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いわくつき物件にご用心!?  作者: umo
第一章「天井裏からこんにちは」
5/5

[4]不法侵入者?

[4]


「………………」

「………………」

 十畳一間の部屋の中。無言のまま見詰め合う俺と少女。

 ぱらぱら……と、細かな木くずが両者の頭に降ってくる。まるで二人の出会いを祝福する紙吹雪のようだ……なんて思えるわけがない。

 年齢は高校生くらいだろうか。少女はあどけなさが微かに残る顔一杯で『呆然』という言葉を体現しようとしていた。より具体的に言うなら、尻もちをついた態勢のまま、ポカンと間抜けな感じに口を半開きにしていた。

 美人系か可愛い系かでいうと、小顔で可愛い系な顔立ち。可愛いか不細工かでいうと、まあ一応、大きな目がチャーミングで可愛いと言えなくもない。そんな微妙なレベル。

 服装は上下とも色気の欠片もない、色あせた朱色のジャージだ。しかもサイズが小さいのか、白い手首やくるぶしが露わになっていた。服装もさることながら、体型も貧相と言っていい。全体的に細いのだ。特に胸や尻などはどこぞの隣人のお姐さんと並ぶと可哀そうになること間違いなしだ。

 髪は乱れ飛び、血色もあまり良いとはいえず、見ただけで栄養状態が芳しくないことが窺えた。

 ただ、不思議なことに、そんな状態であっても少女からは陰気さは感じられず、むしろ陽気な雰囲気すら漂わせていた。

 一通りの観察を終え、今度は彼女の真上を見上げてみると、天井に丁度人ひとりが入れる大きな穴が空いていた。その先は真っ暗でよく見えないが、どうやら二階に通じているわけではなさそうだ。

 ……状況を整理しよう。

 女の子が天井を突き破って俺の目の前に降ってきた。

 以上。

 この上なく分かりやすく、この上なく意味不明な状況だということがお分かりいただけたはずだ。

 無理矢理この状況を説明するなら、天井裏(一階なのに天井裏?)にいたこの少女が誤って天板を踏み抜いたということだろうか。

 ……いや、っていうか、それしか考えられないじゃないか。

 つまりこの子は……不法侵入者? 空き巣、か?

 そんな推測に至って少女に警戒の目を向けると同時、彼女の方も二重瞼をぱちくりと瞬かせ、やっと状況を理解したようだ。部屋の主である俺の顔を見上げて気まずそうに口角をひくつかせている。

 ――ピィィィィッ

 俺たちのお互いに牽制し合うような硬直は、やかんが湯気を勢いよく吹くまで続けられた。

「え……と。おにーさん、やかん、鳴ってるよ?」

「あ? ああ……」

 なぜか少女に言われ、俺は素直にキッチンに向かって火を止める。俺も相当混乱しているようだ。

 カップラーメンにお湯を注ぐことなく、お茶を入れるでもなくそのまま戻ると、少女は逃げ出す様子もなくちょこんと座っていた。口をひき結んで縮こまるその様は、悪いことをして親に叱られるのを待つ子供のようだった。

