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ドラゴン・ファイト  作者:
第一章
9/11

8

 中庭に金属音が響いた。中々に重い一撃で、此奴は後ろの六戸を本当に殺すつもりだったのだろう。

「何するんですか?」

 明らかに不機嫌な目をしたセールが口を尖らせる。セールは右手の剣を置いたまま、左から俺の脇を狙ってくる。俺は鞘を抜いて斬撃を受け止める。太腿に衝撃がきたが、受けきれないほどではない。

 俺が頭に迫る剣を弾き返すと、セールは一旦距離を開けた。剣はまだ十字に構えているので、交戦の意思があるみたいだ。俺は鞘をベルトに戻し、剣を胸の前で構える。出来れば今は争いたくはないが、こちらが剣を仕舞った瞬間に切り掛ってこられてはどうしようもない。

「何やってるんですか」

 背中越しに六戸が俺に声を掛けてきた。明らかに不機嫌なのが、顔を見なくても分かった。どうやら、助けを求めたわけでもないのに助けられたことが凄く不服なようだ。俺は目をセールに向けたまま、応答する。

「勘違いするなよ」

「私が何を勘違いするって言うんですか? 助けてもらったなんてこれっぽっちも思ってませんからね」

「お前の安否はどうだって良いんだよ。俺が気にしてるのは、これを見てたのに一切止めなかったことに処分が出る可能性があるからだよ」

 無関係で処分されるなんて、そんな馬鹿馬鹿しいことがあったら面倒なことこの上ない。だから、今回でそれを確認させてもらう。

「そんなことがこの学校じゃ有り得ないですよ」

「どうして分かるんだよ?」

「それは自分で考えたらどうですか。私は教えるなんて、一度も言ってませんし」

 六戸の声が近くなる。立ち上がった六戸は近くに落ちていた自身の棒を拾って、俺の前に立つ。そして、棒を構えた。セールが嬉々として六戸を見ている。どちらもまだ戦うようだ。

 俺は剣を仕舞うと、その場から離れる。俺は一応止めた。しかし、それを振り切って戦おうとしているのだ。死んでも、文句は言われたくないし、責任もない。

 要は、俺は処分を受けなくていいように弁解を考えているのだ。言い訳を用意して保身に走っている俺は、他人から見れば惨めに思われても仕方ない。しかし、それでも俺は保身に走らなければならない。俺にはどうやってでもここに留まる必要があるのだ。そのためなら、どんな苦汁だって飲んでみせる。

「お待たせしました。戦いを続けましょう」

 セールは、十字に構えていた両の剣をそっと降ろした。

「君、面白いね」

 そして

「だから殺すよ!」

 一体どんな脚力をしていればそんなに跳べるのかと聞きたくなる跳躍で六戸との間合いをなくし、右の剣で六戸の持っている棒を押さえ込む。そして、抵抗する術のない六戸に左の剣を振りかざした。六戸は棒を離して、間合いを開けようとする。しかしセールがそれを許さず追撃で右手の剣を横薙に斬る。剣は六戸の腹を掠めた。六戸は切り傷を押さえながら下がる。その間に苦無――今朝の戦いで使っていたものだ――を取り出し、それぞれ両手を構える。セールは攻撃を止めず剣を振り回す。六戸は苦無で攻撃を受け止めたり軌道を変えている。しかしそれも完璧ではない。反撃する隙がなく受けきれていない分が傷になっている。大きな傷にはなっていないが、明らかに消耗が激しくなっている。さて、どうするのか。結果は見えているが、俺はこの二人の戦いを見守るしかない。六戸は体力が限界を迎え、セールの攻撃も受けきれなくなり、遂には無様にこかされ、地面に倒された。その姿を勝者のセールは見下ろしている。

 六戸は苦し紛れに苦無をセールに投げたが、それも弾かれた。それでも六戸は反抗的な目で見上げている。

 セールは剣を振り上げた。

「死ね」

「何をやっとるんだお前達は」

 突然、と言っても過言ではないだろう。この場にいた何人が気付けたのか。正直、俺やセール、六戸ですら気付けていなかったのだ。セールの剣は突然後ろに現れたガダンに掴まれた。セールが振り返る暇も与えず、ガダンは剣を奪い取る。セールは振り返りざまにガダンに右の剣を斜めに切り上げる。ガダンはそれを右手で挟んで止めた。白刃取りの類なのだろうが、あんな近距離で対応出来るとはかなりの手練か。そんな人が学園の教師をやっているのは少し意外だ。最前線で戦っているものだと思っていた。

