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ドラゴン・ファイト  作者:
第一章
8/11

7

 この学校――フラルニア学園は、主な四つの建物が、中心にある中庭を囲むように建てられている。さっき俺たちがいた校舎が南側にあたる。先程の六戸の発言により、セールは半ば無理矢理に庭園に連れて行かれた。

 中庭はそれぞれの校舎から来られるように土気色の道が十字に伸びている。その道と校舎の間を芝生が敷き詰められている。校舎の側面に連なるように配置された花壇では、色取り取りの花が微風に自身を揺らしている。ここは生徒達の憩いの場になっているようで、上級生であろう生徒達が芝生に置かれたベンチやそのまま芝生に座って談笑や食事をしている生徒もいる。

 果たして、この学園にこんな場所が必要なのかは(はなは)だ疑問ではあるが、俺が此処に来たのは、そんなことではない。俺の視線の先には、道の真ん中に立った六戸とセールが向かい合っている。各々、得物(えもの)を構えている。

 六戸は、左足を前に出して身体をこちらに向けている。今朝の戦闘で使っていた棒は、膝の前に構えられている。

 一方セールはというと、腰の両型に付けていた鞘から剣を抜き、体の正面に交差させている。

 二人の決闘を観戦しにきたのは俺だけではない。俺の横には、芝生に胡座(あぐら)をかいている東田がいるし、少し右に距離を置いて、佐藤権左衛門。そして、中庭の右端の方にユーナが三角座りをしている。

「動かないな」

 二人は武器を構えたまま動く気配をみせない。出方を窺っているのか。しかし、あんなところに立っていたら、通行人に邪魔になるだろう。あの二人にそういう一般教養はなさそうだが。

 そんなことを考えているうちに動きがあった。先に動いたのは、六戸の方である。六戸は何の合図もなく攻撃を仕掛ける。俊敏な動きで間合いを詰めると、棒の端がギリギリ届く範囲で半円を描く。セールはそれを、一歩下がって避けると棒を振り切る前の六戸に右手の剣を振り下ろす。

六戸は、振り切れていない棒を無理やり戻し、棒の端で剣の腹を弾いて剣筋を逸らす。六戸は左手の剣が来る前に棒を両手で持って、セールの左手を下から弾く。

しかし、セールは痛みに顔を歪めたものの、剣は離さず、後ろに下がって距離を取る。六戸が追撃をしてこないのを確認してから、セールは手首を軽く回し、感覚を再確認している。

「あの二人、本気で殺し合ってないか?」

 再び動きを止めた二人を指さしながら、東田が驚きの顔で言った。

 確かにそうである。あくまで俺の見解だが、あの二人には手加減がない。もしかしたら二人の実力が俺の想像の範疇(はんちゅう)を超えていて、あれでも手加減しているのかもしれないが。しかし、セールは、さっきの急所――脳天――への一撃を放っている。手加減をしているつもりでも殺意があるだろう。

「そうですね、少なくとも殺意はありそうですね。あ、動いた」

 六戸が再び先に動く。今度は跳躍で距離を詰めると、頭頂部から棒を振り下ろす。セールは剣を十字に交差して受け止める。しばらくの(つば)競り合いの後、六戸は一旦離れると、棒を横にして喉元を狙った鋭い突きを放つ。セールはそれを右手の剣で逸らすと、左手の剣を横に薙ぐ。

