりとフードがとれ、彼女の綺麗な金髪があらわとなった。
「あなた、誰?」
一瞬の事で何が何だか分からなかったクラークは、その言葉にはっとし、慌てて女性に近づく。
女性の目の前で険しい表情を浮かべて立っているのは、よく知ってる顔の人物――ステラであった。
「お前――何でここにいるんだ」
ステラは顔をあげないまま、何も言わない。
余計なことを――と、クラークは舌打ちをする。
「あなたの知り合いなの? その割には、拳銃を向けてきたり色々と身勝手な人なのね」
「……」
「……便利屋の顔は二度まで、って覚えておいてね。次はないわよ」
ステラを睨み、女性はそう言うと公園から去って行こうとする。
「――あぁ、言い忘れたわ。明日の朝十時、駅の前で待ってるから。それと、そんなスーツ姿で着ても動きにくいだけだから、適当な服を着てきなさいね。それじゃあ、また明日」
「――ま、待ってくれ。……お前の、名前は?」
「……」
面倒くさそうに女性は首を傾け、一言こう言った。
「ソニア」
女性――ソニアはそれだけ言うと公園から出て行ってしまう。
彼女の後姿を見ながら、「ソニア」とクラークはその名前をつぶやいた。たぶん、それはきっと偽名なのだろう。けれども、その名前はクラークの脳裏にしっかりと焼き付いていた。
しばらくの沈黙の後、クラークはゆっくりと口を開く。
「……ステラ」
いつもよりも低い声でクラークがつぶやいた。
その声を聞いて、ステラの体が少し震える。
「お前が乗り気じゃないのは分かってる。だけどな、俺の邪魔をするのだけはやめろ。乗り気じゃないならこの仕事を降りろ、迷惑だ。……分かったな?」
ステラが小さく頷いたのを見た後、クラークは白い息を吐き出しながらポケットに手を入れ歩き出した。