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個室の中では微妙な雰囲気がただよっていたが、ステラも何とか我慢出来たようだった。――クラークは、居心地が悪くて仕方がなかったが。
半日もせず、列車は無事にアドロフへとついた。
駅から出た途端に、人ごみの波が襲ってくる。空は茜色に染まっていた。
「とりあえず、どこか宿泊施設を探さないといけないわね」
人混みの中を歩きながら、ステラが言う。
「それなら、ここからちょっと先にあるホテルに行くといいわよ。ま値段はそこそこだけど、あんた達が払ってくれるなら問題ないでしょ」
「……皮肉めいた言い方ね」
ソニアの言葉に、ステラはすかさず反論をする。彼女の小さな舌打ちが、クラークの耳に届いた。彼はため息をつき、
「とりあえず、そのホテルに向かおう。案内してくれ」
「……」
ステラは無言で歩き出す。その後をクラーク達はついて行った。
――この二人の雰囲気、どうにかならないものか……。
「……あの、クラークさん」
小さな声でアデルが話しかけてくる。クラークは小さく首を傾げた。
「もし――もし、友達が捕まったら……彼女は、どうなるんですか? どんな罰が下るんですか?」
「それは――」
クラークは言葉を切って、苦笑しながらこう言った。
「その時にならないと、分からない」
分かっていた。分かりきっていた。けれど、クラークは犯人の友達であるアデルに、その真実を伝える事は出来なかった。
王を殺した犯人。――裁判などやらなくても、刑罰は決まっているようなものだ。犯人は処刑され、この世から消える。それが妥当である。
アデルは自虐的な笑みを浮かべ、口を開いた。
「私、彼女が好きなんです。一緒にいるととっても楽しくて、辛い事も忘れてしまう。ああいうのを親友と言うのでしょうね。他の友達とは何か違う、本当の友達というか……」
「……」
「でも、私、彼女が何を考えてたかって、全然わかんないんです。なんで、あんな事件を起こしたのかとか、そういうの、わかんないんです……」
どこか遠くを見つめた瞳で、アデルは悲しげにそう言った。
クラークは、彼女にかける言葉が見つからず、口を閉じる。
前を歩いているソニアが、ちらりと後ろを向いた。悲しげな表情でうつむいているアデルを見て、小さくため息をつく。
「友達だか親友だか知らないけど、相手の思っている事が全部わかるなんて、逆に怖いわよ。わかんなくて当然なのよ」
「でも」
「そうやって自虐的な言葉を言う奴、私、大嫌いなの。それを言ってどうするの? 私達に同情してほしいの? 違うでしょ。そんな事を気にせず生きた方が、楽しく生きられると思うけど」
「……私は、知りたかったんです。共有したかったんです」
「共有? 何を」
「彼女の苦しみを、喜びを、分かち合いたかった。親友として……」
「……」
ソニアは口を動かさず、アデルをじっと見つめていた。そしてそのまま何も言わず、前を向いてしまう。
アデルの横顔を見て、クラークは不安を抱いた。先ほどの言葉からもして、彼女はその犯人である可能性が高い女性の事をとても大切に思っている。しかし、捕まってしまえば元も子もない。となれば、彼女は犯人探しに協力をしてくれないのではないか、と。
そんなクラークの考えを読み取ったかのように、アデルが口を開く。
「安心してください。私は、彼女を見つけるために、どんな手も尽くします」
満面の笑みで言われたその言葉を、クラークはどうにも信じる事が出来なかった。
*
ホテルにつき、まずは遅い昼食をとった。その後、部屋へと移動した。
「情報屋には夜に行く。時間になったら迎えに行くから、それまで私は部屋で寝てる」
ソニアは早口にそう言うと、足早に部屋へと入って行った。それほどまでに、彼女は疲れていたのだろうか。
彼女の後を、アデルがゆっくりとした足つきでついて行く。
その後ろ姿を見送った後、クラーク達は自分達の部屋に入る。
「あの人、本当自分勝手よね」
部屋のソファに座りながら、呆れた表情を浮かべステラは言った。
上等なホテルだった。値段は決して安くなかったが、特別高い方でもない。会社から十分な金を与えられているクラークには安いものだった。
部屋の割り当てはすぐに決まった。というのも、ソニアとステラが同じ部屋になったら喧嘩をするに決まっているので、自然とすぐに決まってしまうのだ。
「……お前は寝ないのか?」
ベッドに寝転がりながら、クラークはステラに話しかける。
彼女は笑みを浮かべながら、
「あんまり眠くないの。……お風呂、入ってくるわね」
分かった、とクラークは返事をする。
時計は午後五時をさしていた。一体いつ情報屋の所へ行くのかは分からないが、それまでに体力を温存しておこうと思い、クラークは静かに目を閉じた。
体を揺さぶられて、目が覚める。
ソニアの顔がすぐ目の前にあり、彼女の金髪の髪の毛が頬に触れた。
「っ――」
クラークは目を見開き、勢いよく起き上がった。危うく彼の頭がソニアにあたるところだったが、彼女は素早く顔を離し、
「いきなり起き上がらないでよ。私に頭突きでもする気?」
「い、いや……」
必死に動揺を抑えながら、クラークは時計を見た。時刻は午後六時。夜というには、少し早い時間帯だった。
「もう行くのか?」
「あんたにとって、午後六時は夕方じゃなくて夜なわけ?」
「……」
「いないのよ」
「は?」
唐突にソニアが言う。言葉の意味が分からず、首を傾げる。
「アデルの姿が見えないわ」
「……」
クラークは頭を抱え、深いため息をついた。寝起きの体を動かし、ベッドから降りる。
「……動揺するかと思ったけど、そうでもなかったわね」
「何に動揺するんだ。今は自由時間みたいなもんだし、いなくなっても不思議じゃないだろう。探すのが面倒だがな。何だ、お前はあいつが誰かに誘拐されたとでも思ってんのか?」
「さっきそう思った人が、走って部屋を出て行ったけど」
「……」
ゆっくりと、クラークは部屋を見回す。ステラの姿はなかった。
「あの女、結構自分勝手なのね。私の言葉も聞かずにさっさと部屋を出て行ったわ」
ステラが彼女と似たような言葉を言っていたのを思い出し、「……どっちもどっちだな」とクラークはつぶやいた。わけがわからないといった様子でソニアは首を傾げる。
「……探しに行くか」
「探しに行かなくても、そのうち帰ってくるわよ」
探すのが面倒くさい、とでも言わんばかりの表情でソニアは言った。
クラークはそんな彼女を説得し、無理やり連れて行く。