 その様子に俺は幾分か冷静さを取り戻せた。人間というものは、自分が優位に立っていると認識するだけで余裕が出てくるものだ。

 俺は口を開く。

「……で?」

 言葉足らずどころかたった一音になってしまったが、誰何すいかの意は伝わったのだろう。少女はしばらく視線を宙に漂わせた末に、「ゴホン」とわざとらしく咳払いをして、

「どっ……、どうも~、天井裏居住のお化けで~す。う、うらめしや~」

 やけくそ気味の口調である。しかも手を下にだらりとさげてお化けのポーズをとるという小芝居つき。

 うん、いいだろう。そっちがその気なら俺も相応に応えてやろう。

 俺は携帯電話を手にとり、番号を押さずそのまま耳に当てた。

「もしもし、警察ですか? 不法侵入者が……」

「――あぁん、そんなご無体な!」

 少女は慌てて俺の腕に飛び付き、通報を阻止しようとしてきた。

 そんな反応を予期していた俺はひょいと避け、

「無体を働いてるのはお前だ、この不法侵入者」

 冷静に責め立ててみた。

 威嚇か泣きまねか、「ううぅ」とよくわからない唸り声を上げる少女を見下ろしながら、どうすべきかと考える。本当に警察に通報してもいいが……。

「……ん?」

 と、そこで俺は、少女の周囲に散らばる“荷物”に初めて気が付いた。

 プラスチック製の食器、鍋にカセットコンロにランタン、寝袋らしきものもある。大きな旅行カバンからは衣服などがはみ出していた。

 ……アウトドアお泊まりセットだ。生活に最低限必要なものが揃っている、完全無欠なお泊まりセットだ。

 もちろん俺のものではない。少女と一緒に落ちてきたみたいだ。

 とすると、これは……。

 俺は半眼になって少女を睨む。

「不法侵入っていうか……まさかお前、不法入居者か?」

「ぎくぅっ」

 なんだその擬音。口でそんなこと言うやつ初めて見たぞ。

「な、なにを根拠にそんなこと言うのかね!」

「いやお前、いま図星指されたような反応してただろ。半ば認めてんじゃねえか」

「…………。なにを根拠にそんなこと言うのかね!」

 めげずに繰り返す少女。微妙にめんどくさいやつだ。

 溜息を吐きつつ、仕方がないので懇切丁寧に教えてやることにする。

 俺は床に散らばっているお泊まりセットを指さし、

「その荷物。どう見てもここで寝泊まりしていたと言わんばかりなんだが」

「ぎくぎくぅっ」

 入居してなきゃ電気やガスは基本的に止められてるからな。ランタンやカセットコンロがあるのはおかしくない。

「あと、この部屋、幽霊が出るって噂だけどさ……それもお前の仕業じゃないのか」

「ぎっくーん」

 正直こっちは当てずっぽうだったんだが……図星なのかよ。隠す気ないだろこいつ。

 ――要するに。

 こいつはここに住むために、入居者が来る度、幽霊のまねごとをして追い出していたんだろう。

『部屋に一人きりのはずなのに人の気配がする』――実は天井裏に潜んでいました、と。

『変な音や声が聞こえる』――天井裏かどこかでわざと物音を立てていました、と。

『寝ていたら寒気がして飛び起きた』――寝ている間に冷房のスイッチを入れました、と。

『ヒトダマみたいなのが天井付近に浮いていた』――ランタンか何かを天井から釣り下げました、と。

 きっと他にもあの手この手を使って入居者をビビらせ、しまいには『いわくつき物件』となるまでに至った。そんなところか。

「お前がお化けの振りをしていたわけか……。今日ずっと天井から物音聞こえたのもお前の仕業だな?」

 試しに軽く問い詰めてみると、

「な、なんと、そこまで見破られるとは……! あなたは一体どこの名探偵!?」

 というアホみたいな自白が返ってきた。

 すると、なにか? 部屋が冷えるあの現象もこいつの仕業だったのか。俺が出て行ったときを見計らってエアコンを操作したというところだろう。こんな間抜けな奴に騙されるとは、動揺していた自分がひどく馬鹿で滑稽に思えてくる。

 ……ん? あれ、なにかおかしいような気がするが……?

 ――いや待て。

 そんなことよりも、だ!

 なにに優先してでも聞いておかねばならないことを思い出した。

 そう、とてつもなく重要なことだ……!

 俺は震えそうになる声を押さえつけ、言い放った。

「ロールケーキは……」

「はへ?」

「俺のロールケーキを食ったのもお前か」

 ロールケーキ。俺のロールケーキ。楽しみにしていたロールケーキが!

