5-11 自覚の瞬間
一悶着から落ち着くため、和真とユリィはベンチで休憩することにした。近くの自動販売機でアルミ缶のオレンジジュースを買って喉を潤す。
この沈黙も、不思議と心地よかった。ユリィの表情もいつもより柔らかい。
━やっぱり、すごく、落ち着く……。
ユリィは黙ったまま両手で缶を持ってジュースを飲んでいる。その何気ない仕草に、いつのまにか和真は心を連れてかれていた。
ちょうど和真とユリィが座っているベンチの目の前を、親子が通り過ぎて行った。父親は照れながらも男児を肩に乗せ、母親はそれを微笑ましく見守っている。
━幸せそうな家族だ、僕もあんな風な家族を、ユリィと━
「……かずま、つぎ、あれ…」
ユリィが指差した先は━大きな車輪上に、低速で動く複数のゴンドラ━遊園地のトレードマークにもなりうるほどの大きな建造物、観覧車。
確かに、頂上から眺める景色はさぞ絶景であろう。
「うん、行こう」
和真は迷いなくユリィに同意した。
飲み干した缶ジュースをゴミ箱に入れ、観覧車の搭乗口へ向かう。
列に並び、数分間待った後、順番が回ってきた。スタッフに促され、ゴンドラの中に入り、2人は互いに向き合って座る。ゴンドラのギィという金属の音が響く。
ゆっくりと、しかし確実に地上から離れていく。
沈黙。
空気が甘い。和真は無意識に景色に目を向ける。心拍数が上がる。ユリィはスカートを掴み、下を向いていた。
ちょうど半周━高さが最大の地点に辿り着いた時点で、ユリィは和真の目を見た。
「……たのしかった?」
ユリィは先に沈黙を破った。
「うん、ユリィが楽しそうだったから、僕も楽しかった」
ユリィの新しい一面を見ることができて良かった、という意味もある。
━あの笑顔、他の誰にも見せたくない…
観覧車から降り、遊園地内の売店で買ったクレープを食べた。学院への帰路に着き、出口のゲートを通過した後、ユリィは名残惜しそうに何度も後ろを振り返っていた。
和真はユリィとの距離が行きの時よりも近い気がした。ユリィは右手で和真の左手に触れようとした━
「っ!」
和真は反射的に手を引っ込めてしまった。ユリィは立ち止まって少し悲しそうな顔をしていた。
「ご、ごめん…」
和真も立ち止まった。触れたくないわけではない、触れてほしくないわけでもない。
触ってしまうと、何かが壊れてしまう気がした。
「……誘ってくれて、ありがとう、ユリィ」
「………ありがとう、かずま」
夕焼けの西陽が2人を歓迎するかのように照らした。2人の間には、都会の喧騒も、カラスの鳴き声も、アスファルトを走る自動車のエンジン音も無音に感じられた。
*
学院に到着し、ユリィと解散した後、和真は寮部屋のベッドに横たわった。疲労感よりも、今までにない充実感と高揚感を抱いていた。
「あ」
わかった。
━そうか
この感情━ 気づいたら目の前にいる。 気づいたら彼女のことを考えている。
「僕は」
そうだ、彼女がすごく魅力的に見える。
「ユリィのことが、好きなんだ」
顔が赤くなる。心臓が肋骨を貫通する勢いで膨張するような感覚。
「いやいや違う、僕はユリィの内面とか性格とかが好きなんであって、ユリィとあんなことこんなことをしたいとか、やましい気持ちは断じてないないない!」
早口。 和真は顔を両手で覆いながらベッドの上でゴロゴロと左右に転がっていた。
「……はあ…」
それはため息でも深呼吸でもなかった。 微かな甘い気配がその吐息に含まれていた。
「なんで、好きになっちゃったんだろ……」
分からない。
━これが、恋……?
スマホのチャットアプリに存在する、ユリィのアカウント画面と会話画面を、和真は交互に眺めていた。
*
翌朝。
朝日が昇る前に和真は目が覚めた。どうやら寝落ちしていたようだった。スマホの画面は、4時50分。
少し寝過ぎたようだが、それよりも気になる感覚━下半身に違和感。
これは━男子特有のアレ。
夢に現れた銀色の断片。
点と点が繋がり、和真は青ざめた。
「ち、ちが、僕は……」
和真はひどく困惑した。夢の中とは言え、想い人に邪な欲望を向けてしまったのではと。
「……どうしたらいいんだ……」