「やっぱり殺す気満々じゃないか?」

 六戸は後ろに下がる。

「そうですね」

 右手の剣で顔に突きを放つ。

 矢張り、あの二人は本気で殺りあっているようだ。

「仲間でやりあうってこれいかに?」

 六戸は棒で弾き、上段から斜めに振り下ろす。

「あの二人は、どっちも仲間とは思ってないんでしょう」

 左手の剣で受け止める。

「マジで?」

 右の剣が六戸の顔を掠める。

「会って一日にも経ってない人を仲間だと思えって言われましてもね」

 六戸の棒がセールの右腕にめり込む。

「それでも赤の他人に殺意満々で戦うっていうのもなぁ」

 セールの制服が破ける。東田の鼻息が荒くなる。

「いや、そこは普通じゃないですか?」

 セールの胸が棒で突かれる。

「……マジで?」

 六戸の脚に切り傷が出来る。

「マジです」

 俺たちは仮にも兵隊になる身なのだからそれぐらいは普通だと思うが。情を挟めば剣が鈍る、とかよく言われているらしいし。

「……それにしても、スパッツもいいなぁ」

 それにしても、激しい戦いだ。何故か棒を持っている六戸が近距離戦になっているし。普通棒術は中から遠距離の範囲のはずだ。相手の間合いに引き込まれているように思えるが、それでも互角に見える戦いが出来ているのは、それほどの実力を持っているのだろう。

 本当にこの戦いが終わる頃にはどちらかが死んでいそうだな。

「本当に鬱陶しいですね」

 戦いの最中ではあるが、六戸はセールに話しかけた。

「別に僕は鬱陶しくないよ」

「鬱陶しいですよ! 早く私にやられてください」

 あの二人、戦いの最中なのに話せるなんて余裕だな。実力が計り知れない。それにしてもあの二人って何で戦っているんだったっけ? 確か、セールが血まみれで教室に入ってきて、六戸が血生臭いと怒って、そこで確か六戸が何か言ったんだ。確か……。

「ドラゴンを殺すのに足手まといだから。私はドラゴンを全て殺す。そのためにあなたが邪魔……」

 記憶力は良いほうではないが、これぐらいはっきりと覚えていたのは、自分と同じ信念だったからだろう。

「どうして、そうやってあなたは私の邪魔をしようとするんですか? 鬱陶しい!」

「何を言っているの? 邪魔をしているのは、君のほうでしょ」

「私がいつあなたの邪魔をしましたか。被害妄想も甚だしいです、ね!」

 六戸が一回転しながら、棒をセールの右のこめかみに叩きつけた。そのまま、勢いに任せて振り切る。セールは受け身も取らずに地面を転がっていく。

 気付けば、中庭にいるのは俺たち、今戦っている六戸とセール、それに、それを見に来た奴らだけになっていた。まぁ無理もないだろう。あれだけ激しい戦いをしていれば、いつこちら側に危害が及ぶか分かったものではない。

 セールは地面に転がったまま、動かなかった。なんだ、気絶でもしたのか? それなら六戸の勝ちになるんだろうが、まさか学園生活一日目で学年一位のセールが学年三位の六戸に負けるとは、大番狂わせもあったものである。

「あ、立った」

 しばらく倒れたまま動かなかったセールが、ふらふらと立ち上がる。いや、これはふらふらというより、ゆらゆらと、関節など初めからなかったように。人間の動きとは思えない気持ち悪さだ。さっきのこめかみへの一撃で脳がイかれてしまったのだろうか。いや、教室に血まみれで入ってきた時点で十分イかれているか。

 セールも六戸も息切れが激しい。既に二人とも満身創痍だろう。途中からガード無視の叩き合い、斬りつけ合いになっていたし。

「君はドラゴンが嫌い?」

 セールは武器を下ろしたまま、六戸に質問した。ドラゴンを殲滅するのが、目的なのに好きなはずがないだろう。六戸はまだ警戒を解かず、セールの一直線上に棒を構える。

六戸は質問を鼻で笑った。

「当たり前でしょう。ドラゴンが好きだなんて、そんな頭のイかれてる糞馬鹿駄目ドジゴミ虫阿保屑間抜け野郎がいるなら、私が矯正してやるわ。そいつがドラゴンを見た瞬間にきりかかれるようになるまでね」

「そう、やっぱりか」

 セールは、少し残念そうな顔をして、それから――。

「じゃあ、僕が君を矯正してあげるよ。ドラゴンが好きすぎて、愛しすぎて、見た瞬間に殺したくなるようになるまでね」

 とんでもないことを言い出した。

 こ、こいつ、何言っているんだ?