 他のことについてはガキの悪戯だと笑って許せても、これだけははっきりとさせておきたい。

 少女は俺の剣幕にたじろぎながら、目を逸らしてこう言った。

「し、知らないよ~。冷蔵庫なんか全然触ってないしぃー」

「……俺は一言も、ロールケーキが冷蔵庫に入ってるだなんて言ってないんだけどな?」

「………………ああぁっ!?」

 ダメだこいつ。カマをかけるまでもなく自滅しやがった。

 さてどう落とし前をつけてもらおうかと思案する俺の機先を制するように、少女は素直に頭を下げてきた。

「ごっ、ごめんなさい……。ここしばらくまともにご飯食べてなくてお腹ペコペコだったから、つい……」

「…………」

 血色の悪い顔。細い手足。毛先の散った髪。貧相な胸……は、関係ないかもしれないが。

 とにかく、彼女の外見を見ているだけで荒んだ生活を送っているのだと察することはできた。だから彼女の言い分も、わからなくはない。

 浮かんだ感情は、同情か、憐憫か。

 あまり愉快な感情ではないけども……捨てられた子猫に餌をやるようなものだと思って、俺は彼女を許すことにした。

 ただ、ロールケーキの虜になった者として、これだけは聞いておかねばなるまい。

「うまかったか?」

「へ?」

「ロールケーキ、うまかったか?」

 唐突過ぎる俺の質問に少女はしばらくきょとんとしていたが、やがて満面の笑みを浮かべて頷いた。

「すっっっごくおいしかった! あんなの食べたことないよ!」

 ――よし、ロールケーキ信奉者をまた一人ゲットしたぞ。

 ちなみに信者を10人増やすごとに、ロールケーキ一週間分が無料で贈呈される。いや、マジで。もちろん、俺の実家の近所のあの店限定での話だが。

 っと、そんなことはどうでもいい。

 一つ息を吐き、気分を入れ替える。

「まあ、それはいいとして。お前、名前は?」

 一応、なにをするにしても名前を知っておいて損はないはずだ。

 訊ねると、ロールケーキの味を思い出して緩んでいた頬が一転して強張った。そしてぽつりと呟くようして言う。

「…………るい」

「るい? それは下の名前か。じゃあフルネームは?」

「………………」

 途端にだんまりを決め込む少女。

 呆れて溜息も出ないな。

「お前な。自分の立場わかってんのかよ……」

「わ、わかってるよ。でも、あんまり好きな名前じゃないから……」

 るいと名乗った少女の言い分ははっきり言って意味不明だが、とにかく苗字を言うつもりがないのは確からしい。もしかしたら『るい』というのも偽名かもしれない。

「はあ……。まあ、いい。で、お前は勝手に人の住居にすみついてたわけだが……」

「あ、あのっ!」

 るいは俺の言葉を鋭く遮り、

「ご無理はご承知の通りであるですが、お願いがありますでございますです!」

 無茶苦茶な敬語を駆使してなにやら懇願してきた。

「なんだよ、言ってみろ」

 どうせ今回は見逃してくれとか、そんなところだろう。

 そう軽く考えていた俺の予想は、変な方向へ裏切られることになる。

「あのですねっ。――――わたしを、ここに住まわせてください!!」

「…………、はあぁ?」

 ここに、住まわせる?

 俺とこいつが一緒に住むということか?

 つまり、同棲のお誘い?

