4-4 研究室の特別な日常
和真と菱井の剣の試合の観戦から、本拠地であるシマ研に戻る間、貝塚兼孝は和真の剣の腕について振り返る。
「……やっぱり噂以上だね、あれは」
3年生の上澄み中の実力者である菱井に勝つことができた和真。しかし、兼孝は別の意味で何か違和感を覚えていた。
━何が彼を
「あれ程までに強くさせたのか」
一般的な15歳の男子であればあそこまで力を求める必要はないはずだ。なのに、彼は、求めていた。いや、
━結果的に強くなってしまった。
「それに、あの殺気」
━何度も命を掛けてきた人間のものだ。
「和真クン、キミは何者だい?」
*
シマ研、貝塚グループの研究室。
秋野紅葉は、今日の18時から行うセミナーの段取りをしていた。
台本は完璧、スライドとレジュメは兼孝も確認済み。
定刻の30分前、台本と人数分のレジュメ、ノートパソコン、充電用アダプタ、プロジェクターに繋ぐコードを持ち込み、指定された会場へ向かう。会場と言っても、セミナー室という名称で、せいぜい定員20名程度の広さである。
セミナー室にはまだ誰もいなかった。蛍光の照明を付け、テーブルに一式を仮置きする。プロジェクターにノートパソコンを接続し、アダプタを繋いだパソコンを起動させ、プレゼンテーションソフトのスライドを開く。兼孝も確認した上で、自身も何度も確認したが、ここに来て誤字を発見してしまったので、しれっと修正した。
「…めっちゃ緊張するんだけど」
紅葉は誰もいないセミナー室で1人呟く。
セミナー室の横開きの扉がガラガラと開き、入ってきたのは同期のボス、兼孝だ。
「おつかれちゃん、緊張してるね?」
「流石に教授陣も聞くとなると、ね」
深呼吸しながら紅葉は答える。表面上は落ち着いてはいるが、内心では心臓が家出しそうになっている。
「だいじょーぶ、頑張ってきたんだから、ちゃんとできるよ」
無責任に聞こえるが、兼孝なりの気配りだ。
定刻10分前になると、隣の研究室の学生や教員、教授が次々と入室してきた。紅葉は一人ひとりにレジュメを渡し、時間が来るのを待っていた。教授は無言で一番前の椅子に座り、より一層空気が重くなる。
定刻2分前に全員が集合し、発表開始が前倒しになった。
*
午後8時10分。
ようやくセミナーが終了し、隣の研究室の学生は次々と退室していった。スライドの解説自体は20分程度で終わったのだが、教授や教員、研究員の容赦ない質問ラッシュと、彼らの無言の圧力により、学生も何かしらの質問を強いられていた。正直、発表よりその後のあれこれ質疑応答の時間の方が遥かに長いのだ。
紅葉はまだ油断出来なかった。50代後半の恰幅の良い強面の教授が何か言いたげに紅葉のほうを見ていた。
そんなことはお構いなしと言わんばかりに兼孝は「おーつーかーれーちゃーん!」と、教授のいる前で奇声を発した。
「君」
教授はようやく口を開いた。
「は、はいっ」
紅葉は少し反応が遅れて返事をした。
「君、うまく出来ていたと思うぞ。スライドも見やすかったし、リファレンスにない事までよく調べあげられていた。ウチに欲しいくらいだ」
どんなお叱りを喰らうかビクビクしていたが、なんとお褒めの言葉だった。
「…ありがとうございます!貝塚からアドバイスを貰いながらでした」
「まあボクはリファレンスにない論文を勝手に選んだだけなんだけどねえ〜、それをやり遂げたのは紅葉さんなんだよ?」
兼孝は珍しく真面目な表情で褒めていた。
「貝塚、君は『扱い方を間違えなければ天才』だというのは本当だったみたいだな」
教授からは柔らかい笑みが溢れていた。
紅葉もそんな様子に、いつのまにか緊張から解放されていた。同時に、なんとも言えない達成感に包まれていた。
紅葉は、セミナー室の片付けを終わらせ、研究室に戻り、デスクに突っ伏した。
「あー、どっとつかれたー」
「本当におつかれちゃん、今日はおしまいだね」
「いや、こうなったらぱぁーっと打ち上げするわよ!『ドコス』行くわよ貝塚!」
「テンション高いねぇ〜紅葉さん、まあ、ボクもお腹減ったしね〜」
貝塚グループは、なんだかんだで仲が良いのであった。