 いつの間にか姿がなかった佐藤が戻ってきている。こいつがガダンを呼んできたのか。

 振り向いてしまったセールの表情はこちらからでは見えないが、動きがないから焦っているのだろう。しかし、セールの言動からして自分の実力にそれほど絶対的な自信があるタイプではない。突然背後に現れたガダンに驚いているのだろう。

 ガダンはセールの剣を引っ張った。セールの両の手から離れた剣は後ろに投げ捨てられた。ガダンとの実力の差は歴然。さっきまで血気盛んだったセールが何の抵抗もしない。

「話を聞く。ついてこい。だが六戸、お前はまず保健室だ」

 ガダンは俺を指差した。

「土田、悪いがこいつを保健室まで連れてってくれ」

 俺は逆らう気はなかったので頷いた。相変わらず不満な顔をしていたが、それなりに大きな怪我を負っている人間を放置していくほど薄情ではない。と言いたいところだが、俺が連れていくのは優等生を演じるためだ。本音は六戸の怪我なんてどうでもいい。必要なのは学園での評価だ。いい軍の小隊に配属されるためにはこの学園での評価が必須だ。しかし、ガダンは宣言していた通り実力主義なのだろう。あまり媚を売る必要はないがどこかでボロが出ても困る。俺は六戸に手を差し伸べた。

 六戸はその手を一瞥したあと、右手で弾いた。俺は溜息を吐く。まぁ分かっていたが。俺は無理矢理二の腕を掴むと引っ張って立ち上がらせた。六戸は棒を俺の脛目掛けて振ってきたので、足裏で受け止めた。衝撃が身体を貫通したが、万全でない六戸の攻撃は受けきれないものでもなかった。この反応も予想通りだ。予想が出来るのだから対処もしやすい。六戸は棒を受け止められたことに驚かなかった。六戸は踵を返すと、保健室に向かう。気付くと、ガダンとセールも何処かに行ってしまっていた。六戸の後を追うか少し悩んだが、攻撃をされない程度の距離を取って保健室まで見送ることにした。

 誰かの存在を忘れているような気がする。

 こいつ、もしかして保健室の場所知らないんじゃないか? 俺がそう思ったのはこいつが校舎を一周してからだった。そう言えば俺達は校舎の案内を受けていないのだから知らないのももっともだ。それなら何故ガダンに場所を聞かなかったのだ。六戸は前で立ち尽くしている。この時間帯は人が出歩いていないから人に聞くことも出来ない。俺には見栄を張っているのか一切目を向けてこない。かく言う俺も保健室の場所は知らないので聞かれても困るんだけどな。

「あ、土田じゃないか。こんなところにいたのか」

 そんな矢先、後ろから声を掛けられたので振り向くと東田が片手を上げて立っていた。そう言えばこいつ、いつの間にかいなくなっていたが何処に行っていたのか。

「って六戸! お前さっきよりボロボロになってるじゃねーか。どうしてこんなところにいるんだよ。早く保健室に行けよ」

「保健室に行きたいんだけど、場所が分からないんだよ」

「それなら俺、知ってるぞ。こっちとは反対側だけどな」

 何だって。これは意外なところから答えが見付かったようだ。それにしてもどうして東田は保健室の場所を知っているんだ。俺が「どうして知ってるんだ」と聞くと東田はズボンの裾を少し引っ張った。

「実は六戸の棒を避けたときに足首をくじいてさ。治療してもらってたんだ」

 こんなことを言うのもなんだがどうして足をくじいたんだ。こんな奴がよく俺達と一緒のクラスになれたものだ。もしかしたらあのクラスでも結構な実力差があるのかもしれない。

