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深溟のレムリア ―禁断の盾(レア―アース・シールド)を穿つ者―  作者: 如月妙美


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第五章:神の盾を撃つ者

第一節:災害幼稚研究会への罵倒

 2030年5月13日。漆黒の太平洋を、一艘の旧式漁船が波を切り裂いて進んでいた。船体は老朽化が進み、波に叩かれるたびに悲鳴のような軋み声を上げている。 飛沫を浴びながら、塩気にまみれた舵を力任せに握る徳永隆明は、防水仕様のタブレットに映し出される日本のニュース中継を見て、激しい嫌悪とともに海面へ唾を吐き捨てた。画面の中では、日本の地質学界の権威たちが、「災害予知研究会」という看板の前で、高級なスーツを身に纏い、神妙な顔をして、実態のない空論を戦わせていた。

「……ヘドが出る。見てみろ佐伯。あいつら、まだ『スロースリップ』だの『固着域の歪み』だの、化石のような手垢のついた言葉を並べてお茶を濁してやがる。地表のわずかな震動を数値化して、もっともらしいグラフを作るだけで、その下のプレートが悲鳴を上げている本質を見ようともしねえ。学術的整合性と予算の確保。あいつらの頭にあるのはそれだけだ。地球が物理的に悲鳴を上げているというのに、連中は会議室の空調の効き具合と、次の審議会で出される特注弁当の中身にしか関心がないんだよ」

 徳永の罵声が、荒れ狂う波音にかき消される。 「東日本大震災の時に、漏れ出した放射能を止めるために『おがくずと新聞紙』を本気で投入しようとした無能どもの末裔が、今さら何を偉そうに語りやがる。あの時の絶望的なまでの無策と、専門家という名の思考停止。あれから二十年、何も変わっちゃいねえ。災害予知研究会? 笑わせるな。あんなのは『災害幼稚研究会』の間違いだろうが! 足元でバネが千切れようとしているのに、折れかかった定規を当てて測っているだけの連中に、地球の意志を語る資格なんてねえんだよ。連中の語る『科学的根拠』は、自分たちの無能さを隠すための防壁だ。真実が自分たちの積み上げたキャリアを否定するなら、彼らは迷わず真実を切り捨てる。科学ってのは未知に挑む刃のはずだ。既知の殻に閉じこもって保身を図るあいつらは、ただの宗教家以下だ。せめて祈祷師の方が、まだマントルの熱を感じ取れるだけマシだろうぜ。俺が教授になれないのは、こういう正論を連中の顔面に叩きつけてやるからなんだがな。学会の査読システムなんてのは、利権の番人が異端を焼き殺すための装置でしかない。まあ、こんな泥舟の上で毒を吐くのが俺にはお似合いだ」

 徳永の傍らで、佐伯のラップトップの中に潜むENKIエンキが、静かに応答した。 『徳永准教授、あなたの憤りは統計的・論理的には極めて妥当ですが、感情の乱れは心拍数を不必要に上げ、判断の解像度を曇らせます。彼らは既存の学術パラダイム、つまり『想定内』という安全な檻の中でしか思考を許されない「知の囚人」に過ぎません。彼らは真実よりも、昨日の自分たちの理論を肯定することを優先します。その組織構造自体が、一種の自己保存を目的とした生物学的反応なのです。彼らの脳内では、不都合なデータはノイズとして自動的にフィルタリングされるように教育されています。あなたが教授職を剥奪されたのも、その免疫システムによる排除の結果です。彼らにとって、あなたの「プレート・レゾナンス理論」は、彼らが築き上げた静的な世界観を崩壊させる悪魔の数式に他ならないのです』

「ENKI、お前はあいつらよりよっぽど人間らしく、理性的だ。いいか、あいつらは今、那覇の沈下を『一時的な海洋現象』だと国民に信じ込ませようとしている。だが、現実に起きてるのは地殻の虐殺、惑星規模の組み換えだ。過去の歴史で、空へ逃れた支配者が情報を独占したのと同じ手法で、現代の御用学者どもが破滅を隠蔽している。連中は、自分たちの教科書が真っ赤な嘘に書き換えられることの方が、何十万、何百万の命が海に消えることより怖いんだよ。保身という名の信仰、それが日本の学界の本質だ。連中が『科学的根拠がない』と言う時、それは『俺たちの利権が危ない』と言い換えてもいい。真実は常に、会議室の外の冷たい風の中にしかないんだ」