 初対面の男を部屋に上げるお姐さんといい、この辺りの地域の女性の間ではそういう積極性が常識だったりするのだろうか。

 なんにせよ、俺にはこいつを住まわせる義理なんてないし、初対面の赤の他人――それも犯罪者――を無償で止めるほどのお人よしがこの世にどれくらいいるだろうか。

 彼女の要求は全く以て理解不能で、意味不明だ。

 決してお人よしではない俺がそんな要求に応えるはずもなく、俺は強く突っぱねた。

「ダメだ、出ていけ。今すぐ出ていけば警察とかにも知らせない、見逃してやるから」

 これは譲歩というよりは、いちいち警察や大家さんを呼ぶのが面倒だという理由だったりする。特に何も盗られていないし(ロールケーキ以外は!)、別に構わないだろう。

 あ、でも大家さんには後で幽霊騒ぎの誤解を解いておくべきか。……いや、むしろ言わないほうがいいか? 下手したら家賃が通常料金に戻ってしまう。

 よし、黙っておこう。世の中は小狡こずるく生きていくべきだ。

 ……小狡く生きるということなら、目の前の少女も負けていないのかもしれない。

 ふと、そんなことを思った。

 入居者を騙し、おびえさせ、追い出す。そして自分は悠々とそこに暮らす。

 これを小狡いと言わずになんと言うのだろうか。

 しかも『一階だから天井裏なんてないだろう』という先入観をも味方につけている。おかげで、上から物音が聞こえても、誰かがそこに潜んでいるなんていう発想が生まれなかったのだ。

 もしもそれを狙っての行動だとするならば、こいつは結構なやり手だ。

 るいという名の少女はなおも懇願する。

「お願いです! ここ以外に行くところなんてないんです!」

「いやいや。家出だかなんだか知らないけど、さっさと親にでも泣きつくのが賢明じゃねえの」

 これは至って常識的な対応だと思う。これできっと言葉に詰まるだろう、そう思った。

 だというのに、少女は泣きそうな顔でこう言うのだ。

「……親なんて最初からいないもん。子どもの頃からずっと施設で育ってきて……そこを追い出されてからはずっと独りで生きてきたの」

「…………」

 親がいない。そして養護施設暮らし、か。

 ――訂正しよう。

 こいつは小狡いんじゃない。

 狡いんだ。

 それも、かなりのレベルで。

 なんせ、聞いてもいないことまでペラペラ喋りやがる。それも、故意か無意識か、人情に訴えかけるようなことを選んで。

 言葉に詰まりかけた俺だが、ここで流されるわけにはいかない。どうにか仕切り直そうと質問を試みた。

「大体な、なんでわざわざここに住みたいなんて言うんだよ? 一応言っておくけど、ここは俺の一人住まいだぞ?」

「そうだけど……でも、こんなチャンス、他にないし……。普通は見つかったらすぐに摘まみ出されちゃうけど、ちょっとでも話聞いてくれようとしたの、おにーさんだけだし……」

 ……対応を甘くしすぎたか。問答無用で警察を呼ぶべきだった。どうにも、俺は考えが浅はかになるときがあるな。

 るいの懇願は続く。

「だから、おねがいっ、わたしをここに置いて! なんでもするから!!」

「――はっ」

 さすがにその言葉には、思わず鼻で笑ってしまった。こいつはさっき俺が一人住まいだと言った意味が理解できなかったのだろうか。

「なんでも、ね? じゃあ『俺に犯されろ』と言われたらお前は素直に従うのかよ?」

「そっ……!?」

 少女の顔は赤く染まり、次に青くなり……そして最後はゆで卵を丸のみにしたような顔で言った。

「…………そ、それで、ここに置いてくれるなら……」

「――――アホか」

 心底から呟きが漏れた。

 アホだ。こいつは間違いなく、アホだ。

 馬鹿にしたニュアンスがストレートに伝わったのだろう、今までの殊勝な態度はどこへやら、少女は顔を真っ赤にして怒りだした。

「な、なにさー! 人が覚悟決めて言ってんのに! 乙女の純情を返せ!」

 あまりにも馬鹿馬鹿しい言い分に、また鼻で笑ってしまった。

「そんな覚悟があるなら風俗で働け。そっちのほうがよっぽど儲かるし、金があれば住む場所も作れる。上手くいけば“あしながおじさん”でも見つかるかもしれねえしな」

「えっ、あしなが……? いくら足が長くてもおじさんは嫌だけど……」

「………………」

 うん、確定した。こいつはアホだ。さっき『やり手かも』なんて思った俺が恥ずかしいわ。

 でも真面目な話、貧相なこいつが風俗で働けるかどうかは怪しい。いや、それ以前に年齢的にアウトか。でもそれならそれでやりようはいくらでも…………

 ……なんか最低なこと考えてるな、俺。

 軽い自己嫌悪に陥る。

 ――実際のところ、彼女の境遇は俺には理解できなくもなかった。

 親がいないだとか、施設暮らしだとか、ずっと独りだとか、同情を誘うような言い方はあまり気に食わない。でもそれは逆にいえば、そうしなければならないほど切羽詰まっているということなんだろう。

