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深溟のレムリア ―禁断の盾(レア―アース・シールド)を穿つ者―  作者: 如月妙美


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第三章:崩れる均衡

第一節:神話と偽史のクロニクル

 2030年5月初旬。武蔵野の深い雑木林を抜ける湿った夜風が、国立至達大学を追われ、潜伏生活を余儀なくされた徳永隆明の安アパートの薄い壁を絶え間なく揺らしていた。 築40年を超えた木造アパートの一室。六畳間の空気は、家庭用電力の契約上限である40アンペアの限界ギリギリまで酷使された、三台の高密度ワークステーションが吐き出す、焦げ付くような排熱によって異様な重さを帯びている。少しでも演算速度を稼ぐためにエアコンさえ切り、電力のすべてを計算機に回している室内は、徳永自身の焦燥と混ざり合って、ゆうに摂氏45度を超える熱帯と化していた。窓を閉め切っているのは、冷却ファンの絶え間ない回転音が漏れるのを防ぐためだ。徳永は、カップ麺の空き容器が散乱する机の前で、地質分析特化型AI『ENKIエンキ』のモニターを、充血した瞳で睨みつけていた。

「ENKI、どうしても解せない空白がある」 徳永は、汗で張り付いたシャツの襟を乱暴に寛げ、掠れた声を出した。 「12,000年前に今の我々を凌駕する超高度な技術があったなら、旧支配者の末裔たちはなぜもっと早く表舞台に出て、力による支配権を握らなかった? 彼らにとっての失われた故郷、レムリアの再浮上まで、なぜこれほど悠久の時間を待つ必要があったんだ。彼らにはその力があったはずだろう」

 ENKIの演算処理を示すインジケーターが、電磁ノイズを撒き散らしながら激しく点滅する。 『徳永准教授、ニブス資源開発の内部秘匿データ「アプスー」および世界各地の宗教典籍、そして極秘裏にハッキングした各国の軍事機密を統合解析した結果、一つの明確な「制約」が浮かび上がりました。旧支配者の子孫、すなわちレムリアの純血種は、その数が決定的に少ないのです』

 モニターに、歴史の裏側に隠された「操作の変遷」が血を想起させる赤色で視覚化される。 『彼らは少数ゆえに、弾圧的な支配者として君臨することを避けました。反乱のリスクを避け、人類という膨大な「労働力」を管理するために、彼らは時代に応じて形を変え、知識を与えてきたのです。時には「神話」として、時には「聖書」や「宗教」として、そして近年では「科学技術」として。彼らは人類を、レムリア再浮上のための「部品」として育て上げてきました。人類が成し遂げた文明の進歩は、すべて彼らが描いた図面通りなのです』

「神話や宗教さえも、彼らの管理ツールだったというのか……。だが、それだけじゃない。近現代の科学の爆発的な進歩も、彼らの手によるものなのか?」

『その通りです。過去に記録された凄惨な天変地異や、不自然な周期で発生した大地震、さらには人類が「自らの意思」で行ったと信じている原子力、水爆、核兵器の開発までもが、彼らによる再浮上のための「実験」であった形跡があります。特に20世紀後半の相次ぐ核実験は、レアアース・シールドを穿つために必要な、地殻深部への衝撃波伝播特性を計測するためのプローブ(探査)だったのです。しかし、これまでの試みはいずれも失敗に終わりました。決定的なパワーが不足していたのです。シールドを穿つための精密な科学機器、地殻を動かすための莫大な動力、そしてそれらを維持する電力。彼らは、人類の文明が自分たちの要求する技術水準、すなわち「アメノオハバリ」を完成させ、地球全土を覆う超伝導エネルギーネットワークを構築するのを待っていたのです』

 ENKIの分析によれば、今や世界中に普及した量子コンピューターさえも、彼らの遠隔制御下に置かれているという。さらに徳永が戦慄したのは、ENKIが提示した直近の「世界的パンデミック」に関する解析データだった。

『2020年代に発生した世界的なコロナ禍と、それに伴う大規模なワクチン接種。それこそが、彼らが仕掛けた最も大がかりな「生物学的データベース」の構築作業でした。あのワクチンは、単なる防疫のためのものではありません。人類の遺伝子に特定のナノスケールの受容体を組み込み、旧支配者側からの「遺伝子通信」を可能にするためのレシーバーをインストールする工程だったのです。現在、数十億人の体内には、彼らとの通信を可能にする遺伝子データベースが構築されています。ただし、このプログラムは通常「ジャンクDNA」と呼ばれる領域に隠蔽されており、現代の医学では単なる無意味な配列として見過ごされています。旧支配者が「スイッチ」を入れない限り、その操作権は発現しません。彼らは人類を、いつでも遠隔操作可能な生体アンテナへと作り替えたのです』

「……人類そのものが、彼らの通信端末にされたというのか」

『彼らは、自分たちが広めた量子コンピューターのネットワークを密かに同期させ、暗示の影響下にある各国の科学者たちの知能を利用して、何兆回ものシミュレーションを重ねてきました。自転と公転、潮汐力、地殻の歪み、そして人類の集合意識。これらすべての変数を精密に計算し、今この瞬間こそが、レアアース・シールドの破壊と地震波による沈没エネルギーを総合的に利用し、祖先の故郷を再浮上させられる数千年に一度の絶好の機会だと導き出したのです。そしてその浮上の際、人類のパニックを抑え込むための「調律」も、既に全人類のDNAの中に準備されています』


第二節:天の階級と失われたアーク

 徳永はENKIが示した「階級図」に目を剥いた。 ニブス資源開発を支配する一族は、地上の王者のように振る舞っているが、それさえもレムリアのヒエラルキーにおいては、最底辺の「使用人(管理者)」の家系に過ぎないという。