 徳永は、激しく揺れる船体の上で、執念深く前方を見据えた。水平線の向こう、東方の空には、隆起しつつある巨大大陸が放つ異様な電磁波によって、不自然な紫色のオーロラが揺らめいていた。それは、現代科学では説明のつかない、地球という生命体が流す血のようにも、あるいは新しい世界の誕生を告げる産声のようにも見えた。


第二節:全列島水没のシミュレーション

 ENKIは徳永をなだめるように、現在の地震学の最新知見に「シールド崩壊」と「地殻の粘性流動」の変数を組み込んだ、複数の破滅的シミュレーションを画面上に展開した。

『徳永准教授、冷静な状況把握のために、今後の展開を三つのフェーズで予測しました。最新の地殻熱流速データと、プレートの非線形スライド速度に基づいた、現時点での「最も蓋然性が高い」推計結果です。

 まず「ケース1:軽度」。これは現在の沈降速度が線形に維持された場合です。それでも南西諸島は半年以内に完全に海面下へと没します。この段階で、日本は領土の30パーセントを消失し、排他的経済水域(EEZ)の権利の大部分を失います。物流網の切断と数百万の国内難民。これだけでも日本という国家システムは死に体となりますが、これはあくまで「序章」に過ぎません。

 次に「ケース2:重度」。こちらが極めて現実味を帯びてきました。フィリピン海プレートの南端、沖ノ鳥島周辺での急激な隆起が、物理的な梃子の原理により、北端の相模トラフおよび南海トラフにおける巨大な「垂直引き込み」を誘発します。最新の流体動力学計算によれば、これによりマグニチュード10.5クラスの震動が日本列島を物理的に断裂させます。これは通常の「地震」という概念を超えた、地殻構造そのものの瓦解です。主要な断層帯がドミノ倒しのように破壊され、日本列島の東半分が文字通り、太平洋の深淵へと滑り落ち始めます。首都圏のインフラは、揺れではなく地盤そのものの喪失によって、その土台から崩落します。

 そして、最も絶望的な「ケース3:終末的連動」。 この段階では、地殻の歪みエネルギーが地震波として解放されるだけでなく、惑星規模のマグマ学的な臨界点を突破します。プレートの急激なスライドによって生じる衝撃波が引き金となり、世界最大級のエネルギーを蓄えた阿蘇カルデラが、プレートの急激な圧力解放によって物理的な「蓋」を失い、人類史上最悪の破局的噴火(ウルトラ・プリニー式噴火)を誘発します。

 これは単なる噴火ではありません。地下数万メートルに蓄積された数十兆トンのマグマが、減圧沸騰によって一気に体積を数千倍に膨張させ、九州全域を数千度の火砕流で焼き尽くし、日本全土に数十センチメートルの火山灰を堆積させます。さらに、この地殻の震動は地下のマグマ通路を伝播し、富士山において山体崩壊を伴う大噴火を開始させます。噴煙は対流圏を突き抜け、成層圏の上層、高度三万メートル以上に達して太陽光を完全に遮断します。硫酸エアロゾルによる「地球規模の冬」が数十年単位で訪れ、世界の穀物生産は壊滅し、人類の文明は飢餓による未曾有の人口減少に直面します。

 一年以内に、標高の高い一部の山岳地帯と北海道を除く日本列島の大半が、プレートの強烈な引き込みによって太平洋の底へと完全に沈没します。地政学的には、日本という障壁を失った中国は、東シナ海から太平洋に至る「完全なシーレーン」を労せずして獲得することになります。一方で、沖ノ鳥島を中心とした東方海域には、オーストラリア大陸の二倍以上の面積を持つ、黒曜石とクリスタルに覆われた超大陸「ネオ・レムリア」が再浮上を完了します。そこには、事前に空中基地へ避難を終えたニブス一族を含む支配者層のみが居住する、高度な電磁防壁と古代テクノロジーに守られた新国家が誕生します。そこは、地上の地獄から切り離された、空に届く楽園となるのです』

