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わしらが死んだら金の延べ棒をあげよう

作者: 仲瀬充
掲載日:2026/01/07

「母さんや、昨日テレビでみた世界遺産のアルベロベッロというのはどこの国だったかな?」

「ベロベロバー? 私たちはじきにイナイイナイバーですよ」

「おっ、もう1時半か。とんだ夜更かしをしてしまった」

「お父さんボケてますよ、昼の1時半です。お昼ご飯を食べたばかりじゃありませんか」

「飯を食った覚えはない」

「それにしては私、お腹空いてませんけど」

「母さんこそボケとるな。一緒にトーストとハムエッグを食べたじゃないか。おや? 誰か来たようだぞ」


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


「伯父様、伯母様、こんにちは。今日はお庭の雑草取りに来ました」

「家政婦さんにはご苦労かけるわね、庭が広いものだから」

「今日は娘も連れてきました。美樹、さっそく庭に回るわよ」


「フフッ。おばさん、ママのことを家政婦さんだって」

「私が(めい)だってことも分からなくなってるのよ。さ、始めましょ」

「すぐ終わりそうね。こんな狭い庭を猫の額みたいって言うんじゃない?」

「ここと違って伯父様の昔の家は都内の一等地にあってそりゃ広かったのよ。家政婦さんも二人いたし」

「へえ、昔は本物のセレブだったんだ」

「お父さんに連れられて遊びに行くのが楽しみだったわ。外国のクッキーやチョコレートをもらったりしてね。うちじゃ10円のチロルチョコしか買ってもらえなかったから」

「チロルチョコってママが小さい頃からあったんだ」

「そうよ、伯父様に1個あげたら初めて見たって言って興味津々(しんしん)だったわ。外側だけチョコレートでコーティングしてあるのが面白いって。あの頃うちは貧しかったからお菓子だけじゃなく服なんかも頂いてたのよ」

「おじさんとおばさんはその頃に戻ったつもりで芝居してるのかな」

「認知症だからお芝居じゃないのよ。二人の会話もとんちんかんだけどお互い気にならないみたい」


「疲れたでしょう? お茶が入りましたよ」

「ありがとうございます。美樹、お呼ばれしましょう」

「まだ20分もたってないのに?」

「しっ! 伯母様たちのペースに合わせるのよ」


「とても美味しいですね」

「家政婦さんもお分かりになる? ミルクティーはやっぱりアールグレイに限るわね」

「このカップも素敵ですね」

「まあ、娘さんもお目が高いこと。マイセンやロイヤルコペンハーゲンもいいけどお紅茶の時はイギリスのウエッジウッドでなきゃ。ね? お父さん」

「うむ。ところで娘さんは何をしておるのかな?」

「学生です。建築の勉強をしてます」

「ほう、それはそれは。男どもに交じって大変じゃろう」

「ええまあ。実習の時は重い材木やセメント袋も担ぎますし」

「ごちそうさまでした、草むしりが残ってますので。美樹、庭に戻りましょう」


「ママ、なにを笑ってるの?」

「だってあんたがカップが素敵なんて言うんだもの」

「ママにならっておばさんたちに合わせたのよ。百円ショップのメーカーのものだったけど」

「でもね、伯父様や伯母様と調子を合わせて話しているとこっちまで優雅な気分になれるのよ」

「まるで貴族ごっこね。でもおじさんはどうして落ちぶれちゃったの?」

「貸しビル業で順調にいってたんだけど不動産業者の勧めで手を広げすぎたのよ。転売目的でマンションを何棟か買ったとたんにバブルがはじけたってわけ。破産して無一文になっちゃったから私のお父さんがこの借家を世話してあげたの」

「おじさんたちは子供は?」

「亡くなったの。息子さんが東北のほうで所帯を持ってたんだけど例の大震災でね。破産した上にそんなことまで重なって。それからよ、伯父様と伯母様が少しずつおかしくなっていったのは」

