6-4 純粋な悪意
ユリィ自身、何が起こったのか分からなかった。
大地を揺るがすような空間の震え、オーロラのような光の帯━
眼前で起きた爆発とともに揺れと光は収まった。ユリィは気付いた時には地面に倒れていた。
「ユリィ!」
和真の叫び声が聞こえる。
「ユリィさん!」「ユリィっ!」
兼孝とゆかりの叫び声。
「これは、いったい何が……」
溝呂木も何が起きたか把握できていないようだ。
生徒達の声。
戸惑い、恐怖、侮蔑━
冷たい視線に晒される。「あれが魔女の力…」「化け物だ」という声。
嫌な記憶と感情が頭の中に収束する。心拍数が上がる。呼吸が浅くなる。首筋からは冷たい汗が垂れる。
和真が真っ先に、ゆかりと兼孝が遅れて駆け寄った。
「ユリィ!大丈夫だ!大丈夫だから!落ち着いて!」
和真が必死に呼びかける。ゆかりはユリィの背中を摩る。
「貝塚!医療班を!」
「もう連絡しました!」
和真の声で、ユリィは少しずつ落ち着きを取り戻した。呼吸のリズムが回復に向かっていく━
「ほら見なさい!あの女は兵器なのよ、バケモノ!」
紗子がこの場にいる全員に聞こえるように言い放った。
「!」
その言葉を聞いたユリィは目を見開いた。
━息が、できない……っ。
「黙れ」
和真は俯き、今までに聞いたことのない怒りの籠った声で言った。
「アレはこの学院にいてはならないのよ!だいたいどうして━」
「黙れ!」
紗子の主張を遮り、和真は怒鳴った。怒鳴り声が広場に響き、生徒の何人かは和真から目を逸らした。当の紗子は「ひ、ひいっ」と後退りするも、主張を続けようとしていた。
「お前にユリィの何が分かる!?今も苦しんでる人に向かって…っ!」
和真は紗子に詰め寄った。紗子は身の危険を感じたのか、後ろに下がった。
今にも手を出しかねない和真を、溝呂木と兼孝が慌ててなんとか抑え込んだ。
「あなた、政治家の娘にこんな事をするなんて、どうなるか分かってるんでしょうね!」
安全地帯から強気に言い放つ紗子。しかし、声は震えていた。
その時、エレベーターの自動扉が開き、担架とともに医療班が駆けつけ、ユリィを運んで行った。
*
一悶着から落ち着き、その後は淡々と残りの生徒の訓練が続き、どうにか完了した。
和真はどうにか頭を冷やすことに集中していたため、その後のことはほとんど覚えていなかった。
訓練実習を終え、ほとんどの生徒が訓練場を後にした直後、溝呂木は和真とゆかりを呼び出した。兼孝もその場にいる。
「まずは北条、お前はフロストの荷物を医務室に持って行ってやれ」
「わかりました」
「そして東条」
和真は息を呑んだ。政治家の娘に喧嘩を売ってしまったことに対して、どのようなお叱りを受けるかビクビクしていた。
━やっぱり『御守り』持ってくるべきだった……。
「よくやったっ!」
「はい?」
溝呂木は手を和真の肩に置き、大声で称賛した。鬱憤が晴れたかのような爽やかな表情だった。
意味もわからず和真は戸惑った。
「ああいう権力を盾に無茶苦茶言ってくるやつにはうんざりしていた。正直、小渕に詰め寄ったときはヒヤヒヤしたものだが、権力に屈せずに小渕に過ちを指摘してくれて助かったぞ」
「あれ?怒られる流れだと思ってました……」
和真はホッと胸を撫で下ろした。
「おそらく小渕家から何かしらの政治的な圧力はあるかもしれないが、それを気に病む必要はない。今回の事は理事長にも報告しておく。東条は安心するといい」
溝呂木はそう言って先に広場から離れ、一階へ向かった。
「私たちも戻りましょ、和真。ユリィに荷物を持って行かなくちゃ」
「うん、僕も一緒にユリィの所に行くよ」
「じゃあボクもこれでミッションこんぷるいぃぃぃぃぃぃぃいっとっ!」
ゆかり、和真、そして兼孝もその場を立ち去り、地上の更衣室へ向かうのだった。
*
1階へ向かう階段を登っている中、兼孝はゆかりと和真の後ろを歩いていた。
━あの光は、まさか…
━おそらく、いや、間違いなく…
━世に出そうものなら首が飛ぶやつ。
これまでの判断材料も踏まえて、兼孝はひとつの答えに辿り着く。
観測できない魔力波。
最も可能性が低いと思っていた。考えられる中でも最悪のケース。
━《極光魔法》
かつて人類が築いてきた魔法文明を無に帰した力と言われている。通常の魔法とは全く別物の力。
━これは、思ったよりマズイね……
兼孝はカメラと魔力波の観測データの入ったSDカードをズボンの右ポケットに忍ばせた。ユリィの極光魔法発動時の状態を確認するためだ。
医務室に運ばれたユリィの元に行くため、兼孝は和真とゆかりを更衣室の近くで待っていた。
先に和真が男子更衣室から出てきた。
「貝塚さんはBのTAには行かないんですか?」
和真は尋ねた。
「元々どっちかのつもりだったからね。次のBには紅葉さんが行くとは聞いてるよん」
兼孝がそう答えると、制服に着替えたゆかりが女子更衣室から姿を現した。
しかし、ゆかりの表情はどこか青ざめていた。何か悪いことが起こったのだろうか。
「どうしたのゆかりさん、顔色悪いよ?」
和真が心配そうに訊ねた。
何か嫌な予感がする。
「ユリィの制服が…」
ゆかりは唇を噛んだ。
「バラバラに切り刻まれてた……」




