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昨日の僕

作者: ponde mind
掲載日:2026/05/04

心の澱

朝、カーテンのすき間から差し込む光が、やけに白くまぶしかった。

いつもと同じはずの部屋なのに、どこか静かすぎる。


机の上に、見慣れないノートが一冊。

昨日の夜、あんなものはなかったはずだ。


手に取ると、紙は少し湿っていて、雨にでも当たったみたいだった。

表紙には、自分の字で——


「昨日の僕より」


一瞬、背中がぞくっとする。

自分の字のはずなのに、どうしても他人のものに見えた。


ページをめくると、短い一文だけ。


「今日、放課後に駅前のベンチに行け。全部わかる」


それだけなのに、にじんだ黒いインクが妙に生々しくて、冗談には思えなかった。


———


放課後。


西日に照らされた校舎は、昼より長い影を伸ばしていた。

グラウンドからは部活の声、笑い声とボールを打つ乾いた音。


なのに、その全部がどこか遠い。


駅へ向かう道は人通りが多いはずなのに、その日だけ妙に静かで、

信号の電子音や車の音だけがやけに響く。


駅前のベンチは古びた木製で、ところどころ塗装が剥げている。

風が吹くたび、きし、と小さく鳴った。


誰もいない。


「やっぱ、イタズラか…」


そうつぶやいて背を向けた、そのとき。


「ちゃんと来たんやな」


後ろから声。


振り返ると、夕焼けに伸びた影の中に——僕が立っていた。


昨日と同じ制服、少ししわの入ったシャツ。

靴の先には乾いた泥。


なにより、その目。

鏡で見る自分より、少しだけ疲れて見えた。


「……誰や」


わかってるのに、そう聞いてしまう。


「見て分からんか?お前だよ、昨日のお前」


風が二人の間を抜け、遠くで電車がホームに入る音が響く。

低い振動が足元から伝わってきた。


「信じられんやろ。でも時間がない」


昨日の僕はポケットからノートを取り出す。

角が少し折れていて、朝見たものと同じだった。


「俺は昨日、あることを後悔した。だから、やり直しに来た」


空はゆっくり色を変え、オレンジが紫に沈んでいく。


「今日、お前は選ぶ。逃げるか、向き合うか」


心臓の音だけがやけに大きい。

声は出ない。


「一つだけ言う」


昨日の僕が、まっすぐこちらを見る。


「逃げるな」


その瞬間、電車の音がすべてをかき消して——


次の瞬間には、もういなかった。


———


帰り道。


街灯がぽつぽつ灯り始め、昼とは違う少し冷たい風が吹く。


曲がり角の先、人だかり。

近づくと、責める声と小さな反論が混ざって聞こえてきた。


中心には、友達。


うつむいて、何も言えずに立っている。


その光景を見た瞬間、足が止まる。

関わりたくない——そう思ったとき。


頭の中に、あの声。


「逃げるな」


喉が乾く。手のひらに汗。

周りの視線が怖い。


それでも——


一歩、踏み出した。


アスファルトを踏む音が、やけに大きく響く。


「やめろよ」


声は震えていた。

それでも、ちゃんと届いた。


一瞬、周りが静まる。

風が抜けて、誰かの髪が揺れた。


———


夜。


部屋に戻ると、窓の外はすっかり暗く、遠くの灯りが点々と光っている。


机の上には、またあのノート。


ゆっくり開くと、新しい文字。


「ありがとう。これで、やり直せた」


少しだけ整った字。昨日より、強い線。


ページをめくると、さらに一行。


「次は、お前が明日の僕になる番だ」


———


窓を開けると、夜風が流れ込んできた。

少し冷たいのに、どこか心地いい。


そのとき初めて思った。


明日の自分に、ちゃんと会いたいと。

胸を張って、「あの日、逃げなかった」と言えるように。

何かに努力できる人間になりたい、何かに頑張れる人間になりたい。

その“何か”すら、まだ決めてない。

何もしてない自分が一番よくわかってる。

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