「ふうん、すごい気の毒。さてと、ママ、終わったよ」

「ご挨拶して引き上げましょう。家の中は今度ということにして」


「お父さん、家政婦さんたちが帰りましたよ。来週の日曜日にまた来ますって」

「感じのいい親子だな」

「ええ本当に。なんだか他人とは思えないわ」

「わしたちの息子の代わりに遺産を譲ってやってもいいな」

「ボケたんですか、お父さん。うちに借金はあっても財産はありませんよ。どれ、新聞を取ってきますね」

「新聞? 母さん、ボケとるな。朝じゃなくて夕方の6時だぞ」


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


「伯父様、伯母様、こんにちは。今日は家の中を」

「あら孝子さん。それに娘さんの美樹ちゃんだったかしら、お世話になるわね」

「伯母様、私が分かるんですか?」

「当たり前じゃないの。姪っ子を忘れたりするものですか、ねえお父さん」

「ん? ああ……」

「孝子さん、旦那様もお元気?」

「ええ、今日は接待ゴルフに出かけるのでくれぐれもよろしくということでした。天気がいいのでお布団を干しますね。美樹、一緒に外に運んで」


「ママ、どういうこと? びっくりしちゃった」

「俗に言うまだらボケね。今日は頭がはっきりしているみたい。伯父様は少しあやしかったけど」

「布団を干してる間はどうするの?」

「キッチンの掃除ついでに何かお昼をつくってあげようかしら」


「お口に合います? 手延(ての)べうどんの乾麺があったのでざるうどんにしてみたんですけど」

「美味しいわ。家政婦さんはお料理も上手なのね」

「母さん、家政婦さんじゃなくて孝子さんじゃないか。すまんな孝子さん、母さんはボケとるみたいだ」

「いいえ、お気になさらずに。美樹、食べ終わったら食器をキッチンに運んで」

「うん」


「ママ、私、頭がクラクラしそう」

「私もよ。短い時間で交代してボケるなんて漫才みたい。お茶を出すから美樹は食器を洗って」


「孝子さん、さっきの手延べうどんだが手延べの意味を知っておるかな?」

「機械じゃなくて手作りってことじゃないんですか?」

「正確に言えば手で延ばしたうどんということだな。繰り延べるとか延べ何名とか言うように、延べるというのは延ばすという意味なんじゃ」

「そうなんですか、勉強になりました」

「それではほら、そこの仏壇の脇に3本、ピラミッド型に積んであるのは?」

「さっきのお話からすると金の延べ棒ですね、金を延ばした棒」

「正解じゃ。わしらが死んだら孝子さん、あれは3本ともあんたにあげよう」

「ありがとうございます。美樹、干してる布団を取り込んだら帰るわよ」


「金の延べ棒をくれるっていうんだから大喜びしてみせればよかったのに」

「さすがにそれは白々しいわ」

「金の延べ棒型のあの金ぴかの紙箱は何? けっこう大きいけど」

「カステラかなんかが入ってたんじゃないかしら」

「じゃ空っぽなんだ」

「それがすごく重いのよ。箱にピッタリ合う形に伯父様がつくったセメントの(かたまり)が入ってるから」


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


「看護師さん、伯父の具合はどうですか?」

「奥様を亡くされたのがこたえたみたいですね。あまりよくありません」

「じゃ認知症のほうも?」

「ずいぶん進行しています。ある事ない事取り交ぜてお話しになるので私たちも混乱してしまいます」

「分かりました。美樹、病室に行きましょう」


「伯父様、お加減はどうですか?」

「おお、孝子さんに美樹ちゃんか。今日は頭がさえとるんで今後のことをあれこれ考えとった」

「あの、入院費用のことは心配しないでいいと父が言っていました」

「この年になって弟の世話になるとはな。礼を言っておいておくれ」

「はい。それと、明日あたりお宅のほうに伺って久しぶりにお掃除をしようと思っていますが」

「それはありがたい。わしも長くはないじゃろうから今後使いそうにないものはどんどん捨ててくれ。それと」

「何でしょう?」

「金の延べ棒は持ち帰ってくれ。弟やあんたへのお礼だ。破産した時、金目のものは赤札を貼られて全部差し押さえられたが、あれだけは管財人が見落とした」

「そうだったんですか、ありがとうございます。今日はこれで失礼しますけどお大事に」


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


「わあ、ほこりだらけ。おばさんが脳溢血で倒れて以来だから2か月ぶりだもんね」

「美樹はこの部屋とリビングをお願い。私は水回りを掃除するから」

「ママ、この金の延べ棒どうするの?」

「持ち帰ってくれって言われたからうちで処分しましょう」

「おじさん、昨日はしっかりしてるように見えたけどやっぱりボケてたのかな。セメントの延べ棒を破産管財人が差し押さえるわけないよね」

「そうね、何だかかわいそう。失くしてしまった財産のシンボルなのかしら、こんなものに執着し続けるなんて」

「とりあえず車に積むよ。あれっ? 重い!」

「当たり前よ、セメントの塊だもの」

「違うわ。大学でしょっちゅう扱ってるけどセメントはここまで重くない」

「箱から出してごらんなさい」

「うん」

「ほら、セメントの塊でしょ」

「でも……。もしかして! ママ、金づちある?」

「さあどこかしら。何に使うの?」

「叩いてみる」

「それならもう一つ箱から出して金づち代わりにすれば?」

「ママ、頭いい」

「そんなにひどく打ちつけて何を、えっ? あら? まあ!」

「やっぱり! セメントで薄くコーティングして管財人の目をごまかしたんだ。ママが昔あげたチロルチョコをヒントにしたのかもね」

「じゃ伯父様、ボケてたんじゃないのね。10円のチョコが何百万円にもなって返ってくるなんて……」

「何百万? とんでもないわ、この大きさなら1本4千万に見積もって3本だから……、あっ、ママ、しっかりして!」

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