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氷銀の魔女  作者:
30/33

4-3 群衆の狭間より

 ユリィは、和真と剣術部の部長である菱井との試合の一部始終を遠くから見ていた。


 別に和真のことが気になって見にきたわけではない。和真の戦い方を観察するためにここにいるのだ。そして、剣術部の部長という強者相手にどう戦うか、ユリィには気になって仕方なかった。


 和真は剣を構え、殺気を滲ませ、臨戦体制に入る。


「…あの顔、どうして」


 和真の目に吸い込まれるような感覚。なぜか胸が高鳴る。和真のあの顔は怖いはずなのに。


━わたしと勝負した時もあの表情だった…


 審判の試合開始の合図と同時に和真は、あっという間に間合いを詰め、勝負を決めに行った。


「…すごい」


 和真の思い切りの良さに対して。


 和真は距離をとり、両者はしばらく睨み合っていた。盤面は動いていないが、見えない読み合いが繰り広げられていた。ユリィはただ息を呑んで見守る。


 先に和真が歩いて接近。菱井が歩幅をばらつかせながら接近。徹底した間合い管理。


 表情には出ていないが、間合い計算が狂ったのか、和真の立ち回りは苦しそうだ。


 そして和真は、菱井の攻撃を受け流しつつ、一歩前へ踏み込んだ。


「…これは、賭け」


 和真の意図をユリィは、言語化はできないが、直感的に理解していた。成功すれば勝ち、失敗すれば隙を晒してしまう。部の悪い賭けだった。


 菱井が無意識に半歩退こうとした時、連撃の合間を縫うように、居合斬り。そして、一撃のひと振り。


「…あ」


 決着がついたとき、ユリィは思わず口に出してしまった。


 和真の観察眼、剣の振り方、思い切りの良さ、そして、()()がなければあの賭けは成り立たなかった。


 …身体があつい。


━もっと、もっと「()()()」のことを観察していたい。


 ユリィは踵を返し、胸の躍りを抑えるように両手を添え、その場を去った。




 和真は、数人のクラスメイト達とともに食堂に向かった。気分転換として食堂の晩御飯を食べることにした。


 クラスメイト全員、一人ひとり試合の感想をひたすら興奮気味に話していた。なお、当の本人である和真は、どうやって試合に勝てたか頭から抜けていた。他に気になることがあり、少しぼんやりしていた。


━ユリィ、みてたのか?


 ゆかりが和真のそんな様子に気づき、声をかける。


「どうしたの、東条君?」


 唐突に声をかけられ、和真は「うぇ?」と、間抜けな声を出してしまった。


「どうせ今日何食べようか考えてたんだろ?本当にお前はマイペースだよな」


 と祐一。ユリィのことが気になってるということが見抜かれなくてよかった。


 そしてまた1人、話しかけてくる気弱そうな坊主頭の男子生徒━山田。彼は以前、野田に一方的に攻撃されていたが、和真に助けられたことで、和真に恩義と憧れを抱いていた。


「あの、東条君、すごかったよ…おれも、東条君みたいに強くなりたい」


 和真は突然、顔を顰めた。彼の言い方が気に食わなかったわけではない。食堂に歩んでいた足を止めた。手のひらに爪が貫通するほどに拳を握る。


━僕のように強くなりたいなんて、言わないで…


 もちろん、悪気があって言っているわけではない事は分かっている。でも、その言葉は━


━僕の人生を軽く見ている。過酷で、孤独な、人生を。僕は、生き残るために━


「どうした、東条?」


 竜二が立ち止まった和真を気にかける。


「ご、ごめん、何か気に障ること言ったかな…?」


 山田は、訳もわからず、申し訳なさそうに謝った。山田は和真の地雷を知るはずもない。


「う、うん、大丈夫…」


 和真はどうにか堪え、不発弾として処理することができた。


 再び歩き始めると、風が和真の髪と、心を揺らした。銀色の風━


━ユリィ?


 和真はユリィの確かな気配を感じ取り、その方に無意識に身体を向けた。


「ごめんみんな、先行ってて!ちょっと忘れ物!」


 リュックサックを背負いながら集団から外れ、気配の方向へ一目散に走り抜ける。


 時間は午後17時を回っている。気配を辿っていくと、そこには、西陽に照らされている銀色を持つ少女が、ただそこでぼんやりと立っていた。


「ユリィ」


 和真は息を整えながら名前を呼んだ。


 ユリィは呼びかけに反応し、肩をぴくっとさせた後、和真の方へ向いた。いつもの無表情だが夕焼けで白い肌を赤く染めていた。しかし、彼女は目線を合わせようとしなかった。


「もしかして、見てた?」


 ユリィはコクリと小さく頷く。


「やっぱり見られてたか、ユリィにはカッコ悪いところ見せられないから張り切っちゃったかな…」


 ユリィに勝った以上は、勝ち負け関係なく菱井相手にも恥ずかしい試合はできなかった。ユリィが見ているとなれば尚更だった。


 ユリィはさらに目線を落とし、より顔を赤らめた。


「……()()()


「っ」


 初めてファーストネームで呼ばれた事に和真はドキッとした。


「…さっき、悲しそうな顔をしてた…」


 山田とのやりとりまでもユリィは遠くから見ていた。


「うん……あんまり言ってほしくなかったんだ」


 東条君のように強くなりたい。


 和真にとって、今の力があるのは「生き残る」ための結果でしかなかった。「和真のように」強くなるということは、過程などどうでも良いと捉えることもできる。和真と同じ境遇を辿る覚悟があるのならその場限りではないが。


「……そう」


 ユリィのその声は、今までで一番優しく聞こえたような気がした。


「……変、かな?」


 はははと乾いた笑いを和真は溢した。


「……変、じゃ、ない」


 ユリィはどうにか声を搾り出した。


「……それが、かずまだから…」


 ユリィに肯定されたことが予想外だったのか、和真はしばらく何も言えなかった。


 そして、和真は深呼吸をした。


「ありがとう、ユリィ」





 ゆかりは、唐突に食堂へのルートから逸脱した和真の跡を追いかけた。和真に悟られないように建物の影に飛び移りながらできる限り近づく。


 和真が立っている方向には、夕焼けに赤く照らされたユリィ•フロストがいた。


 ゆかりは2人の会話を意図せず盗み聞きしてしまった。会話の内容の中に、腑に落ちた部分もあったが、何よりも「いい雰囲気」の男女の会話を盗聴してしまった事に、罪悪感を覚えてしまっていた。


「……そういうことだったのね」


 ゆかりは少しばかり寂しそうに微笑んだ。いつか、和真とユリィは自分の知らないどこかに行ってしまうのではないか、とすら思う。


「もう、両想いじゃない…」


 ゆかりは心の中でごめんと謝り、その場をそそくさと去った。


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