第2話:メリーさんの通信傍受
「いま、あなたの後ろにいるの」
そんな電話が、警視庁の相談窓口に殺到していた。
通報件数は千件を優に超え、回線がパンク寸前だ。
すべて非通知。着信拒否をしても、別の番号からかかってくるという徹底ぶりだった。
「……メリーさん、ですね」
九条が資料をまとめる。デスクの上には、被害者たちの悲痛な訴えを記した報告書が山積みになっている。
有名すぎる都市伝説だ。
捨てられた洋人形が、持ち主に電話をかけながら徐々に近づいてくるという怪異。
最後には「後ろ」まで来て、振り返った者を殺すとも、連れ去るとも言われている。
「でも、おかしくないですか? 被害者の数が多すぎます。物理的に一人の怪異が、一晩で千ヶ所も回れるわけがない」
「スパムメールみたいなもんね」
裂は興味なさそうに爪を磨いている。
真っ赤なマニキュアが、蛍光灯の光を反射して妖しく光る。
「一斉送信してるんでしょ。効率化ってやつよ。現代の怪異は足を使わないの」
「効率化……メリーさんがですか? 情緒も何もあったもんじゃないですね」
「怪異だって進化するのよ。いちいち徒歩で移動してたら日が暮れるでしょ。それに、今はみんなスマホを持ってる。ターゲットには事欠かないわ」
彼女は爪ヤスリを置いた。ふぅ、と息を吹きかけ、仕上がりに満足したようだ。
「湊くん、逆探知できる?」
「え、怪異の電話をですか? 幽霊からの着信なんて、解析不能じゃ……」
「できるわよ。物理的な回線を使ってるなら、必ず発信源があるはず。思念波とか霊波じゃないなら、NTTの管轄よ」
言われてみればそうだ。
九条は科捜研に協力を仰ぎ、通信記録を解析した。
膨大な通話ログ。それらを地図上にプロットしていくと、ある一点から放射状に伸びていることが判明した。
結果は驚くべきものだった。
「……発信源、特定できました」
都内某所の雑居ビル。
表向きはレンタルサーバー業者だが、実態は不明だ。
そこの地下サーバー室から、大量の「メリーさんコール」が自動発信されていたのだ。
「行くわよ。そこに本体がいる」
裂が立ち上がった。
その手には、例の大鋏が握られている。その存在感だけで、オフィスの空気が冷えた気がした。
* * *
現場の雑居ビルに突入すると、そこは異様な光景だった。
冷却ファンの轟音が響く薄暗い部屋。
無数のサーバーが壁一面に並び、不気味なほどの熱気を放っている。
まるで巨大な生物の体内にいるようだ。
明滅する赤と緑のパイロットランプが、無数の目のようにこちらを監視している。
生暖かい風。機械油の臭い。そして、微かに漂う焦げ臭い匂い。
過負荷で回路が焼き切れそうな寸前の、悲鳴のような高周波音が鼓膜を刺す。
そして、部屋の中央にある巨大なモニター群には、「後ろにいるの」「開けて」「遊ぼう」という文字が、呪文のように無限にスクロールしていた。
「……ここがメリーさんの巣窟か。まるでサイバーテロの拠点だな」
「趣味悪いわね。デジタル化もいいけど、情緒がないわ。手書きの手紙を届けるくらいの真心が欲しいものね」
裂がサーバーの一角に近づく。
ケーブルが複雑に絡み合う中心。そこに、「それ」はいた。
フリルの付いたドレスを着た、古びた洋人形。
しかし、その背中からは無数のLANケーブルが伸び、サーバーと直結されていた。
ガラス玉の瞳が、青色LEDのように明滅している。
「見つけた」
『……ワタシ、メリーさん。イマ、アナタノ……』
人形が首を回した。
ガガガ、とサーボモーターのような音がする。
スピーカーから、合成音声のような無機質な声が響く。
『ウシロ……ハッ?』
人形が固まった。
処理落ちしたように、首が小刻みに震える。
裂が、人形の後ろに立っていたからだ。
いつの間にか回り込んでいたのだ。
「残念ね。アンタの後ろは私が取ったわ」
『エ、エラー……対象ヲ認識デキマセン……ポジショニングエラー……』
「自分の後ろを取られるなんて想定外だった? 所詮はプログラム通りにしか動けない哀れな人形ね」
「それに、美しくないわ」
裂は冷徹な眼差しで人形を見下ろした。
無機質なケーブル、点滅するLED、唸りを上げるファン。
かつて日本中を恐怖させた「メリーさん」の面影は、そこにはなかった。
「怪異ってのはね、もっとこう、湿り気とか、情念とか、ワビサビが必要なのよ。こんな無機質なサーバールームで、自動送信プログラムに成り下がって……恥ずかしくないの?」
『……コ、効率化……最適化……』
「うるさい。アンタのそれは進化じゃない。退化よ」
裂が鋏を振り上げた。
金属の刃が、サーバー室の青白い光を反射して煌めく。
「後ろを取る場所自体を消してあげる。二度と誰の後ろにも立てないようにね。……デジタルの海で溺れなさい」
「ちょ、口元さん! データ保全とか証拠品とか……!」
「物理的ハッキングよ!」
ドガァァァァン!!
豪快な音が響き渡る。
裂の一撃は、サーバーラックごと人形を粉砕した。
鋼鉄のラックが紙屑のようにひしゃげ、火花が散る。
モニターが一斉にブラックアウトし、部屋が闇に包まれた。
『ギャ……ア……』
人形は断末魔を上げることもなく、ただのプラスチックとシリコンの塊と化した。
首が転がり、九条の足元で止まる。青い光は既に消えていた。
「……はい、解決。これでもうイタズラ電話は止まるわ」
裂がコートについた埃を払う。
「メリーさん、現代のネットワーク社会に適応しすぎた末路ね。便利さを求めて、自分の本質を見失ったのよ」
「……あ、あの、これ器物損壊で始末書ものじゃ? ビルのオーナーから請求来ますよ」
九条がおずおずと尋ねる。
破壊されたサーバーの総額を計算し、目眩を覚えた。
(サーバーラック一台で数百万……それが五台。さらに空調設備に、床の補修費……ざっと見積もっても三千万コースか?)
九条の顔からサーッと血の気が引いていく。
自分の年収が何十年分だろうか。退職金の前借りどころか、来世までローンを組まなければならないかもしれない。
「あの、口元さん。これ、本当に経費で落ちますよね? 落ちなかったら俺、マグロ漁船に乗ることに……」
「知らないわよ。経費で落としなさい。日本の平和を守ったんだから、安いもんでしょ」
彼女は破壊されたサーバーの山を背に、涼しい顔で歩き出した。
カツカツとヒールの音を響かせて。
最強のセキュリティソフト(物理)がここにいた。
九条は深いため息をつきながら、残骸の片付けを始めた。