 なにが俺を後押ししたのか、気が付けば俺はるいに訊ねていた。

「お前、施設とやらを出てから今までどうやって暮らしてたんだ」

「えっ……と、ここみたいに勝手に空き家とかに入り込んで、もう一年近く……」

 気まずそうに言うるい。少しでも罪悪感があるならやめりゃいいのに。……やめられるならやめてるか。

「住居はそれでいいとしても、飯とか食わなきゃならねえだろ? 金はどうしてたんだ」

「それは普通にバイトとか……」

「ふうん。今は?」

「え……と。ここしばらくは何も。その、履歴書にデタラメ書いたのがバレちゃって……」

「クビになった、と」

 るいはこくりと頷いた。

「中卒だとバイトですら探すの厳しいし……あと、住所とか正直に書けないし……」

 予想はついてたけど、高校は行ってないんだな。まあ、中卒はともかく、住所不定はまずい。

 だからこそ、るいは書類に書けるちゃんとした住所を欲しているということなのだろう。

 だが、養護施設というものは高校ぐらいまで面倒を見てくれるのではないか。特に、住居も定まっていないような子どもを追い出したりするものなのか。

 そういったことを訊きかけて、俺はようやく我に返った。

 ――何やってんだ俺は。

 正直、話を聞き過ぎた。

 聞いたところで俺にはどうする気もないっていうのに。どうせ裏切るのなら、中途半端に期待させるのは彼女にとって残酷でしかない。

 さっきよりも深い自己嫌悪が俺に襲いかかる。自分の浅はかさが本気で嫌になってきた。

 もう、いい。もういい。とっとと追い出そう。

「……とにかく。お前の事情はお前の事情。俺にはまったく関係ない。早く荷物まとめてここから出て行ってくれ。あんまりしつこいと俺も警察に通報せざるを得なくなるぞ?」

 ――だが、もう遅かったのだろう。

 優しさに飢えていた少女にとっては、少しでも話を聞いてくれた俺という存在を離しはしないのだ。

「ま、待って! お願い! ここにいさせて!」

「だからダメだって言ってんだろうが!」

「お願い! なんなら廊下で寝てもいいから!」

「そういう問題じゃなくてだな……」

 堂々巡り。

 少女は同じ言葉を繰り返す。

 怒鳴っても効果がないとなれば、もはや実力行使で追い出すしかないか。

 そう思ってるいの肩に手をかけようとした瞬間。

「――お願いっ!!」

「……な、おい!」

 少女は突然、青白い手足を床に投げ出し、

「お願いします」

 涙は流さず、しかし顔を歪め、血がにじむほど唇をかみしめて、

「お願い、します。……お願い。わたしを追い出さないで……」

 恥も外聞もかなぐり捨て、頭を下げた。

「お願い……お願い……」

 土下座の体制のまま、少女はひたすらに懇願する。

「屋根のない暮らしは辛いよ……」

 少女の訴えは切実で、逼迫していて。

「もう、帰る場所がないのは嫌だよ、寂しいよ……っ!」

「――っ…………」

 このとき生まれた俺の感情は何だっただろう。

 同情。憐憫。優越。善意。不快。嫌悪。好意。期待。共感。

 その全てだったかもしれないし、言葉では表しきれない感情だったのかもしれない。そして、それぞれなにに対する感情なのかもわからない。

 ただ、確かなのは――――

 少女の訴えには俺が今までに経験したことのないほどの強い“想い”が込められていたこと。

 少女の訴えに俺の心が動かされたこと。

 ――生まれ出た複雑怪奇な感情に俺が翻弄され、ついついこんな言葉が出てしまったこと。

「……十日だ」

「――え?」

 呆然といった様子で顔を上げた少女の目尻には涙が溜まっていた。

