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ドラゴン・ファイト 第一話の五
屑
目を覚ますと時計は丁度六時を指していた。一時間も余分に寝てしまったようだ。目覚まし時計を買ったほうが良いかもしれない。俺はメモを取ろうかと思ったが部屋を探したときにメモ帳がないことを思い出した。メモ帳も目覚まし時計も買わなければならないな。今日買いに行ければ良かったのだが、食堂でご飯が提供されるのが七時までだったはず。寮を出てから街に行って買い物していたら七時を過ぎてしまう。
明日学園が終わってから行くことにしよう。俺は部屋を出て食堂に向かった。
食堂は生徒達で流行りの店のようにごった返しているわけでも流行っていない店のようにガラガラというわけでもなかった。程よいという表現が正しいかは分からないが俺個人が座れるぐらいには席に空きがあった。
俺は券売機でお金を入れてカレーのボタンを押した。すると、カレーライスと書かれた券とお釣りが出てきた。それを持って受付に出す。俺の前に待っている人はおらず、すぐにカレーが出された。カレーを受け取った俺は奥の周りに誰もいない席に座った。
「あ、土田じゃねーか。何一人寂しく飯食ってるんだよ」
いざカレーを食べようとした時に背後から東田から声を掛けられ、振り向くと誰もいないと思ったが、前を向くと前の席に東田が座っていた。東田の前には狐うどんが置いてある。
「一緒に食べようぜ」
そう言って俺の返答も聞かず、うどんを食べ始める東田。食べ始めた東田を今更退けるわけにもいかず俺もカレーを食べ始める。味は可もなく不可もないと言ったところか。大して期待していなかったし食べられない味ではない。庶民にあった感じでいかにも食堂といった感じだ。
「そう言えば、六戸のことなんだけどさ」
と、東田から話題が振ってきた。それにしても六戸の話か。六戸の治療の後は知らないが大した興味もない。まぁ時間潰しには丁度良いだろう。俺は頷きながら東田の話を聞く。
「お前が行ってから五分ぐらいしてから出てきたんだ。それで――」
「誰ですか私の話をしてるのは」
東田の横から六戸が現れた。俺と東田は驚いて六戸に目を向けると此方を睨み返してきた。東田が左手をひょいと挙げる。六戸は両手でカツ丼が乗ったお盆を持っているからか挨拶を返さなかった。そして東田から席を二つ空けて座った。東田、お前嫌われてんじゃないのか。いや、六戸なら大体の人間にこういった対応をしてそうだな。
「どうして私の話をしてたんですか?」
「俺は話してない。東田の話を聞いてただけだ」
「ふ~ん……?」
六戸はカツ丼を咀嚼しながら横目で東田を睨む。東田は目線を合わせないように六戸と同じ方向を見ている。この二人の間に何があったんだ。大方、東田が何かしたとしか思えないが詳しく聞くのは六戸を見ている限り無理そうだ。
それにしても凄く当たり前のように俺達と晩飯を食ってるな、六戸。こいつなら一人で飯を食ってても普通なのに。……いや、目的は東田の監視か。
「そう言えば六戸、セールと戦ってみてどうだった?」
東田は話題を変えようとセールと六戸の戦いのことを出した。それは六戸にとって答えるのか。あまり答えたくない話だと思えるが。
「正直言って強いですね。確実に私よりは実力があります」
六戸の発言は俺にとって意外なものだった。俺の六戸に対するイメージは意地っ張りというか自分の負けを認めないタイプの人間だと思っていた。今回の戦いも、ガダンが止めなければ私はまだ戦えていた、とか言い出すと思っていた。
「意外だな、お前がそういうこと言うなんて」
俺が正直な感想を言うと、六戸が呆れたように溜息を吐いた。
「私だって自分の実力ぐらいわきまえてます。相手の実力を認められないほど馬鹿じゃありません」
