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「お前は馬鹿か。いや、馬鹿だな。正真正銘の馬鹿だ」
喫煙所のソファに座りながら、ロイドは正面に座っているクラークに向かって、言葉を吐き出した。
透明な壁で隔離されたこの喫煙所には、二人以外の人はいない。壁の向こうには、廊下を歩いている人達が見える。
クラークは、煙草の煙にせき込みながら、
「そんなの、俺が一番自覚してるし、分かってる」
「へぇ。――大事な仕事のリーダーを任されたってのに、お坊ちゃんは社交パーティで頭いっぱいだったと思ってたけど」
けらけらと馬鹿にした声で笑いながら、ロイドは言った。
クラークは吐き出すようなため息をつく。
「あれは、親父がうるさかったからだ。どうせ、お前には言い訳にしか聞こえねぇんだろうな」
「本当に言い訳なんだから、仕方ないだろ? お前にどんな事情があれ、世間から見ればお前は『悪者』と同じ扱いをされる。だからといって、この仕事をクビになって親父の所にのこのこと帰って行くのも嫌だろ? ――本当、あの社長が馬鹿で助かった。あんなめちゃくちゃな理屈で通るとは思わなかったが、まぁ、とりあえずお前は与えられた『処罰』を頑張るんだな。優しい友達がいて、良かっただろ?」
「……」
実際、会社を辞めさせられる事もなく、最小限の罰で済んだのも、全て彼のおかげだ。クラークは口には出さなかったが、心の中で小さく「ありがとう」とつぶやいた。
吸い終わった煙草を灰皿にこすりつけ、ロイドは立ち上がる。
「あと一つ、お前に助言をしてやる。今回の事件、俺達『表側』の人間だけじゃ解決はほぼ不可能だ。『裏側』の人間に、頼る必要があるかもしれねぇな」
「『裏側』? 政府の裏って事か?」
「……お前は本当馬鹿だな。政府の奴らを頼ってどうする? あいつらこそ、世界で一番信用しちゃいけない部類の人間だぞ? お前も、名前ぐらい聞いた事あるだろ。――『便利屋』って奴をさ」
「……便利屋が便利屋を頼ってどうする。それに、犯罪者を味方に回せと、お前は言うのか」
「別に、強制するわけじゃないさ。今回の事件は、俺達――政府も協力はするつもりだが、そう簡単には見つからないだろうな。無能なお前の部下達は、一人残らず死んだわけだし――情報は、"黒いフードの奴ら"が襲ってきたってだけだ。便利屋を使った方が、解決は早いと思うけどなぁ。ま、そこら辺は、お前に任せるよ」
最後にそう言うと、ロイドは喫煙所から出て行った。
その後ろ姿を見て、クラークは再びため息をつく。
*
警備、取り締まり、探偵――
世間では『世界一の便利屋』と言われている会社。それが、この『コンヴューニアント社』であった。
この世の警察は護衛というものをしない。というのも、このコンビューニアント社があれば、全て事足りてしまうからだ。
特殊な訓練を受け、何万人もの中から選抜をされた人物だけが入れる会社。そして、『表』の世界では限りなく少ない『便利屋』である事から、世間でも大変有名な会社だ。
その会社に勤めている人達は『エリート』と呼ばれ、皆から崇められた。
しかし――
そんな『世界一』とまで言われたこの会社に、過去に例のない大事件が起こってしまった。
それが、今回のこの『王殺害事件』である。
クリスマスの夜におきた、悲劇としか言いようのないこの事件。
王と、その王に関係の深い人物達――いわゆる「VIP」だ――が集まりパーティを開く。これは毎年行われているもので、この会社もまた、毎年その警護にあたっていた。
そして今回、そのとても大事な護衛のリーダーについたのが、この会社で一番を誇るエリートの中のエリートである彼――クラークであった。
しかし、彼はコンヴューニアント社の社員であると同時に、世界で一、二を争う大富豪――アダムソン家の主、エイブラム・アダムソンの息子であった。
父親の反対を押し切り、彼はこの会社へと入社したが、度々父親から色々な事を頼まれてしまう。まぁ、エイブラムにとっては唯一の後継者なのであるから、色々としたい事はあるのだろう。
今回もそうであった。
父親がしつこいから、と言ってあの社交パーティの誘いをうけたが、その結果こういった事になってしまった。『その結果』というのは少しおかしいかもしれないが、会社の社長や、政治関係の者達はほぼ全員がそう思っている。
一体、王を殺した犯人は誰なのか――
*
白を基調とした廊下には、たくさんの人が歩いていた。資料を持って歩いている者、電話をしながら歩いている者、廊下を走り去って行く者――皆、事件が起こって、その対応に追われているのだろう。マスコミが黙っているわけもあるまい。
「クラーク!」
女性の声が聞こえクラークは振り返る。
明るい色の髪の毛を、ポニーテールで結んでいる元気そうな女性――ステラがそこにいた。彼女はクラークに近づき、にっこりと笑う。
「大失態、起こしたみたいだね」
エリートが失敗をおこした事が、そんなに嬉しいのかと、クラークは顔をしかめた。
「うるさい。俺は忙しいんだ」
投げやりにそう言うと、足を進める。
「あ、ちょっと待ってよ。……今、喫煙所から出てきた男の人、知り合い?」
クラークの横を歩きながら、ステラが言う。
「……幼馴染みだ」
「へぇ! クラークにも、幼馴染みっていたんだ。――ねぇ、どこにいくつもりなの?」
「仕事をしにいく」
「あぁ、例の『処罰』って奴だね。それじゃ、私もついてくよ」
「はぁ? 何でお前がついてくる」
邪険に扱われたステラは、その態度に怒りを覚えながらも、ため息交じりに言う。
「私も、その仕事をする事になってんのよ」
「お前が? 何で」
「そんなの、私に聞かれても知らないわよ。そう命じられたんだもの」
「……お前の他にもいるのか?」
「いる――けど、いないようなもんだわ。皆、他の仕事と掛け持ちらしいし。事件の解決に力を入れるよりも、会社の信頼を取り戻す方に力をいれてるみたいね――馬鹿みたい」
仕方ない、とクラークはつぶやいた。事件を解決するのは警察の仕事だ、と思う。
――正直言って、今の王は国民にあまり気に入られていなかった。というのも、彼の唯一の娘が――つまりこの国の姫だ――家出をしたというのだ。これは数年前、結構大きな事件となった。それ以来、『娘に愛情を注がなかった王』だとか、しまいには『虐待をしていた王』などという肩書がついてしまい、事情をあまり知らない国民達も、何となく王から離れて行ったのだ。――ちなみに、まだその姫は見つかっていない。今はもう、遠く離れた地にいるのではないかと、クラークは思っている。
「あ、それとね、今回は『情報屋』を使ってもいいって、何かよくわからない上の指示が出たんだけど……」
「そんな胡散臭そうな奴の力を借りてどうする。上が何を考えてるかは知らないが、とりあえず事件の概要を確かめない事には何とも言えない。さっさと歩け、仕事だ」
「――うん」
いつも通りのクラークを見て、ステラは小さくほほ笑んだ。