 そんなるいの顔を見下ろし、頭を掻きながら、俺は言葉を続けた。

「ひとまず、十日だけここに置いてやる」

 ――あーあ、言っちまった。

 俺ってそんなにお人よしなキャラじゃねえはずなのに。

 まあ、あれだろう。根負けしたってやつだ。

 でも、言い切った後は、不思議と心は清々しかった。衝動ってのはこれだから恐ろしい。

 複雑な心境を抱える俺の横で、るいはやっと呆然自失状態から回復したらしい。

「ほっ……ホントに!? え、ホントに!? ホントにホント!? ……って、ぎゃん!?」

 勢いよく立ち上がろうとして、勢い余って転んだ。

 打ちつけた額を押さえて涙目になっている少女に手を差し出しながら、俺は言い放つ。

「ただし」

 もちろんタダでここに置いてやる義理はないわけで。

「十日以内にバイトでもいいから仕事を見つけること。せめて自分の食費分は自分で払え。じゃなきゃ出て行ってもらう」

 高圧的な言い方に、しかしるいは嬉しそうに俺の手を取り、

「うんうんっ、それぐらいいいよっ! 絶対払うから!」

 満面の笑顔を浮かべた。

 俺はるいを引っ張り上げてやりながら、なんとなく――ちょっとだけからかってみたくなった。

「あと、ついでに家事とかも任せる」

「やるやるっ、掃除でも料理でもなんでもやるっ!」

「そうか、じゃあ夜のお供も頼む」

「それもお安いごよ――――うぇぇっ!?」

 るいは手を振り払って勢いよく後ずさった。

「よ、よよよ、夜って、えっと、その……つまり、アレでございますですか?」

 おもしろいぐらいに動揺を返してくれるもんだ。

 なんというか、こう……イジメがいがありそうなやつだと思う。

「冗談だ。そんな貧相な身体には興味湧かねえし」

「……ううっ、喜んでいいのか悪いのか……」

 まだまだ成長期だしー、とかぶつぶつ呟いているるいに、俺は再び手を差し出した。

「え……っと?」

「俺の名前は青磁だ。まあ……どのくらいの付き合いになるかは分からないけどさ、よろしく頼む」

「あ……」

 その手の意味を理解したるいは、はにかんだ笑みを浮かべ、俺の手をそっと取った。

「うん……うんっ! よろしくね、セージ!」


 ――――こうして俺の夢の一人暮らしは半日と経たずに終焉を迎え。

 代わりに、恋人でもない女の子と暮らすという、わけのわからない事態になった。

 本当にどうしてこうなったのやら。一時の気の迷いだとしたら、絶対後悔しそうなんだけどな。

 でも、まあ――

「やった、わたしの家ができたっ! 念願のマイホームを手に入れたっ!」

「いや、お前の家になったわけじゃねえし、俺のマイホームでもないから。ただの賃貸だ」

「細かいことはいーのっ! 今日はごちそう作っちゃうよー!!」

「ふと思ったんだが、お前、料理できるのか……?」

「バッチシだよ! 涙が出るくらいのを作っちゃうからね!」

「どっちの意味にも取れる発言だなおい。それに、食材代を払うのは俺だよな?」

「ゴチになりますっ!」

「……今日だけだぞ」

 ――賑やかで、退屈はしそうにないか。

 部屋中を元気一杯に飛び跳ねて喜ぶるいを見て、俺はそんなことを思ったのだった。

 第一章終了。

 第一章というより、物語全体から見ればプロローグに近いです。


 感想などお待ちしております。web拍手なら匿名でコメントを残せますので是非ご活用ください。拍手返信はたまに活動報告で行います。


 第二章開始は最短でも二週間後くらいになりそうですので、しばしお待ちを。

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