5-10 人間らしさ
結局和真は完全に眠るまでに、体感で2時間かかった。それに伴い、起床時間も後ろ倒しになってしまった。
スマホを確認すると、8時13分。普段ならお通夜ムードで途方に暮れているのだが、今日は連休2日目だ。約束の時間は10時である。和真は、寝坊したのかと思って一瞬焦ったが、すぐにホッと胸を撫で下ろした。
歯磨き、洗顔などを済まし、寝間着から私服に着替える。半袖のTシャツの上に黒のジャケット、ジーンズ。
━『鍛錬』って言ってたけど、多分違うよね……。
和真はユリィの真意を薄々理解していた。鍛錬道具はおそらく必要ないだろう、万が一必要だと判明すればすぐに取りに戻ればよい。
時刻は9時40分。和真はジーンズのポケットに財布とスマホと部屋の鍵を入れ、南門に向かう。
南門にはひとつの人影━銀色の長い髪━ユリィだ。
しかし、いつもとは雰囲気が大きく違った。いつもの制服姿でもなければ、鍛錬中のジャージ姿でもなかった。
白のブラウスに淡い水色のカーディガン、膝丈の灰色のチェックのプリーツスカート。白いタイツ━あるいはニーソックスに水色のスニーカー。全体的に清楚な印象にまとまっている。
和真はユリィの姿に思わず三度見した。
「お、おはよう、ユリィ…」
和真はどぎまぎしながら挨拶する。
「……おはよう、かずま……」
和真に気づき、挨拶を返したユリィはスカートを掴み、目線を下に向けた。
しばしの沈黙。
「……あ、あの、その……似合ってる……?」
「……うん……似合ってる…」
━ユリィ……すごく、きれい……。
「……ありがとう」
━すごく、かわいい……。
心臓の音がうるさい。和真はどうにか呼吸のリズムを整える。
━ダメだ、直視できない。
しばらくの沈黙。
「……それじゃあ、行こう」
次に沈黙を破ったのは和真だった。
「……うん」
2人はようやく足を動かし始めた。絶妙な距離を空けて、2人は歩く。
「……どこに行くのか、決まってる?」
具体的な場所を教えてもらっていなかった和真は訊ねた。ユリィはポーチからチケットと思われる紙を2枚取り出した。
「……ここ」
和真はチケット1枚を受け取った。
「遊園地?」
思わず声が裏返ってしまった。期待と不安が脳内を巡る。
「……うん」
ユリィは続けて何かを言おうとしていたが止めた。
和真が持つ遊園地の知識はメディアから得たものに過ぎず、実際には足を踏み入れたことのない未知の領域である。
和真はそれ以上ユリィに深掘りすることはなかった。なぜその場所を選んだのか、なぜ自分と一緒に行こうと思ったのか、聞いてしまうと意地悪な気がしたのだ。
「……だめ…?」
ユリィは不安そうに聞いてきた。銀色を風で揺らしていた。
「そ、そんなことないっ……ちょっと意外だったから……」
ユリィは少しほっとしたように前を向いた。
「……1時間くらい歩いたところ」
アクセス手段が徒歩だけで済むのは幸いだ。和真自身、東京にいながら電車やバスなどの交通手段に慣れていないからだ。今時スマホの地図アプリで移動手段など簡単に検索できるが、行き方が分かることと乗り物に乗ることができることは別物なのだ。
「……歩くの、嫌…?」
「いやいや、そんなことないよ、僕はユリィと一緒ならなんでも━」
━って何言っちゃってんの僕ー!
和真は慌てて口を噤んだ。ユリィは和真から目を逸らした。
━これってもしかして……デート…?
沈黙。
気まずい。黙々と足を運ぶ。
しかし、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ━
━やっぱり、安心する。
*
実際の所、徒歩1時間も掛からなかった。
入場ゲートで受付の女性にチケットを渡した。和真とユリィを見た女性のテンションが若干高い気がした。
屋内の看板の誘導に従って進み屋外に出ると、目の前には多くのアトラクションが存在している。
「す、すごい……」
和真は初めて見た光景に思わず息を呑んだ。
夢のようなキラキラした光景に、ユリィはアメジストの瞳を輝かせていた。
「……あれ、いこ!」
ユリィは今まで見たことのない楽しそうな表情でアトラクションを指した。
━ユリィが、笑ってる、すごくかわいい……。
「……どうしたの、かずま?」
「う、ごめん、行こう」
ユリィの無邪気な笑顔が和真の脳裏から離れることがなかった。
2人でメリーゴーランド、コーヒーカップに乗り、ユリィだけでなく和真も年相応にはしゃいでいた。次のアトラクションに移動する際、ユリィが和真を引っ張るという構図になっていた。
和真はお化け屋敷を指差したが、ホラーが苦手なのかは分からないが、ユリィは全力で顔を横に振って拒否していた。
ジェットコースターに乗ったときは、ユリィは全力ではしゃいでいた。一方で和真は一周して降りる頃にはすでにげっそりしていた。
「……たのしかった…」
「そ、それなら、良かった……」
「かずま!次━」
「ごめん!ちょっとお手洗いに行ってくる」
幸い、ジェットコースターの余韻はすぐに消えた。スマホで時刻を確認すると、既に15時をまわっいた。
便所で用を済ました後、ユリィの元へ急いで戻ると、2人の男に何やら絡まれていた。ユリィは無表情で応対していた。
「せっかくなんだから一緒にたのしもうよー」
いわゆる「ナンパ」という行為だろうか、ユリィのような小柄で容姿に優れた少女であれば、積極的な男に言い寄られることがあってもおかしくないが━
「お待たせ、ユリィ」
負のオーラが漏れ出そうになるところをグッと堪え、何食わぬ顔でユリィの名前を呼ぶ。
ユリィは和真に気づいて駆け寄ろうとした━
「ちょっと待てよ、まだ話の途中でしょ━」
男がユリィの手を掴んだその瞬間、
「いででででで!」
ユリィは男の手を掴み返し、骨を潰しかねないほどに強く握った。
「この女、何しやがる!」
もう1人の男がユリィに掴みかかろうとするが、ユリィは男の手を掴み、投げ飛ばした。
和真が出る幕もなかった。
ユリィはその場で手を払い、何事もなかったかのように和真に駆け寄る。
「ユリィ、大丈夫?怪我はない?」
「……だいじょうぶ」
和真はこの時自覚した。
━ユリィを誰かに取られたくない……。
数名の観客がこの騒動を見ていたため、2人は視線から逃げるようにこの場を去った。




