6-6 踏み出す勇気
次の授業まで2時間ほど空きがある。
和真は次の教室で弁当を食べている。
兼孝の忠告がずっと和真の脳内で反芻していた。
ユリィさんは、キミが思ってる以上に大きなものを抱えてる━
キミはそれでもユリィさんの隣にいられるのかな━
彼女の過去や人生そのものを背負う覚悟がいるかもね━
兵器という恐ろしい単語。
もしそれが本当だとしたら。
本当だとしても━
━ユリィはユリィだ、でも
和真は、彼女の過去を知らない。
━僕に背負えるのか、僕でいいのか?
箸で掴んでいた弁当のブロッコリーを床に落としてしまった。箸がまともに動かない。既に教室にいる生徒の笑い声やアナログ時計の針の動く音も、頭に入らなかった。
━好きになってしまったものはしょうがないじゃないか……なら━
━ユリィのことをもっと知りたい。
和真はスマートフォンでユリィとの会話画面を開いた。「2時に迎えに来て。場所が分からない」とメッセージが届いていた。和真は「OK」とだけ返した。
時刻は12時45分。
和真がぼんやりしていると、教室に祐一と山内が入ってきた。食堂での昼食を済ませたようだ。
「よ、和真。食事が進んでないな」
祐一が話しかけてきた。弁当の中身が半分も減っていない。
和真は慌ててスマホをポケットにしまった。
「ま、まぁね」
声が少し裏返った。
「お前って、怖いもの知らずだな」
祐一は言った。
「そ、そうかな…」
和真はその言葉の意図を理解しないまま濁した。
「権力者に立ち向かうなんて、なかなかできることじゃないぞ」
と山内は続けた。
「この学校、そういう人がそこそこいるからな。親が親だから教師ですら逆らえない」
祐一は呆れたように付け加えた。
「……あんな発言を平気でできる人は、誰であろうと許せないんだ」
紗子の心無い言葉━それは人格否定どころではない、存在そのものの全否定。
「お前はブレないよなあホント。それとも━」
祐一は柔らかく笑いながら一言。
「フロストさんのことが好きなのか?」
━え!?そんな風に見えてるの?
顔が熱くなった。心臓が踊る。和真はそれを誤魔化すために俯いた。
「えっ、ホントに?」
「マジかよ」
祐一も山内も、当てずっぽうだったのか、和真の反応を見て少し困惑していた。
「あー……」
2人は顔を見合わせた後、気まずそうに目を左右に動かしていた。
「お前、なかなかやるな。どういうところが好きなんだ?顔か?体型か?」
山内は訊ねた。
「……わからない、けど、ひとつ言えるのは━」
和真は顔を赤くしながら答える。
「惚れたのはユリィの内面、かな。不器用なところとか、僕自身よくわかってないんだけど」
祐一も山内も何も喋らない。茶化そうとしたが和真が思いの外真剣だったのでかける言葉を探しているのだろう。
「…内面か、マジなんだな。和真が軽い恋愛するような器用な奴だとは思わないが」
「さらっと名前呼びするような仲なんだな、影ながらに応援させてもらうぜ、東条」
「う、うん、ありがとう?」
━確かにユリィの内面に惚れた。でも、具体的には考えてなかった…。
和真はユリィのことを考えながら、祐一と山内の会話を聞いていた。途中、数人の男子が会話の輪に参加し、好きな女子のタイプだとかの話に花を咲かせていた。その話題の中でユリィの名前が出る度に、和真は眉間に皺を寄せて聞き耳を立てていた。途中、先ほどの実習での出来事を持ち出して「化け物」と言った男子生徒を和真は睨みつけていた。それを察してか、祐一がどうにか和真をジェスチャーで宥めた。
気づけば男子特有の馬鹿話で1時間経過していた。そろそろ医務室に行こうと和真は席を立った。
「ちょっと、行ってくる」
「お、フロストさん絡みか?」
祐一は訊ねた。
「否定はしないよ」
和真はそれ以上は言わなかった。
━ユリィに顔を合わせる前に、呼吸を整えておきたい。
*
医務室の扉の前に立っている和真は、心の準備をしていた。
━いつも通りに接するだけ…平常心平常心。
和真は胸に手を当てて呼吸のリズムを確かめた。
右手でノックした後、扉を開いた。
和真はユリィの寝ているベッドに向かう。靴のコツンという音がいつもより大きい。
そこにはユリィがベッドに腰掛けていた。
「もう大丈夫?」
「……うん…だいじょうぶ」
ユリィは立ち上がり、和真と共に医務室を出た。
一度寮に寄り、ユリィはジャージから制服に着替え、それから教室へ向かう。
「ねえ、ユリィ」「…あの、かずま」
気まずい。喋り始めるタイミングがかち合ってしまった。反射的にお互いにごめんと謝った。
「……かずま、さっきは、ありがとう」
魔法実習の時のあの現象━
PTSD━
紗子の暴言━
「ううん、当たり前のことをしただけだよ」
和真は笑顔で答えた。
ユリィは目を逸らした。銀色の髪がふわっとなびいている。
「僕は、ユリィのことをもっと知りたい」
和真は思い切って告げた。それは和真にとっては告白に近いかもしれない。
ユリィはしばらく考え、口を開いた。
「……それは、だめ…」
「…そっか」
その時のユリィの瞳は揺れていた。