 頭は元々おかしいと思っていたけど、まさかあそこまでおかしいとは。いや、おかしいのは、俺の耳の方か?

「……あれ、俺の聞き間違いじゃないよな? あいつ、今とんでもないこと口走らなったか?」

 どうやら、俺の耳はおかしいわけではなかったらしい。東田が隣で口を開けたまま、呆然をしている。

 本当にあいつ、ドラゴンが好きなのかよ。愛してるのかよ。それなのに殺したいのかよ。どんな性格してるんだ、あいつ。そういえば、教室で争っていたとき、セールは六戸に、人から好きなものを取るな、と言っていた。あの言葉は、自分がドラゴンを愛している、ということを表していたらしい。

「あれが、ヤンデレってやつか……」

 東田が意味不明な単語を発したので、一体何なのか聞こうと思ったが、知らなくていいような気がしたのでやめた。

 世界には、ドラゴンを神として、崇拝する民族がいると聞いたことがある。神であるドラゴンが危害を加えるのは、人間が堕落したことへの罰で、清く正しい生活をすれば、ドラゴンに襲われることはなくなる。

そんな絵空事なんてあるはずがない。ドラゴンが神だなんて単なる現実逃避でしかない。ドラゴンは人間を喰らう化け物で、平和を脅かす敵で、滅ぼされるべき生物なのだ。その考え方は六戸も同じだったようで、セールに侮蔑の視線を送っている。

「とんだキチガイ野郎もいたものですね。ドラゴンが好きで、愛している、だなんて。そんなキチガイ野郎は矯正すらしません。この世から滅殺します」

「それは無理だよ」

 そう言うと、セールは一歩の跳躍で一気に距離を詰めた。その動きは今までと違い、速さも距離も段違い。初動が殆ど分からなった。六戸も虚を衝かれたようで、対応の反応が遅れる。セールは、頭の上から右の剣を振り下ろす。なんとか対応した六戸だったが、がら空きになった脇腹に正面から蹴りを入れられてしまい、よろけてしまう。

 そこにとんできたのが、左手の剣。その剣筋はよろけた身体に受け止められるものではなく、さらに後ろに体勢を崩す。ふらふらになった六戸に駄目押しの右手が棒を切り上げる。持ち手が甘くなった棒は、簡単に六戸の手から離れて、こちらに飛んできた。俺は軽く避けて、東田は大きく飛び退いた。

 勝負は決したようだ。左手の剣を突きつけられた六戸は苦虫を噛まされたような顔をして、上目遣いで、セールのことを睨んでいる。セールは何故か笑顔で、右手の剣を振り上げている。まさか殺したりしないだろうな。

「さぁ、どうする? 今から悔い改めるなら命だけは助けてあげてもいいけど」

 あ、あいつ、本当に殺す気だ。目が殺す気だ。これは、流石に止めないまずい。本当に殺しちまったら、見ていた俺たちまで文句言われそうだし。

 東田を見ると、怖気ついてしまったのか動かない。佐藤もいつの間にかいなくなっているし、ユーナも頭を抱えて、見ないようにしている。どうやら、もう六戸が殺されるものと思っているようだ。

 頼りにならない奴らだ。こんな奴らばっかりだと、先が思いやられる。

「誰が、あなたなんかに命乞いをしますか。あなたに命乞いするぐらいならドラゴンに食われて、死んだほうがまし!」

 いや、それはそれでどうかと思うけど。

「じゃあ、僕が殺してあげるよ」

 やっぱり殺す気か!

 俺は近くに落ちていた棒を拾ってセールに投げつけた。それと同時に走り出す。セールは横目に棒を見ると、左手の剣でそれを弾いた。そして、右手の剣を振り下ろす。

 しかし、それよりも速く――と言ってもかなりギリギリだったが、俺は二人の間に割って入り込み、セールの攻撃を俺の剣で受け止めた。



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