5-6 徹夜明けの狂人
午前9時、シマ研、貝塚グループ研究室。
学院は5連休だが、シマ研では研究室によって休みかどうか異なる。貝塚グループでは、兼孝と紅葉が話し合った結果、水曜日と木曜日は活動して、残り3日間は休むことになった。
秋野紅葉は、ノートパソコンにて、自身の研究テーマの実験計画書を作成している。プロトコルと言っても、正式な文書ではなく、実験手順のメモに近いものである。兼孝が来たら、それを見せて共に実験する場所に向かうつもりである。
紅葉の研究テーマは、「種類の異なる結界魔法の共存の可否」というものだ。結界魔法は原則、同じ場所で複数を重ね合わせることは不可能ではないかと言われている━少なくとも、紅葉は重ね合わせができた例を聞いたことがない。しかし、「理論上は可能」ということが示されたため、本当に可能かどうかを明確にすることが紅葉のテーマである。先輩からの引き継ぎもなく、完全新規のテーマであるため、過去のデータなど存在しない。上層部及び教授陣は「真面目で非常に優秀な秋野紅葉と、天才の貝塚兼孝のコンビならどうにかなるだろう」という魂胆で紅葉にこのテーマを与えたのだ。
「結界魔法、この研究のために色々習得したけど、大変だったわ…」
ここまでの記述を読み返し、研究室に配属されてから半年間を振り返った。アンチスペルフィールドだけでなく、アンチキネティックフィールド━範囲内を一定以上の速さで運動する物体の運動エネルギーを奪う結界魔法など、紅葉は研究のために独自で習得したのだ。
特に、アンチキネティックフィールド━AKFは、魔法の地位の向上にひと役買っている。銃弾や機銃、バズーカなどの兵器を無効化するほどのポテンシャルを持ち、戦場や治安維持の場で有用性が認められている。AKFの展開や敵がASFを使ってくる場合を想定し、魔法部隊は近接戦が求められるようになった。
ガラガラガラ、とドアがスライドする音が紅葉がいる部屋に響いた。
「おっはよおおおおぉぉぉぉぉございまああああぁす!」
元気よく挨拶して研究室に入ってきたのは、当然兼孝だ。しかもやけにテンションが高いため、徹夜明けの可能性が高い。
兼孝はその場でしばらくぼーっと立ち尽くした。
「……おやすみなさーい」
そのまま消えるような声で扉を閉めようとした。
「待てい」
紅葉は帰ろうとする兼孝を引き止めた。
「待って!徹夜明けなの!仮眠を取ろうと思ったら理事長に呼ばれて……」
また徹夜明け。この男の辞書には「懲りる」という単語は存在しないのだろうか。
「とにかく!連絡事項を話すから!首に手をかけるのはやめて!」
兼孝は必死に弁解する。どうやら堂ノ上理事長に呼ばれていたのは確かなようだ。紅葉は締めかけていた兼孝の首から手を離した。
*
兼孝は堂ノ上から呼び出された理由を紅葉に伝えた。国武院へ赴く目的、同行メンバーについて、資料を見せながら説明した。
「ふーん、国武院ねえ、あんまり聞き馴染みはないけど」
「まあキミにとっても悪い話ではないと思うよ?だって考えてみてよ?国武院のASFの挙動が暁星学院と違うなら、観測しないわけにはいかないでしょ?それにASFの範囲外から結界魔法を発動させれば、重なり合った時の挙動も確認できるしね」
確かに、ASFに関しては紅葉の研究テーマにも関わってくる。それが仮に作用機序が異なるものであれば大変な収穫となる。
「それに━」
兼孝は続けた。
「紅葉さんも魔法なしで十分戦えるからね。キミの戦闘能力は5年制の人にも引けを取らない」
「……これって戦うこと前提?」
紅葉はじっと兼孝を見つめ、腑に落ちないといった顔をしている。
「万が一だよ、今回は『生徒同士の交流会』ていう体さ」
地獄のセミナーの次は国武院の調査━紅葉の日常は前途多難であった。
「このユリィ・フロストさんってこないだアンタが気にかけてた子よね?」
「彼女に関しては色々と複雑でね……色々と調べてるんだけど、どうにも確信が得られないんだ」
紅葉は、兼孝の目から笑いが消えた瞬間を見て、息を呑んだ。
「……身体能力が高いだけじゃなくて?」
紅葉は恐る恐る兼孝に訊ねた。
「それもある。彼女はおそらく、というか間違いなく━」
普段のちゃらんぽらんな兼孝は、そこにはいなかった。兼孝は、慎重に、意を決したように断言する。
「特異性を持つ、『人造兵』だ」
紅葉の背筋に、冷たい何かが走った。




