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氷銀の魔女  作者:
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4-8 許されざる幸福

 某日の放課後、空き教室。


 ユリィ•フロスト•ファンクラブ(仮)。


「できたー!」


 通称YFFの女子生徒は、持っていたペンを置き、コピー用紙を持ち上げた。


「あぁ、ユリィ様…」


 ひとりで恍惚としながら自身が描いたイラストを眺める。そのイラストは、女子生徒の想像━もとい妄想した「微笑んでいるユリィ」。客観的に見ると、気持ち悪いくらいにクオリティが高い。


 一旦机の上に置こうと紙から手を離した━窓を開けていたため、風が教室に入り込んだ。空気の流れは、イラストが描かれた紙をふわりと運んだ。


 女子生徒が気づいた時には紙は宙を舞った。


 紙はゆらゆらと動き、女子生徒が両手で挟み込もうとするがうまく掴めない。そのまま教室の外に運ばれ、着地した。


 そのタイミングで廊下を何者かが通りかかる。


 ユリィ•フロスト。


 まさかのユリィ本人。女子生徒の顔は青ざめ、まだ4月だというのに滝のような汗を流していた。


 ユリィは紙を拾い上げ、そこに描かれた「自分自身と思われる絵」をじっと見つめていた。


「あっあっ、ゆ、ユリィ様……あの、これは違くて…」


 どうにか弁明しようと女子生徒はしどろもどろになっていた。


「……これ、わたし……?」


 ユリィがようやく口を開いた。その微笑ましいイラストを見て、ユリィの口元が緩んだ。ユリィの瞳に、一瞬光が宿った。


「……ありがとう」


 ユリィは女子生徒に紙を渡し、礼を言った。


 女子生徒は何も言わずにただそこに立ち尽くしていた。


 この伝説をきっかけに、YFFのメンバーが増えたのであった。

 




 深夜23時30分、ユリィの部屋。


 常夜灯のオレンジの光が、ベッドで横たわるユリィを照らしていた。


 この日、入学以来初めて深夜の鍛錬のために、トレーニングジムに行く事ができなかった。


 どうしても意識せざるを得ない。


 優しい声、穏やかな表情、吸い込まれそうな目━


「……今あの人に会ったら━」


━好きになってしまう……。


「……でも、だめ……」


━わたしには、しなければならない事がある。


━助けなければいけない人がいる。


━彼を、かずまを傷つけたくない。





 放課後の教室。


 授業が終わり、帰る準備をし始める者もいれば、教室内で談笑する者もいる。


 和真は、昨晩トレーニングに来なかったユリィが気掛かりだった。目線が合わない。見えない斥力が働いているような感覚。


━もしかして、ユリィに避けられてる?


 変な胸騒ぎがして心がどこかに行っていた和真だったが、祐一、竜二、山内が引き戻した。祐一が代表して言う。


「和真ー、遊びに行こうぜ、ゲーセン!」


 ゲーセンとは「ゲームセンター」の略で、硬貨を機械に投入することでクレーンのアームで景品を掴む遊びができる遊戯台などが複数台置かれている場所のことだろう。


 和真は娯楽に乏しい人生を送って来たので、ゲームセンターなる場所がどういうところかは人伝でしか知らない。 


「うん、行こう」


 二つ返事で和真は了承した。


 ユリィがいる席をチラッと見て、彼らと教室を出ようとしたところ━


 2人の女子生徒がユリィの方に歩み寄った。さらに1人は、椅子に腰掛けて机に向かっているユリィを見下ろし、もう1人は斜め後ろに立っていた。



「ユリィ•フロストさんね」


 左右に縦に螺旋状に巻かれている金色の髪━いわゆるドリルヘアー━を持つ女子生徒はユリィを威圧する。


「あの人誰?」


 和真は遠目で見ていた。女子生徒に聞こえないように祐一に尋ねる。


「あー、あれは確か小渕(おぶち)なんとかっていう国会議員の娘だな」


 祐一は和真の疑問に答える。


「小渕紗子(さえこ)さん、ちょっと苦手だな〜」


 後ろからゆかりがやってくる。


 ユリィはその「お嬢様」の方に顔を向けた。見上げているユリィの表情は全くと言っていいほど変化がない。


 ユリィは黙っていると、紗子はユリィを睨み付けながら続ける。


「あなた、調子に乗っているのでは無いかしら?」


 なんのこと?と言いたげにユリィは首を傾げた。


「おとぼけにならないで、そうやってクールぶって、裏では男に媚びているでしょ?わたくしには分かりますわ」


 うわ、めんどくさい、という心の声が漏れかけ、和真は右手で口を塞ぐ。言っている内容の意味が分からない、というより、面倒くさいが勝つ。巷では、ユリィにはファンクラブがあるとかなんとか。


「……知らない」


 ユリィはきょとんとしながら否定する。


 紗子はそんな様子のユリィにむっとした顔をしていた。


「それにあなた、とんでもない身体能力をお持ちなんですね」


 紗子は間髪入れずに続ける。


「あなたの目といい、まるで人間じゃなくて━」





「━()()ですわね」


「…………!」


 ユリィは一番触れられたくない部分に触れられ、頭の中に嫌な記憶が集合し始めた。


━ふへへへ、どうだ、人造兵に改造された気分は?


━ 感情を持つから弱くなるのだ。人を殺す「兵器」に感情など不要だ


━貴様は「兵器」として黙って俺の言う事を聞いていればいいんだよ!


 今でも「あの男」の記憶が蘇る。


 呼吸が早くなる、首筋に汗が垂れる、頭に酸素が行き渡らなくなる感覚━


「その言葉、撤回してくれないかな?」


 和真だった。紗子の一線を超えた発言に、和真が介入した。


「ふん、あなたはお侍様ね。その侍風情が、このわたくしに命令するつもり?」


 紗子は挑発するように言う。


「仮にも小渕さんほどの地位の人なら、発言には責任を持ってほしい」


「あ、あなたには関係ないでしょう、実際その女は━」


()()()()


 なおもユリィを侮辱する発言をしようとする紗子に、和真は言い放つ。恐ろしく、低い声で。


「ひ、ひいぃっ」


 今にも雷が落ちるのではないか、和真のただならぬオーラに、紗子ともうひとりの黒髪おかっぱの女子生徒は怯んだ。


「さ、紗子お嬢様、ここは謝罪なさったほうが━」


「だ、だれが謝りなんてするもんですか!覚えてなさい!」


 紗子はそう言い残し、教室を出ていった。もう1人━召使いか何かだろうか━は一礼し、去って行った。


 ユリィが和真に礼を言おうとしたが、和真は何も言わずにユリィの方をチラッと見て微笑んでから離れて行き、男子3人と教室を出ていった。


 ユリィは困惑した。


━どうして


━どうしてわたしなんかを


 助けてくれて嬉しいという感情と、どうして助けたのかという疑問、色々な考えがユリィの頭の中を巡り巡っていた。

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