4-7 感情の芽生え
ある日の授業後の休憩時間。
ユリィはあれからまだ和真と目を合わすことができないでいた。
和真から「おはよう」と声をかけられるようになったが、ユリィはそれに応える事ができない。
でも、和真の方に自然と身体が向く。その和真は今、女子生徒と歓談していた。どこか楽しそう。
ユリィにとって未知の感情が芽生えていた。
━なに、このモヤモヤした感覚。
常に無表情を保っていたユリィの目付きが鋭くなった。口角が下がる。
そんな様子を見たゆかりが近づいてくる。
「ユリィ、どうしたの?」
「……なんでもない」
「ふふ、『そういうところ』は顔に出るんだね」
━「そういうところ」って何?
「それ、嫉妬、やきもち」
━嫉妬?
ユリィはその言葉に首を傾げた。嫉妬という言葉の意味を知ってはいても、この文脈での本質を理解する事はできなかった。
「……しっと、ってどういうこと……?」
「ユリィは本格的に和真に恋しちゃってるってこと」
次の授業が始まるチャイムが校舎に鳴り響いた。全員が駆け足で席につき、教員が授業を始める時を待っていた。
授業が終わり、昼休みになると、ユリィは真っ先に逃げるように人気の少ない校庭まで来た。
━嫉妬って何?わたしがかずまのことがすきだから?
自分の複雑な感情に混乱しているユリィの目の前には、謎の男女がいた。貝塚兼孝と秋野紅葉だった。
そんなことより目を引くのは、兼孝の背中には、彼の身長以上の物体が鎮座していた。ロケットのような物をリュックサックの如く背負っている。
「あんたほんとにやるつもり?絶対やめた方がいいわよ!?」
「この魔力結晶を使ったロケットは、トンデモ初速を必要としないで大気圏まで気軽に飛べるんだから」
なんとか止めようとする紅葉をよそに、サラッととんでもない事を兼孝は得意げに主張した。
「それに、こういうのって、自分で試してみないと分かんないじゃん?」
━え?……どういうこと?自分で?
ユリィは兼孝の狂気について行く事ができなかった。
「じゃあ、無線OK!ヘルメットOK!パラシュートOK!シートベルトOK!じゃあ、ぽち」
「あ」
あくまで軽いノリで発射のボタンを押した兼孝に、紅葉は唖然とした。
次の瞬間、ゴオオオォォという騒音と共に、強烈な風が吹き、塵と煙が舞い上がった。
「かいづかああああああああっ!」
風で揺れるスカートを押さえながら紅葉は叫んだ。兼孝を載せたロケットは、あっという間に肉眼で見えなくなった。
『おっほぉぉお、凄い勢いだね〜、このまま成層圏まで行っちゃう?』
無線越しに聞こえるのは楽しげな兼孝の声。しかし━
『…うっ、あっ、あ…コレホントに死ぬヤツ……!』
空気が薄くなってきたのか、酸欠状態に陥ったようだ。
「かいづかああああ!だから言わんこっちゃない!応答して!貝塚!」
無線からは空気を高速で斬るような音が聞こえ、兼孝からの返事はない。
「貝塚!貝塚!だめ!気絶しちゃってる!」
紅葉が必死に呼びかけているが、一向に応答がない。
「ええい!こんなこともあろうかと思って『非常用強制パラシュートボタン』用意しといて良かったわ!」
紅葉は赤いボタンの装置を取り出して、非常用ボタンを殴った。
ようやく落下中のロケットが見えてきた所で、パラシュートが開いた。兼孝は、発射地点から1ミリもズレることなくゆっくり着地した。ベルトを外し、ロケットから離れ、
そして、今にも死にかけた兼孝の一言━
「ふう、まさに『天にも昇る気分』だったよあだだだだた」
紅葉は、呑気な兼孝の右耳を引きちぎらんばかりの力で引っ張った。
「何が天にも昇る気分よバカ!」
紅葉はそのまま兼孝の右耳を持ち、引きずってどこかへ行ってしまった。
「…………え…なに……こわい」
そんな言葉が自然に口から出たことに、ユリィは自分でも驚きを隠せなかった。
自然に吹く風が銀髪とスカートを揺らしている中、ユリィは2つの意味で困惑していた。




