5-12 悲しき決意
遊園地デートから帰ってきた後、寮部屋に帰ってきたユリィは、ポーチを床に置き、ベッドに腰をかけた。
思い出す。和真の横にいる時の温もり、夢のような世界、オレンジジュースの甘み、クレープの満足感、そして━
観覧車内での、えもいわれぬ空気。お互いの鼓動の音がはっきりと響いていた。遊園地の愉快な音楽も、人々の歓声も、ゴンドラの金属音すら、無音に感じられた。内部には、ほんのり甘酸っぱい匂いが漂っている気がしたのだ。
━また、行きたい。
スマートフォンを右手に、和真とのチャット画面を開き、メッセージの文面を考えていた。
ありがとう、と入力し、消す。
楽しかった、と入力し、また消す。
結局、チャットを送ることができなかった。
ユリィは、和真からもらった熊のぬいぐるみの黒い目をじっと見つめた。
━かずまと、いっしょにいたい、でも……
ユリィは必死に自分の気持ちを押し殺そうとしていた。
━いっしょには、いられない。
━わたしの宿命と使命に、付き合わせるわけにはいかない。
━これは、わたしだけが背負えばいい……。
和真と一緒にいたい。和真を傷つけたくない。
━どうして
━どうして、好きになってしまったの。
ディレンマに陥ったユリィの瞳は揺らぎ続けた。
和真と一緒にいれば熱が冷めると思っていた。しかし、その熱は、より一層強くなっていた。
*
ある晴れの日の休日の校庭。
雲ひとつない青空が無限に広がるような天気の中、木製のベンチに和真とユリィが座っていた。
━かずま……
ユリィは和真を見つめていた。彼もまた、彼女を見つめていた━
和真と一緒にいるのに、妙な胸騒ぎ。
心臓の鼓動が急激に激しくなる。体温が下がるような感覚。
ユリィが気づいた時には、あたり一面に広がるのは、見慣れた校庭の景色ではなく、無機質な白の空間。見上げると、爽やかな青空はなく、白い天井にいくつかの蛍光灯。
次の瞬間、和真であるはずの存在が、全く別の姿に変わった。醜悪で、忌々しい「あの男」の姿に━
「……な、なんでっ!?」
「あの男」の姿をした存在は、しわだらけの手をユリィに向けてくる。
「…ち、近づかないで!」
ユリィは恐怖で体が震えている。
最後の手段。実力行使。
ユリィは恐怖のあまり、身体が動いた。兵器としての本能か、単純な防衛本能かは分からない。
思わず拳を引き抜いていた、「あの男」の心臓部を目掛けて。よろめいたところに頭部を渾身のキック。
「あの男」は倒れ、頭部からは赤色が広がっていた。
浅い呼吸をどうにか整えようとしたユリィ、だが、次の瞬間、信じられない━信じたくない光景が。
「……!」
「あの男」の姿で倒れていたはずの存在が、いつの間にか━
和真の姿に。
「……なんで……ちがう!わたしは……!」
頭部から流血し、倒れている和真の姿を見てしまったユリィは、自責の念と罪悪感に支配された。
その時、ユリィの意識は急激に遠ざかった。
*
ユリィが次に目を開くと、そこはいつもの寮部屋の天井だった。
寝落ちしていたようだ。デートで着ていた服のまま、掛け布団の上に雑魚寝をしていた。白のブラウスやスカートだけでなく、掛け布団も湿っていた。
まさに悪夢から解放されたユリィだが、浅い呼吸は整っていなかった。
苦しい。頭がぐるぐる回っている。視界が歪んでいる。
どうにかこうにか落ち着きを取り戻したユリィは、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、透明なグラスコップに注いだ。ユリィがコップを手に取ると、中の水は揺らいでいた。
コップの水を一気に飲み干した後は、深呼吸。そして決意の瞳。
━かずまを、絶対に傷つけない。傷つけさせない。
━そのためなら、わたしは、壊れてもいい。