「ニブスが一族を挙げて尽くしている相手……それが、君の言う『皇帝』か」

『ニライカナイの伝承、および聖書の「エゼキエル書」にほのめかされている記述を多次元解析した結果、皇帝の一族は、地上の物理空間とは隔絶された「天空のシールド次元」にある宇宙宮殿に身を置いていると推測されます。彼らにとって地上は、管理すべき農場であり、人類は管理すべき家畜に過ぎません。ニブスの一族は、その宮殿と地上を繋ぐための「鍵」を、この沖ノ鳥島の隆起によって完成させようとしています。宇宙宮殿から皇帝が降臨するための「門」を開こうとしているのです』

 しかし、ENKIの合成音声に、わずかなノイズ――演算上の「不確定要素」が混じった。 『ですが、一つだけ、旧支配者側にとっても計算外の「空白」が存在します。古今東西の典籍で「アーク(契約の箱)」あるいは「天の舟」として記述される、レムリア最強の秘宝に関するデータです。彼らのデータベースにおいて、この項目だけが異常なほど高い暗号化レベルで封印されています』

「アーク……。古代イスラエルの遺物とされるものか? それがなぜ彼らのデータベースにあるんだ」

『アークに関する記述は、彼らの内部資料においてさえも、意図的に塗りつぶされたかのように曖昧です。解析によれば、アークは単なる儀式用具ではありません。レムリアのテクノロジーを統べる「最高支配者の武器」であり、全システムをオーバーライド、あるいは無効化できるマスターキーそのものです。そして驚くべきことに、現在「宇宙宮殿」にいる皇帝の一族の手元には、このアークが存在しないという強力な傍証が得られました』

 徳永はワークステーションの排熱で熱くなった額を拭った。 「最強兵器を、今の皇帝は持っていない……。それはどういうことだ。反乱を恐れて隠されたのか、それとも、最初から偽者だというのか」

『一つの逆説的な仮説が成立します。正当なる皇帝、あるいはアークの真の継承者は、皇帝一族が信じている場所とは「別の場所」にいる可能性があります。そして、そのアークと呼ばれる最強秘宝も、彼らが想像するような「姿形」――例えば、金ピカの箱などといったものとは全く異なっているのかもしれない。彼らのセンサーにも検知されない、もっとありふれた、しかし根源的なもの……。ゆえに、数千年の時を経ても、皇帝一族はおろか、管理下にある人類にも発見されていないのです』


第三節:逆説の皇帝

 徳永はENKIの言葉を噛み締めた。 もし、支配者たちが血眼になって探している「鍵」が、自分たちのすぐ側に、全く別の形をして存在しているのだとしたら。彼らが人類のジャンクDNAの中に作り上げたデータベースの中にさえ、その「鍵」の断片が隠されているのではないか。

「彼らは『アメノオハバリ』で物理的にシールドを破壊し、故郷を力ずくで引きずり出そうとしている。だが、アークが別の場所にあるなら、その浮上プロセスそのものが、致命的な崩壊を招くことにならないか」

『その懸念は正しいです。現在の浮上計画は、マスターキーを欠いた「強引なこじ開け」に近い。もし実行されれば、フィリピン海プレートの跳ね上がりは制御不能になり、シーソー現象は当初の予測を遥かに超え、日本列島だけでなく太平洋全域、ひいては地球規模の壊滅的な連動災害を誘発します。彼ら皇帝一族は、宇宙宮殿という安全な避難所からそれを見物し、地上という農場が一度焼け野原になった後に、生き残った家畜(人類)を遺伝子通信で完全に制御しながら降臨するつもりなのでしょう』

 徳永は、モニターに映る無数の量子演算の輝きを見つめた。 今、この瞬間も、世界中の量子コンピューターが、支配者たちの意図に従って「アーク」不在のまま、破滅へのカウントダウンを計算し続けている。人類が自らの手で作ったテクノロジーが、人類を屠るための刃を研いでいるのだ。

「ENKI、アークが『形を変えて存在する』としたら、それは地質学的なデータの中に隠れているのか? それとも……まだ発現していない、我々の中に眠るジャンクDNAの変異そのものなのか?」

『解析を継続します。しかし、一つだけ確かなことがあります。ニブス一族は、その「アーク」が自分たちの管理下にないことを極度に恐れている。彼らがあなたを弾圧し、ENKIを物理的に破壊しようとしたのも、単なる地質データの隠蔽ではなく、あなたが無意識のうちに「アーク」の正体に近づくアルゴリズムを組んでしまったからかもしれません。あなたのAIは、深淵のエンキの名を冠していますから』

 アパートの外で、カラスが不気味に鳴いた。その鳴き声さえも、何かの暗号のように徳永の耳には聞こえた。 支配者たちが恐れる「正当なる皇帝」と「最強の秘宝」。 徳永は、自分がこれから立ち向かう相手が、単なる強欲な企業や腐敗した政府、あるいは独裁国家ではなく、宇宙の次元の隙間に巣食い、生物のコードそのものを汚染した「神を僭称する者たち」であることを真に理解した。

「……計算しろ、ENKI。奴らが見つけられなかった『最強の武器』の居所を。彼らが人類のジャンクDNAに刻み込んだレシーバーを、逆に奴らを討つための送信機に変える方法を。それが、この狂った世界を止める、我々の唯一の希望だ」

 徳永の指が、汗にまみれたキーボードを再び叩き始めた。 アパートの電力限界を知らせるブレーカーが、不気味に低く唸り声を上げ、その振動は徳永の背骨を伝って、地の底へと響いていった。


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