1-6 体力測定①━数値は嘘をつかない━
ユリィ・フロストと初めての会話をした翌日。
この日は体力測定の日。
幸いながら天候に恵まれ、青空の中に、アクセントとして小さな白い雲が部分的に浮かんでいる。
4月ということもあり、太陽が見えていても、夜の冷えた空気がまだ残っているのか、人によっては若干肌寒いかもしれない。
朝9時、新入生120人━9割9部の生徒が、半袖ハーフパンツの体操服で、グラウンドの砂場に整列している。
グラウンドは一般的な陸上競技場と同じくらいの規模で、12人×10人の行列集団には十分過ぎる。
少し恰幅の良い体育の教員より、体力測定の説明を真面目に聞く。上体起こし、長座体前屈、反復横跳び、握力測定など、一般的な学校でも行われる定番の内容だ。午後からは10kmのマラソンもあるのだとか。
和真は、説明が途中から退屈になったので目線を左右に揺らすと、服装が1人だけ異なる事に気づいた。
ユリィだ。夜の鍛錬中もそうだが、彼女は長袖長ズボンの学院指定のジャージを着用している。もちろん、ルールの範囲内なので誰も文句は言えない。
ロングの銀髪を、邪魔にならないように、1束にまとめていた。ポニーテールといったところか。
教員の説明が終わった。
効率の観点から、生徒はグループごとに分かれて順番に交代交代で測定を行なっていく。
*
握力測定。
握力計を片手で握り、どれだけのパワーを出せるかを示す、極めて単純な測定。
自分の番が回って来るまで、和真はとなりの竜二と雑談していた。
「ところで、フロストさんの噂、知ってるか?」
竜二はユリィについて和真に投げかける。和真は一拍おいて、「まあ、多少は」と答える。
「なかなかの不思議ちゃんだよな、異質というか、この世にいないような…言葉を選ばずに言うと、暗い…」
竜二の感性は至って普通の範囲内だ。「お人形みたい」「不気味」「近寄りがたい」といったマイナスの形容が目立っているため、竜二の言う事は強ち的外れでもない。
和真は竜二の言う事にも一定の理解を示し、首を縦に振る。
「確かに、ちょっと不思議な人だけど、蓋を開けば普通の女の子だと思うよ」
「俺はお前の『ちょっと』っていう表現が信用できないわ」
和真はユリィが毎晩、身体を鍛えていることを知っているので、「ちょっと人見知りだけど物凄い努力家」程度に見ている。
和真と竜二は互いに談笑していると、ある人物の出番が回ってきた。
━ユリィ
ここまで男子で平均45kg程度。
軽く本気を出して60kgを叩き出す者もいれば、漫画のような怒りマークを腕に漂わせるように力一杯握って43kgの男子もいた。
そんななか、ユリィは右手で握力計を持ち、強く握る。
表情は眉一つ動かさず、本気を出している素振りもない、しかし━━
ユリィは、握力計を、「破壊した」。
バキッという樹脂フレームが折れる音がした。
見ていた生徒も、教員も、一瞬何が起きたか分からず、10秒ほど唖然としていた。
体育教員は慌てて、業務連絡用の内線ピッチで他の教員に新しい握力計を持ってくるよう依頼していた。
生徒たちからは「すげえ」「化け物だ…」「こわい」など、驚愕の声。
当のユリィは「普通に握っただけですけど?」と言いたげに首を傾げていた。
和真は、まさか握力計を破壊するまでいくとは、思っていなかった。
やはりすごいパワーだ。
じゃがいもくらいなら片手で一瞬で潰せそうだ。
マッシャーが不要になるかも。今度コロッケやポテトサラダを作るときにお願いしてみようか。
「数値は嘘をつかない」とは言うが、これはそもそも数値にする以前の問題だった。