その考えには賛成だ。自分の実力を認められないやつは単なる馬鹿だ。自分の実力を過信したりするやつは身を危険に晒すだけだ。
「けど、勝てない強さじゃありませんでした。まだ勝てませんがいつか必ず勝ってみせます」
どうやら六戸は負けず嫌いではあるらしい。六戸の実力であれを超えることは確かに難しくないはないだろう。
「俺も努力すればあいつを倒せたりすんの?」
東田は嬉しそうに六戸に尋ねる。
「あなたには無理でしょうね」
六戸は無表情で東田のことを見ることなく答えた。東田は口を呆然と開けたまま箸を落とした。まぁ東田では元々持ってる才能が違うだろうし、現状セールの実力は六戸の頭の二つ分は出ている。一位と三位でこれだけの差があるのだ。東田とでは一体どれだけの差があるというのか。――いや、もしかしたら俺から下は案外、差がなく俺が勝手に思い上がってるだけかもしれないが。
「話変わるけど、お前達ってどうしてこの学園に入ろうと思ったんだ?」
東田はうどんを食べ終わったので、手を合わせる。
「そういうあなたはどうなんですか?」
六戸は東田の質問をそのまま返した。
「俺か、俺は大した理由もないんだ。ほら最近はこういう学園を出てる方が根性あるように思われて、就職に印象が良いらしいからな。そんな理由だよ」
俺はそんな理由で訓練で死ぬことすらあるこの学園に入学を決めたことに半分呆れて半分驚いた。
「よくもまぁそんな理由でこの学園に入ろうと思いましたね。実地訓練では本物のドラゴンと戦って死ぬことだってあるというのに」
六戸も俺と同じ感想だったようで半分呆れた顔で言った。東田は唸りながら腕組みした。
「死ぬってのは聞いたことあるけど、あまり実感がないっていうかさ、本当に死ぬのかって思うんだよ。一人で訓練に行くわけでもないし、ドラゴンっていっても小型か、あって中型だし。変なミスしなければ、そうそう死なないって」
――すげー死にそうだな、こいつ。
俺の中の東田の印象が完全に残念なやつで固まりそうだった。六戸を横目で確認すると無表情でお茶を啜っていた。どうやら東田のことをなかったことにしようとしているらしい。お茶を飲み終えた六戸は席を立った。
「それじゃあ私はこれで失礼します。それとあなた」
六戸は東田を指差した。
「私に関することを一言でも発したら手加減しませんから。そういった舐めた理由をあまり人に話さない方がいいですよ。ま、あなたの安否なんて私に関係ないことなんですけどね」
六戸はそう言って東田の返事も聞かずに帰って行った。東田はバツの悪そうな顔でこちらに目を向けた。どうやら自分の言ったことが六戸の勘に障ったことをフォローしてほしいのだろう。
「この学園には六戸みたいにドラゴンが嫌いだとか、ドラゴンに恨みを持ったやつが来ているのも確かだ。そいつらからすれば――特にドラゴンに恨みがあるやつなんて、皆殺しにする力を付けるためにこの学園に入ってきてるやつもいるだろ。そんな奴らからすれば、お前の考えは印象が良くない。真面目に戦えって思われるぞ。だから波風立てたくないならあんまり言わないほうが身のためだってことだろ」
例えば俺とか――と心の中で答えた。俺は東田みたいな理由で入学してきたやつなんて、どうでもいいのでどうこう言うつもりはない。
そういう意味では東田はセールと似たような扱いを受けそうだ。セールはドラゴン好きで絶対ドラゴン嫌いとは相容れない。また六戸みたいなのと衝突するかもしれないな。
「俺達もそろそろ戻るか」
と言って、俺はお盆を持ち上げた。東田も席を立つ。俺達はお盆を食器返却場に返し、食堂を出た。俺達は寮に戻ると、軽い挨拶を交わして部屋に戻った。
部屋に戻った俺は風呂に入って、疲れた身体を癒す。明日から授業が本格的に始まる。今日は明日に備えてしっかり休んでいたほうがいいだろう。
風呂から上がった俺は軽く髪を乾かしてベッドに入った。
<第一話 終>