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ドラゴン・ファイト  作者:
第一章
2/11

1

「ありがとうございました……」

 二頭立ての馬車の運転手に運賃を払い降りると、その荘厳な建物は眼前にそびえ立っていた。王立フラルニア軍事学園。終りの見えない塀からの入り口に建物の名前の刻まれた縦看板が取り付けられている。城下町から少し離れた山間の村の横に切り開いて作った名前からもわかるようにこの学園は軍人を育成するための学園だ。しかし、対人戦になることは殆どない。お互い相手している暇がないのだ。人間は今、最大の危機を迎えているのだから。

 校門を通ると、同じ制服を着た同じ年代の人たちがちらほらいる。皆不安と期待の入り混じった表情をしているのが見て取れた。自分のああいう表情をしているのかと、ふと思った。俺は浮かんできた考えを鼻で笑って飛ばした。俺にはそんな気持ちになるはずがないのだ。路傍の石になるために俺はここに来たのだ。俺は人ごみに従い、中央の建物から少し右に離れた講堂に向かう。

 講堂の中は整然とした空気に包まれていた。教会に似た造りで、左右の長椅子に挟まれたレッドカーペットは一直線に聖壇にのびている。入り口の反対側に面する壁の半分を使った巨大なステンドグラスは背後から日差しを浴び、神々しく感じられた。それは色彩だけでなくステンドグラスで描かれた講堂にはまばらだが生徒が着席している。席の後ろには受験の時と同じ番号の紙が貼られている。俺はポケットから受験票を取り出して、番号を確認する。後ろから五番目の真ん中辺りの席。周りに生徒はまだいなかった。俺は長椅子の後ろを迂回して着席する。

 朝一番の馬車に乗ってきたので眠気が襲ってくる。仮眠ぐらいならと思い、ベルトから得物を外して、それを抱いて目を瞑る。しかし、俺の仮眠は突然の怒声に妨げられた。すっかり覚醒してしまった俺の意識は講堂の外に集中される。はっきりと何を言っているのかは分からないが、結構な大声だ。

 講堂の生徒たちは止まない怒声を不審に思ったのか、野次馬魂をくすぐられたのか、一人、また一人と講堂の入り口に向かう。どうせ素行の悪い生徒が先生に怒られているのだろう。と勝手な推測。気になりはしないが少々怒声は鬱陶しい。俺は得物を持って席を立つ。ドアの近くで様子見をしている生徒たちを横目に講堂を出て、怒声の聞こえる方を見る。俺の推測は全くもっての大外れ。怒声を浴びせているのは、俺と同じ制服を着た同級生だった。その生徒は何故か黒スーツの大男二人に挟まれている。そして怒声もとい罵声を浴びせられているのは同級生、しかも女子だった。

 背中の中ほどまで伸びた直毛の黒髪。それら全体を後ろで一本に縛った髪型で小さな額が磨かれたように汚れ一つない。目は少し細く、相手を睨んでいる印象を受ける。小さな鼻と顔立ち。真一文字に結んだ血色のいい唇は白人の彼女の中でひときわ際立っている。いわゆるクールビューティというやつだ。彼女は腰に手を当てて、罵声をずっと浴びている。

 止めようとする者は誰もいない。半径十メートルには入らず、隣にしか聞こえない声で何か話している。周りを見渡している途中で二人の教師が騒ぎを観察しているのを見つけた。片方はファイルを確認しながら、もう一人の教師と何やら言葉を交わしている。気づけば、二人の教師に目を奪われている間に状況は進展していた。

「同じことしか言えないんですか? 馬鹿の一つ覚えみたいに。まぁ馬鹿だから仕方ありませんか」

 彼女は小さな溜息をつくように、だが周りの野次馬にも聞こえる声量で言った。途端、相手の顔が湯気が出そうなぐらい赤く染まり、黒スーツの二人を叩く。黒スーツの二人はベルトに付けていた警棒を取り出し、彼女に構える。彼女はその状況になっても行動を起こさない。それは教師たちも同じ。彼らは小言を言いながら、騒ぎを収拾しようとしない。

「やれー!!」

 相手の叫ぶような合図に黒スーツたちが警棒を振り下ろす。彼女を中心とした左右からの襲撃に彼女は一歩下がって応対する。黒スーツたちは地面に叩きつけた警棒を斜めに振り上げる。腹部を狙う一対の警棒を彼女は両の手で掴んだ。

「こんなものですか、期待外れですね」

 彼女はまた溜息をつく。黒スーツたちが押そうが引こうが警棒を取り返すことができない。彼女は警棒を放るように捨て、黒スーツたちとの間合いを造る。三度向かって来ようとする黒スーツたちの足元に何かが飛来し、行動を停止させる。気づけば彼女はどこからともなく自身の身の丈以上に大きい、二メートルはある如意棒のような棒を取り出している。、右足を前に腰を落とした姿勢になっている。黒スーツたちの足元に放たれたそれは俺が見たことのない小道具だった。菱形の先端に指が一本入るぐらいの輪を付けた鉄製の投擲武器。武器の観察に集中していると、唐突に背後から何かが圧し掛かってきた。

「知ってるか、あれは苦無って言うんだぜ」

 俺は耳元で喋った声の主の方に顔を向けた。長身でメガネを掛けたもさい感じの男だ。しかも馴れ馴れしくて鬱陶しい。だがいきなり突き放すのも感じが悪く思われてしまう。ここはそつなく離れるのが得策だろう。

「すみません、重――」

「分かるか? 苦しみが無いって書いて苦無。確か極東の島国が発祥って聞いたな。それに性格のキツイことこの上ないな。顔はまぁまぁなのに性格があれじゃ誰も寄りつかないよなー。あ、俺、カルロス・大田・ロベルト・シウバ・一樹っていう日系ブラジル人なんだ。よろしくな!」

 カルロス・大田何とかとかいう男はどうやら馴れ馴れしくて鬱陶しいだけでなく、人の話も聞かない奴のようだ。カルロス・大田何とかは満面の笑みで手を差し出して来た。

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