「何処にあるんだ?」

「こっちだ」

 俺と六戸は東田について行く。俺達が歩いていたのは全く違っていたようでもう一つの校舎。その一階の隅に保健室があった。六戸は保健室を見付けると足早に俺と東田を追い抜きノックせずに引き戸を開けた。焦らなくても保健室は逃げたりしないだろう。いや、傷の具合が限界だったか。俺達も保健室に入ろうと思ったが六戸を送り届けたのだから、わざわざ保健室に入らなくていい。俺は東田を共に戻ろうとしたがそれを東田に止められた。

「どこ行くんたよ」

「もう送り届けたんだからいいだろう。俺は寮に戻る」

「治療なんて直ぐに終わるんだから待っておこうぜ」

 俺には六戸の治療がそう直ぐに終わるものには思えなかった。東田は途中までしか知らないが、あれだけの傷を治療できる人なんてこの学園にいるのだろうか。

「六戸の治療は直ぐに終わらねーよ。結構傷が多いから」

「直ぐに終わらなくてもクラスメイトなんだから待ってやるのが普通だろ!」

 東田の言うことはどんどん変わっていく。どうしても東田は六戸を待ちたいらしい。

「言ってることがころころ変わりすぎだ。俺は待たないし、六戸も待って欲しいと思っていない」

 それでも東田は保健室の前を離れようとしなかった。どうして六戸を待とうとするのか俺には分からない。もう東田は置いていこう。早く寮の部屋に行って設備も確認したいし、必要なものがあるんなら街に買いに行かなければならない。どうせまた会うことになる。東田を置いて俺は寮に向かった。



 寮は校舎の裏側にある一つの大きな建物だ。角張ったUの字の構造で下の線の真ん中にある入口が唯一の入口で、ロビーには管理人が一人常時待機している。ロビーの奥の大きな扉を開けると、そこは食堂のようだ。常時開放されてはいるが、食事が出る時間は決まっているようだ。食堂を前にしてロビーから左右に二つの道が伸びている。左が男子寮、右が女子寮となっている。俺はロビーを左に曲がって男子寮へのドアを開ける。男子寮は三階建てで一階が一般学生、二階が特待生。そして三階が特別特待生の部屋のようだ。部屋は学園の教室と一緒で廊下にドアを向けて一列に並んでいる。

 二階の寮の部屋に着いた。部屋のドアには俺の名前の書かれたプレートが付いている。俺は教室で貰った鍵を使って中に入る。

「おお……」

 思わず感嘆の声が漏れた。部屋は俺が暮らしていた家とは比べものにならないほど綺麗に整えられていた。クリーム色に近い壁紙に合わせてその色に近いソファーがリビングの真ん中に置いてある。そこから適当な距離に短足のテーブルが置いてある。ダイニングキッチンも備え付けられている。食器棚も大きくないが食器と共にある。どうやら簡単な料理はここでもできるようだ。リビングの隣の部屋は寝室らしい。寝室には一人で寝るには十分すぎるダブルサイズのベッドが鎮座している。寝室の隣にもう一つドアがある。こちらは浴室のようだ。どうやらユニットバスのようだ。風呂は俺が足を伸ばせるほどの大きさがある。

 部屋の確認はこれぐらいでいいだろう。俺はリビングに戻ってソファーに座った。程よい反発性で少し埋もれない感じが心地よかった。

しかし特待生の部屋がここまで凄いとは思わなかった。今までの生活に不満があったわけではないが矢張りこの部屋と比べるとかなり劣っているのは確かだ。こんなことを考えていると昔のことを思い出してきた。

あの村にいたころ、俺は木造の少し古びた、お世辞でも綺麗とは言い難い家に祖父母達と三人で暮らしていた。両親は俺が小さいころにドラゴンに殺されたらしい。祖父母とは農業をしながら慎ましく生活していた。俺が小さいころはまだ村人がいた。それも時代に連れてみんなどこかに行ってしまった。

朝が早かったせいで眠気が襲ってきた。時計は三時を指している。仮眠ぐらいなら問題ないだろう。昔の夢を見そうであまり気が進まないが疲れも残したくない。俺はソファーに寝っ転がると、目を閉じた。どうせ二時間ぐらいの仮眠だ。起きたら改めて買いに行くものを確認しないとな。

そうして俺は眠りについた。


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