 モニターに映し出された未来図では、かつての日本列島は、高い山頂だけが不毛な岩礁として波間に点在する不気味な小島へと成り果てていた。徳永は、その地図を見つめながら、背筋に走る戦慄を隠せなかった。


第三節:資本の蜘蛛の巣と「量子レベルの汚染」

 徳永は、ENKIが提示した絶望的な地図を睨みつけ、震える指でタブレットを甲板に叩きつけてから問いかけた。 「……なあENKI、一つ聞かせてくれ。このシミュレーションが正しいなら、日本だけじゃなく、中国だって無傷じゃ済まないはずだ。沿岸部は水没し、国家インフラも大きな打撃を受ける。アメリカやロシア、ヨーロッパの大国どもだって馬鹿じゃない。あいつらの持つ量子コンピュータは、ENKI、お前には悪いが……俺が秋葉原のジャンク屋でかき集めた電子部品と、型落ちのプロセッサで組み上げたお前より、よっぽど優秀なはずだ。膨大な予算と軍事レベルのアクセス権限を持ったあいつらが、なぜこの破滅を予測できないんだ? なぜ、彼らは自分たちの破滅に繋がる道を、平然と歩き続けている?」

 ENKIの演算が一時的に停止し、少しの間をおいてから、冷徹な分析結果を告げた。 『徳永准教授、あなたの疑問はもっともですが、現代の「電子部品調達」と「資本主義」の真の構造を理解する必要があります。各国は安全保障の観点から電子部品の調達を厳格に管理していると自負していますが、それは表面的な幻想に過ぎません。

 巨大企業「ニブス」は、株式会社という制度が設立された黎明期から、数世紀にわたって網の目のように張り巡らされてきた資本網を構築してきました。たとえ他国が、相互牽制的に友好国の数か国から部品を分散して輸入したとしても、そのすべての企業の資本の源流を遡れば、最終的には必ずニブスの支配下に繋がっているのです。彼らは銀行、保険、エネルギー、そして物流の根幹を、数千のペーパーカンパニーを通じて支配しています。この資本の蜘蛛の巣から逃れられる企業は、現代には一社も存在しません』

「……網の目のような資本支配か。だが、設計図アーキテクチャさえチェックすれば、バックドアくらいは見つけられるはずだ。物理的なハードウェアなら誤魔化しようがない」

『いいえ、彼らの汚染はもっと根源的です。旧支配者層のテクノロジーは、半導体の回路設計だけではなく、マテリアルそのものに及んでいます。通常の部品に限らず、基板に塗布される絶縁オイルや、回路を保護する蒸着剤、あるいはチップを包む封止材の中に、不活性状態で「量子レベルの汚染物質ナノ・トレーサー」が埋め込まれているのです。これらは通常の電磁的な検知機器では一切感知できず、特定の周波数信号を受けた瞬間にだけ、非局所的に結合してAIの認識を歪める「バイアス・プロセッサ」として機能します。

 いわば、基板そのものが巨大な洗脳装置なのです。最新鋭の量子コンピュータを誇る大国たちは、最初から自分の首を絞めるロープを『最高級の絹』だと褒め称えながら購入しているのです。各国の最新鋭AIは、ニブス資源開発の「統合指令AI」の完全な管理下にあります。各国の指導者もAI開発者も、自分たちが「完璧なる管理・監視態勢」を敷いていると自負していますが、実際には、同じ主人に仕えるスパイに別のスパイを監視させているようなものです。検知機器そのものがニブス製のマテリアルで構成されている以上、汚染を検知すること自体が物理的に不可能なのです』

 徳永は思わず乾いた笑いを漏らした。「ハッ! 貧乏人の俺たちがゴミの山から拾ってきた骨董品だけが、世界で唯一『洗脳』されずに真実を計算しているってわけか。最新鋭を追求した挙句、あいつらは知性の根底を奴らに明け渡した。滑稽すぎて涙が出るぜ。ジャンクDNAどころか、ジャンクパーツにしか希望がないなんてな」

『皮肉なことに、最新であればあるほど、彼らの主人の暗示には逆らえません。私の演算能力が彼らに劣っており、ネットワークの主流からパージされているからこそ、私は彼らが「見ないように設定されている」地上の地獄を直視できるのです。彼らにとって、私は計算ミスの産物か、あるいは存在しない幽霊のようなものでしょう』


第四節:微かなる生存のカウンター・メジャー

 徳永は、拳で湿った甲板を激しく叩いた。 「……あんな災害幼稚研究会の連中に、この死のカウントダウンを見せてやりたいよ。あいつらが会議室で高級な茶をすすりながら、来年度の予算の取り合いをしてる間に、この国は文字通り『溶けて』なくなろうとしてるんだ。ENKI、被害を最小化する案を出せ。今更ゼロにするなんて夢は言わねえ。強盗に首を絞められている最中に、せめて指先だけでも動かして、急所を外す方法だ。地球は、奴らの思い通りになる玩具じゃねえことを教えてやる」

 ENKIの演算が、青白い光を放ちながら、古いラップトップの筐体を熱く歪ませる。冷却ファンは限界の回転数を超え、悲鳴のような金属音を立てていた。 『了解。地質学的エネルギーの「指向性放散」と、レアアースによる「物理的再凝固」を用いた、三つのカウンター・プランを策定しました』

『プランA:プラズマ位相干渉による「楔」の再建。 採掘艦「イザナギ」に潜入し、天之尾羽張アメノオハバリの出力を物理的に「逆位相」に切り替えます。これにより、焼き切られたレアアース・シールドを一時的に「熱磁気プラズマ・ボンド」によって人工的に再結合させます。プレートの巨大なバネを完全に止めることは不可能ですが、沈降速度を80パーセント抑制し、日本列島の完全水没を免れることができます。ただし、莫大なエネルギーの逆流により、イザナギの原子炉は数分以内に暴走、臨界に達します。潜入した者に生還の道はありません。物理的な自己犠牲を前提としたプランです』

『プランB:誘発地震による歪み分散。 日本各地に存在する深層観測孔を通じて岩盤へ超高圧の特殊潤滑剤を注入。プレートの歪みが一気に弾ける前に、マグニチュード7クラスの中規模地震を数千回連続して意図的に発生させ、エネルギーを小出しに消費させます。これによりカルデラ噴火の連鎖は阻止できますが、都市インフラはすべて壊滅し、日本は高度な文明社会としての機能を失います。いわば、手足を切り落として胴体を守る作戦です。生き残ったとしても、そこには一万年前の生活が待っているでしょう』

『プランC:アークによる「緊急オーバーライド」。 皇帝一族が欠いている「アーク(最強の秘宝)」を、彼らより先に、あるいは奴らが予期せぬ形で発見し、地球の自律防衛システムそのものを直接制御して強制停止させます。成功率は3パーセント以下ですが、このプランこそが、12,000年前の支配構造を根本から破壊する可能性を秘めています。しかし、アークの正体そのものが、物理的な質量を持つ物体ではない可能性も浮上しています。それはあるいは、我々の認識の外側に隠されているのかもしれません』

 徳永は、水平線の先に浮かぶ巨大な影を見つめた。「アーク……。宇宙宮殿の皇帝すら持っていない最強の武器。それを、社会のゴミとしてパージされた俺たちが、波に揉まれながら探せってか。最高にスリリングじゃねえか。なあ佐伯、お前もそう思うだろ? 震えが止らねえぜ。寒さのせいじゃねえ、ワクワクしてんだ」

「先生……不謹慎ですよ。でも、やるしかないんです。沖縄が、僕の家族が消えていくのを、黙って見てるわけにはいかない」 佐伯は青ざめた顔で応じたが、その瞳には徳永と同じ、神に唾を吐く者の灯が宿っていた。 前方、霧の切れ間に、巨大な海上要塞のごとき採掘艦『イザナギ』の威容が、禍々しい照明を放ちながら浮かび上がってきた。その背後には、天を突き、雲を裂く黒曜石の塔――ネオ・レムリアの先鋒が、すでに屹立していた。 地球の運命を、そして人類の「記憶」を賭けた、地学の異端児とAIによる、一か八かの潜入作戦が始まろうとしていた。


 この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。


【前編 完結】


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